1歳から始まりいずれ終わる異世界生活

ぐりもわーる

第1話:異世界転生

都内にある1LDKの簡素な部屋で半年前に20歳となった黒髪の男、名を影月 黙夜【モクヤ】がモニターの明かりで薄暗く照らされていた。


モニターの縁に所狭しと貼られた付箋、机の端に付けられたファイルボックスに書類が几帳面に並べられている。


手を伸ばしたエナジードリンクは軽く1口含むと無くなってしまった。近くのゴミ袋に投げ込む。

金属と金属が当たる鋭く騒がしい音がタイピング音しかしない部屋に響く。ここ数日で貯めた空き缶は45Lのゴミ袋を8割ほど満たしている。ほとんどがエナジードリンクと缶コーヒーである。


伸びをして馴染みの動作でスマホを確認する。

2020年10月4日充電32%


スマホをポケットにしまい、財布を掴み外へ出る。

外は暗く時計を覗くと丑三つ時。

まだ夕方を過ぎた頃だと思っていた体内時計の曖昧さに驚いた。


「さむ…」


少し肌寒い闇と温かみを感じない光が照らすマンションの通路、全ての部屋が静まり返り不気味な一本道を進んでいく。

蛾の亡骸、潰され折れ曲がったラキスト、黒く固まったガムの成れの果てと共にモクヤを乗せ共に少し物足りなさそうに仕事をこなす。


両手でおっさんの温かみをかんじながらモクヤは崩れ落ちそうな体を伸ばす。

星空を期待した訳では無いが、ふと空を見上げた。

「…なんだあれ」


真っ白で細く靱やかな女性の手が雲を裂き何本も地上を向けて伸ばされる。

一番しなやかに伸ばされた手が何かを掴み、それと共に天へと静かに戻っていく…


心拍数が跳ね上がり、この世のものとは思えない怪奇現象に恐れ慄いていた。

息が浅くなる、足が振るえまともに立てなくなり情けなく地面へ崩れ落ちる。

足元が暖かい、いつの間にか落としていたおっさんはこんな時でも静かに微笑んでいた。


突如、空気が重くのしかかった。

息苦しさは味わったことの無い領域へ向かい思わず胸を掴む、汗が垂れ心音は煩く鳴り響く、崩れ落ちた足腰が大笑いを始め自分のものでは無いかのようだ…

ふと気配を感じ横に目をやると目の前に真っ白な指が、その細く純白の指紋を視認できる距離つまり目の前に指が静かにでも大胆に降り立った。



ーーーー刹那



彼は天に上がった。

掴まれたのは自覚した、だが抵抗ができない、味わったことの無い圧力が体にかっている、ガタガタと情けなく体が震え強烈な吐き気が襲っている。



ーーーー脱力



瞬間暖かな光に包まれた。

彼は混乱していた、ついに夢と現実の区別がつかなくなったか、ハードスケジュールにより病的で狂気的な妄想でも始まったか、それとも眠るように死にここは死後の世界、先程のはお迎えだったのだろうか…




どれくらいの時間を暖かな光に包まれていただろうか、体感ではそこまでの時間は進んでいないように感じるが時間的感覚の曖昧さは先程痛感したので何とも言えない。

ただ揺蕩う体が何処かにたどり着いたようで、冷たく硬い地面の感触が体に伝わる。

地獄以外だといいなと眠りから覚めるように体を起こし周りを見渡す。

暖かな陽光は女性を模した色とりどりのステンドグラスを通し真っ白で硬く冷たい床とモクヤを優しく照らしている。


陽光に温められた頭が全力で回転を始める。

初めに仕事どうしよ、と悩みが浮かび、その次にここどこで今はどのような状況なのか、なぜこのような場所にいるのか。

体調は恐ろしいくらいにすこぶる良く、眠気で活力を失っていた頭はその力を存分に披露しているようだ。

だがあらゆる選択肢が出てきてはクエスチョンが現れ答えは霧中に飲まれて消える。


結局答えは出ていないが仕方ない、周りを見ない事にはここがどこか、なんという国か県か地名かが分からない。

その時自分がポケットに入れたスマホの存在を思い出しジャケットのポケットを探した手はをさまよった。


「…は?」


まず視界に移った手は柔らかそうな短く丸い手、スマホどころか衣服すらみにつけていない柔らかそうな体、まるで赤子のようだ。


「…」


赤子が泣くのは来るべき未来を憂いて泣くのだ。

ふとそんな言葉を思い出したが無口な彼ですら正直カッコ悪く泣き喚きたい、赤子の務めのようにグズって誰かに救いを請いたかった。


だが彼は高卒のひよっことは言え親元を離れた立派な社会人の端くれだ。

何が言いたいかと言うと赤子に戻ったからと言って社会人のプライドが泣き喚き誰かに助けを乞う事をどうしようもなく拒むのだ。


幸いな事に生後間もないつまり生まれて0ヶ月の寝てお腹が空くと泣いたりするしかない状態ではなく、立ち上がることができる、少し乳歯が生えているくらいの年のようだ。

つまり大体生後12ヶ月位だろうかと予想が着く。


だがまともに話す事が出来ない、呂律が回らないようだ。いや俺にはあまり関係の無いことだったな、などと考えながらこのまま座り込んでいても仕方ないので当初の予定通り近辺を見回すことにする。


真っ白な石で作られた祭壇の縁をつかみ足を伸ばして立ち上がり赤子のセオリー通り四足歩行になろうとした時、二足歩行の方がフラフラするが動けることに気が付いた。

そう言えば生後1歳と言えば「あんよが上手、あんよが上手」ともてはやされる時期であることを思い出した。


彼はそのまま中央を頼りない足取りだが真っ直ぐ進みだす。

ことはなく何度も転びながら一歩一歩進みなんとか大きな扉の前に辿り着き、振り返り生まれた場所を見渡す。

大きなステンドグラスに描かれた人は静かに微笑み門出を祝福しているように見えた。


届かないスティックハンドルを諦め懇親の力で押す。鈍重な扉は何とか何とかこじ開ける事に成功するが疲労感が襲う体、それを何とか奮い立たせ隙間に体をねじ込んで外へ出た。


彼は裸だった、だが赤子が鉄の扉を開け体をねじ込み外へ出てくる狂気に比べれば誰も自然と頭から抜け落ちているだろう。

もしもこれが誰かの赤ちゃんだと天才だと褒めはやすだろうに誰も見ていないのが悔やまれる。


神のみぞ知るまさに奇跡のような光景。


彼の冒険はこうして始まった。


外へ出た彼は歩いた。

中世ヨーロッパの様なレンガ造りの家、日本より重厚な街並みと狭く重々しい石畳の街路。

いつもより何倍も高く見える街灯は見慣れた無機質でただ光る事為だけに作られた様な白い光より優しく暖かみのある色で灯っている。

だから違和感を感じた。

中世ヨーロッパを残した街並みなら分かる。

旅行で行った時は確かに独特の雰囲気に惹かれ何枚も写真を撮った。

だがこれは何かが違う。

例えば街灯は電球ではない。ならばロウソクかと聞かれるがそれも違う。

また別の何かが使われているような、そんな気がする。

この体もそうだ。

この世界に来てから何かが違う。

1番ははっきりと頭に違和感がある。

不快なものでは無いが確かに何かが違うと確信できる。


「あら?赤ちゃんそんな所で何ちてますの?」


突然空から声がし、見上げるとモクヤより1m以上高い女性が優しそうな笑顔で話しかけていた。


「え?」


女性は黒いチュニックとスカプラリオ(エプロンの様なもの)にローブをしてハープが付いたネックレスを着けている。

修道女だろうか、コスプレにしてはクオリティが高い。

とりあえず情報収集をしようと向き直る。


「いま…え?って言わなかった…?」


異形を異端を異質を見る目で修道女は見ている、まだ疑心の段階のようだ。

ここでまともに喋って交渉すれば決裂間違いなし、それ所か何をされるかわかったものじゃない。

冴え切った脳を回転させ考える。ありとあらゆるプランを出しリスクの高いものから消去していく。仮定、実行、再度仮定…繰り返したどり着く最前の択。



ーーーー集中


「だーうー」


手を上下にゆったりと動かし首も座ってないように左右に揺れる。

トドメは満面の笑み


「きゃ!きゃ!あー!うー?」


突然大層愉快そうに笑い出す無邪気な声


もちろん彼はイカれた訳では無い。

社会人としてプライドのある彼だ。前世では20歳となり2年会社勤めをしたひよっこサラリーマンである。おっぱいではなく酒を飲む年頃が赤子の全力モノマネ。


咄嗟に思いついた会心の一撃、一発逆転、起死回生、だが本人にもダメージが入る諸刃の刃、大の大人が赤子のモノマネなど恥ずかしくないわけが無い。

どこかの席で一発芸としてすれば一生涯ついてまわる黒歴史は確定だろう。


それでも通す、彼はもっとも最適解だと信じると自分をいくらでも犠牲にする行き過ぎた自己犠牲の精神を備えた大人なのだ。


「…疲れてるのかしら、おーよちよちそんな所で裸でお散歩でちゅかー?ご機嫌でちゅねぇ」


「だー」


「お母ちゃんはどこでちゅか?迷子でちゅかねぇ?」


「うーあー」


何とか誤魔化せたようだ。

社会人の退行とは見る分には大変面白そうだと俯瞰している自分がいる。

もはや現実逃避に近い。


「じゃあ衛兵さんのとこいきまちゅねぇ、お母ちゃんもきっと心配してまちゅよー」


修道女は易々とモクヤを抱き抱え買い物かご片手に進み出した。


「だー」


(衛兵さん?)

聞きなれない言葉だった。

抱かれた胸の中、違和感について考える。

街中で迷子の子供を預ける場所、それは日本であれば警察署や迷子センターとなるだろう。

衛兵とはどんなものなのか。

パッと思いついたのはトランプのジャック。

それからイギリスの近衛兵、多分イギリスの近衛兵に近い何かだろう、近衛兵に子供を預けたりはしないので警察に近い職業なのかもしれない。

そんな事を考えながら揺られる。

暖かな人肌と優しい心音が緩やかに緊張を解し揺られていく。


「大通りに出まちゅよ」


路地を抜け明るい光が指す。

そこには6車線ほどの大通りにお祭りの出店に近い見た目の商店が壁に沿って所狭しと立ち並んでおり公園で開かれているフリーマーケットの様な売り手と買い手の親しそうな交流が行われていた。

楽しそうな会話の中、巧みに在庫を捌く仕事ぶりに素直に感心していた。


だがそこで見た光景にモクヤは言葉を失った。


「いらっしゃいー!安い林檎が沢山入ったよォ!」

と牛のような角をたずさえた売り子が声を張り上げる。


「そこのお姉さん、ちょっと見てってくれよ!凄くいい鯵が入ったんだお安くするから!」

猫の耳に近い見た目の小さく上に伸びた耳と柔らかそうなしっぽは釣り針の形で左右に揺れながら若い女性が声を張る。

売り手の中にも買い手の中にも耳の長い銀髪の女だったり、がっしりとした背の低い男だったり獣部位を持った人だったり混じっている。


紛れもなく知っている常識とは違う。

痛感した。

街灯や頭の事で違和感はあった。

だが確信した、させられた。

明らかに違う。

知らない常識に目眩がしてきた。

こんな訳の分からない世界に1人赤子で生まれ落ちるなど絶望的な状況。

悲観していても仕方ないと頭を振り前を向く。


「見てってねー!凄いよォ!これが出来るのは俺しかいないよォ!ここでしか見られないよォ!」


出店の1つ、催し物だろうか男が叫ぶ。

辺りには子供たちが嬉々として集まり興味津々で男に集まる。


「いくよぉ!作るよォ!はい!雪月華氷細工


突如、男の手の平から雪が舞ったかと思うと氷で作られた1輪の薔薇が現れた。

透き通った薔薇は光を浴び宝石のように輝いている。

これには子供たちも大喜び。付き添いの大人たちも思わず拍手をしていた。


モクヤの開いた口が塞がらない。

もはや手品とかの度合いではない。

種無し手品、魔法…に近い何か。

目の前で起こった奇跡的超常現象にもはや目眩すら起こらずただ呆然と受け入れる。


そんなモクヤの心境を知らず修道女まだ何か作る男の前を通り過ぎヨーロッパのものと不自然な異界のものが混ざった不思議な街並みを進んでいく。



「どけぇ!じゃまだぁ!」


モクヤたちがいる通りの前方が騒がしい。

周囲の人が道をあけ声の主を避ける。


紺色の髪をした30代位のおっさんが10歳ほどの少女の髪を乱暴に掴みモクヤ達のいる通りを進んできた。

おっさんは鉄らしきチェストプレートを皮で繋いだものに剣を腰に携えている、いかにも兵士ですと言わんばかりの格好。

少女は掴まれた手を解こうと暴れるが力足りずこのままでは何処か連れていかれそうだ。


「…」


町中で堂々と出される剣の帯刀に驚いたがそれ以外はどうでもいいと思った。

綺麗な青緑、コバルトブルーだろうか、そんな感じの髪色をした歳若い少女は犯罪でも冒して捕まったのだろう。


そう思った時にはおっさんの手に噛み付き逃げ出した少女がモクヤと修道女の後ろに控える裏路地に向けて突進していた。



ーーーー突如



モクヤは宙を舞った。

少女が修道女を掴み裏路地を塞ぐように引っ張ったようだ。

修道女は手を伸ばしモクヤを少しでも掴もうとしたがあと少し手が届かない。

周りの人も一生懸命に手を伸ばすが足りない。


(やば…)

彼の中身が20歳であろうと彼の身は1歳児、数十センチ上から落ちただけで痛手は免れない。

それどころか打ち所が悪ければ今後の成長に響く恐れがある。それは出鼻をくじかれる所ではない。

まだ危惧すべき点はある。

例えば異世界どんな治療をされるかわかったものでは無い。

瀉血と呼ばれるとりあえず血を抜く医療学的根拠の無い治療方法が中世ヨーロッパには蔓延していた。

中途半端なヨーロッパ系の世界でこの治療法の確率は0%とは言えない。

たくさんのリスクが思いつき、打開策が思い浮かばない。最悪だ。

一回転した体から地面が見えた。あと三回転ほどで地面だろうとこんな時でも冷静に予測が着く。

全身から冷や汗が飛び出て、目をつぶり硬直し、衝撃に備える。



ーーーー瞬間



冷や汗が収まり硬い何かが背中に当たった。

目を開けると氷、一面氷。

見上げた青空以外は360度円形の氷の壁がそびえ立っている。モクヤを取り囲んだ氷は聖杯の様な形で地面から生えたようだ。

不思議と氷に包まれているが寒くはなかった。

放心状態のモクヤは何故かこの超常現象受け入れられた。もしかしたら他の事がとんでもなさすぎて感覚が薄れただけかもしれないが…

そのまま眠るようにモクヤの意識は飛んでいった。



「素晴らしい!赤子でその魔力量と高い氷適正!名前はなんというのですシスター」


おっさんは気絶したモクヤには目もくれず氷の聖杯を称えながら熱くシスターを問い詰めた。

シスターと呼ばれた修道女は冷静に身元不明の迷い子、さっきあったばっかりで事情すらさっぱり知らないことなどを説明し今から衛兵詰所に預けに行く予定だと伝えた。

男は大変気に入った様子で自らモクヤを抱き抱え衛兵詰所まで運んでいった。

モクヤは道中に目覚めボーと揺られるまま硬い胸板の中で過ごした。


「よし!着きましたぞシスター、彼の御家族に会えたら将来大変期待の持てる良い子だとお伝えください、では」


上機嫌に帰っていったおっさんを見送り、モクヤは自分の身柄であろう手続きを見守った。字も日本語の様だ。

それから衛兵詰所にモクヤを探しに来る人を待つため他の詰所とも連絡を取り合い1日ほど待ち、これ以上の預りは難しい為、一時的、または長期的に孤児院に預けられることとなった。


【城下北街修道院】


モクヤが預けられた修道院は名の通り都市の北に位置する修道院である。

この世界の修道院では7歳児まで預けられその後は社会人として旅立つ施設のようだ。


北街には王都騎士団の学校があり、騎士たちが騎馬試合や決闘をする為の会場や傭兵の詰所などがある。

傭兵詰所など荒くれ者の多そうだと感じるかもしれないが町は若い見習い騎士たちが巡回をしている為、治安は都市内最高によく、見習い騎士達は騎士道に乗っ取り子供や貧しい人に思いやりを示し女性を大切にするなど大変いい立地となっていた。


モクヤが修道院に入り半年がたっておりすっかり馴染んでいた。


「あーうー」


「モクヤくん!たっちの練習しましょー」


「うー」


半年で1歳児のモノマネもだいぶ板に付いてきたモクヤの手を取りリハビリのように1歩ずつ進んでいく女の子。

名前は【ディアーナ・ツナ】呼び名はツナ。

マグロなどの油漬やシーチ〇ンはこの時代にはない。

この修道院最年長の6歳であり、白髪ショートヘアとサッパリとした性格が特徴で、忙しく子供たちの世話を焼く、うら若きお姉さんなのだ。


モクヤはツナに歩く練習をさせられながら辺りを見渡す。

毎日みんなで磨く窓ガラスから陽光が入りホコリが舞うカーペット。

その上で笑ったり喧嘩をしながら戯れるモクヤと同年代の子供たちがいた。

子供たちの顔ぶれも様々でモクヤと同じ姿をした聖人種と分類される子や獣のような部分がある獣人種、(ツナも獣人種に当たり、詳しくいえば獣人種の中でも猫型に分類されている)耳が長く白く細身の美男美女が多く魔法適正が全体的に高いハーフやクオーターのエルフの子がいたり、賢矮人種に属する子達はだいたい背が低く体格がでかく大きな手に似合わず繊細で力強いかったりと多種多様だ。

この修道院には昔、竜人種や妖精人種、鳥人種の子供たちも何人か居たんだと種族の説明をしてくれた修道女が話していた。

子供たちは人数にして10名程度、ほとんどの子は身よりを無くした子なのだろう。

モクヤは身寄りがないみんなを懸命に明るくしようと努力するツナに感謝しようと感じた。

数時間が経ちツナは他の子供たちの世話を、モクヤは本で遊んでいるかのように熟読していた時、鐘が鳴った。


モクヤはこの孤児院にきて数ヶ月経ったが慣れないことがある。


食事だ。


日本人の味覚は独特の文化により他国と違いの大きな文化の一つだとモクヤは思っているし日本人としての誇りだと思っている。


一言【食事】と言っても千差満別。


20歳となれば心置き無くお酒に挑戦し吐ける時期である。おつまみの塩分を知り、酒の苦さと旨味を知る。

モクヤは一人暮らしの独り身、会社勤めは忙しくほとんどコンビニ弁当、家ではスーパーの惣菜とレトルトカレーや値引きされた弁当などだった。


今は幼児なので仕方の無い、コンビニ弁当は愚かレトルトカレーすらこの世界にはきっと無いのだ。

食の恨みは恐ろしいと言うが晴らせぬ恨みを抱えるのはまだ良い、だが未だに煮たズッキーニや人参のペーストを食べるのには本当に慣れない。


日本のお粥や緩いご飯などの離乳食感覚では無いのだ、たまに長ネギのペーストや見たことの無い食材がペーストされていることがある。

アーティチョーク(食べれるあざみの様なもの)やパースニップ(人参とごぼうの間の子の様な見た目をした野菜)、黒大根(文字通りそのまま凄く黒い)などそのまま野菜を煮込み味は素材のままで頂く。

美味しいと言うより健康的な食事だなと思いつつ食べる。濃厚野菜ジュースだと思えば何とか頂ける。

周りを見れば促されるまま食べ進める同年齢の子達、モクヤは素直に感心していた。

食後のデザートとして砂糖の入っていない果物のジャムのようなものは大変美味いのになと内心思いながら残りの野菜ペーストの食事を続ける。

残そうとしてもツナや周りの修道女に「好き嫌いはダメですよー」と仰る通りのことを言われ口に押し込まれる。


そんな平凡な毎日がずっと続くと思っていた。


変化はモクヤがこの世界に連れてこられてから1年が経とうとした時だった。


「今までお世話になりました!」


大きな皮のリュックサックを背負いツナがこの修道院を旅立って行った。

ここの修道院で過ごせるのは7歳までと決められておりそれ以降は何処かで奉公したり働いたりするようになっている。

それはモクヤも分かっていた。周知の事実だった。だが実際人が居なくなるのは初めてでショックを受けた。


そしてツナが居ない修道院で彼女の存在は想像以上に大きかったのだと、もっと感謝しとくべきだったと思い知らされた。

よく喧嘩が起きた、激化しても止めてくれる人がおらず、慰めてくれる人も同時に居なくなってしまった。

遊んでくれたり話しかけたりする人がいなくなり孤立と年齢事に集団化が進んだ。

みんなの顔から笑顔が少なくなった。

モクヤはツナが去った修道院で単語の練習をしたり散歩に連れて行ったりが無くなりただひたすら本を読んだ。


さらに1年がたち3歳の頃から修道女の手伝いとして少しずつ庭の掃除や畑仕事、野菜の売り出しなど目に付いた仕事を経験していった。

横に座って見るだけの時もあれば道具を借りてチャレンジする事もあった。

安全に大きく成長し学べた期間であった。

だが安心して過ごせる環境はあっという間に過ぎていった。

彼も乳児から学童期へと変わり二足歩行となりしっかりとお喋りができるようになった。


立派な6歳、もうすぐこの修道院から卒業となる頃となった。


安心安全な生活から自由と言う名の非保護かに放り出される時が来たのだ。

7歳で社会に出るのは早すぎる。だがそれがルールであり仕方ない。モクヤは覚悟を決めて2度目の社会人としてあゆむ。

異世界の特殊文化と中世ヨーロッパの文化に阻まれた社会でどう生き残るのか地獄の生存競争が始まった。

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