第28話 道明寺合戦



 本丸と掘り返しの進行も芳しくない堀だけでは、籠城して徳川方を迎え撃つのは無理と判断した豊臣方は、家康の首を獲ることが出来れば一発逆転を狙える野戦で戦う――と決めた。先の郡山の戦いも、本来はそのためであった。


「此度の戦は、数でも分が悪い。大坂に至る前に叩くべし!」


 軍議の席で真田信繁はそう主張し、諸将も同意した。慎重でなる大野治長すらも、今の大坂城では籠城は無理であると賛同していた。


「後藤殿は明石殿、薄田すすきだ殿とともに先鋒隊を率い、道明寺、国分村へと向かって頂きたい」

「承った。真田殿は?」

「某も後詰として、すぐに後を追いまする」

「相分かった」

「毛利殿。貴殿も後詰をお頼み申す」

「うむ」

「各々方、ここが正念場! 身命しんみょうの置き所でございまするぞ!!」

「おう!!」


 軍議の結果、大坂方は大和路、河内路、紀州路を取って来阪する徳川方を、河内領内に入る隘路で迎撃する策を採用した。

 5月6日、先日に城を発した先鋒6,500余の内、後藤基次の軍勢2,800が藤井寺を越え、石川と大和川が合流する道明寺に到着した。

 ところが――である。


「基次様。あれに見えるは徳川方ではありませぬか?」

「うぬ? 確かに。あれは水野の旗印じゃな。あちらは松平か。本多に伊達もおるな」

「いかがいたしましょうや?」

「ううむ……。他の隊はまだか?」

「未だ、我らのみにて……」

「そうか……。ならば、已むなし」


 すでに徳川方が国分村に侵入しており、その数、およそ35,000余の大軍勢であった。対するは後藤隊2,800のみ。


「あれに見える小松山に陣取るのじゃ。あそこで暫し、後続を待つ」


(間に合えばよいが……。それにしても、味方の何と不甲斐なきことよ……)


 基次は口にこそ出さなかったが、内心で、不手際の味方を罵った。こんなことでは勝てる戦であっても、危うい。しかし、居ないものをどうこう言っても始まらない。基次は腹を括った。

 未だ到着していない残りの先鋒隊を待つにせよ、先制攻撃を仕掛けるにせよ、有利な地を押さえるために石川を渡河し、あたりで最も高い丘陵地の小松山に登って布陣したのだ。

 ただ、それを知った徳川方は、後藤隊が少数と見て取ると小松山を包囲した。数で押し切るつもりである。小松山を押さえたい――という理由もあった。


「放てぇっ!!」


 徳川方の板倉重政いたくらしげまさ奥田忠次おくだただつぐ隊が鉄砲を射掛けた。

 

「殿! 徳川方が鉄砲をっ……!!」

「分かっておる! 已むを得ん。正面の敵に仕掛ける!! 続けぇっ!!」


 正面の徳川方が仕掛けてきたため、槍を手に馬に跨った基次は手勢から1,000騎を率いて突撃を敢行した。

 基次の騎馬勢によって板倉、奥田隊の先陣は乱戦となり、最初の突進を鉄砲で押し止めることが出来なかった奥田隊は壊滅。奥田忠次も討ち取られた。

 しかし、これらを蹴散らした後藤隊にも50人ほどの被害が出た。負傷者も含めれば、100人を超えた。

 基次の猛攻で板倉勢も崩れ、徳川方の先鋒は敗走寸前であったが、先行していた水野勝成かつしげ堀直寄ほりなおより隊が戻ってきて後藤隊を押し返し、基次は小松山に引き上げた。


 小松山に押し込められる形となった基次は、攻め寄せる徳川方に何度も突撃を繰り返して奮戦したが、その度に兵を減らし、負傷者も増えた。次第に消耗戦の様相を呈して、後藤隊はさらに劣勢となった。


「もはやこれまでか……」

「殿っ!! ここは一旦は退き、態勢を整えて……」

「よい。負傷した者は大坂城に引き上げさせよ。正に、ここが死に場所と思わん者は我に続けいっ!!」


 基次は負傷者を大坂城に逃がし、残った者を引き連れ、最期の攻撃を敢行。伊達勢の銃撃で基次も負傷したが、ここが死に場所と見定めた基次は敵陣深くに切り込み、乱戦の中、討ち死に。基次に付き従った者たちも、悉く討ち取られた。



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