第26話 ラウルはラウル
サクラが女の子達に囲まれていたからか、ホログラムは男の子達には見えなかったようで、何も言われない内に消えた。それと同時にぴりぴりとしていた空気も消え、ぎこちなくも、当初の予定通りバーベキューを開始した。
食事が始まればみんなの笑顔も戻り、楽しい時間が過ぎていく。
けれど話の内容は、どんな願いにするかで持ちきりだった。
そして、食事が終わるまでに出た願いの内容は、『ゲームを消さない』事だった。ゲームを消さなければサクラも行き来でき、今まで通り会えるのではないかと、そんな言葉が飛び交う。
けれど、それなら男の子達の魂を消さなければいけないとは伝えられず、サクラは曖昧に返事をするに留めた。
「悪いな、呼び出して」
「ううん。気になってたから。結局どうなったの?」
食事の片付けをし終え、他にもできる事があるかもしれないとみんながバラバラに別れる中、ラウルから声をかけられた。
例の件で話があるからと、今は自分達の教室に2人きりでいる。
「近々、嵐が来る。その時、お前は絶対に部屋から出るな。食料は今のうちから確保しておけ。間違っても食堂に行くな。特に夜な。以上だ」
「え……、何それ?」
「あんな話を持ちかけて悪かった。サクラは馬鹿だが嫌な奴じゃないのは充分わかった」
「ちょっと。私、馬鹿じゃないし。ゲーム内だけど学年トップだし」
「あー……、そうだな。勉強ができる馬鹿だ」
オレンジ色に染まる窓にもたれながら、面倒くさそうにラウルが失礼な事を言い続ける。そんな彼に、サクラは若干苛つく。
「勉強ができるなら馬鹿じゃないでしょ?」
「はいはい。ま、そーいう事だからな。賢いなら俺の言葉を忘れるなよ」
「ちょっと! 全然話がわからないんだけど!?」
怒りの火がくすぶるサクラを物ともせず、ラウルがじっとこちらを見つめてきた。
「……前に、リオンと俺が一緒だって、言ったよな?」
「うん。言った」
差し込む西日が強くなり、窓を背にするラウルの顔が陰りを帯びた気がした。
「あれはな、サクラの言う通りだ。だから俺の気分が悪くなった」
「ごめん。あれは言い過ぎだったなって、私も思ってた」
「そうか。じゃあってわけじゃないが、俺の話をしてやる。約束もしてたしな。だからな、妙な事に巻き込んだ事とおあいこにしてくれよ?」
ふんっと軽く笑うラウルが、目を伏せた。
「リオンを見てるとな、俺を見てるようでイラつく。でもな、よく考えたらそのイラつく事をやめればいいって考えが浮かんだ。ま、サクラに同じだって言われたから、考えられたんだけどな」
そう言いながら、ラウルは自身の大きな耳に触れる。
「俺の耳は本来、垂れ耳なんだ。同族の奴らと違ってな。それを誤魔化すためにこんなもの貼って、同じように見せ続けた。そんな自分がずっと、情けなかった」
ラウルらしくない弱々しい笑みを浮かべる姿に、サクラの胸が締め付けられる。
「別に、いいんじゃない?」
「何がだ?」
「それが、ラウルなりの同族との共通点を補う方法だったんでしょ? だから、情けなくなんかないよ」
好感度の上がる音が響き、ラウルが笑みを消した。
「何でそう思うんだ?」
「……私も、同じだから」
「同じ?」
「私のこの姿、本物じゃないから」
ぎゅっと手を握り締めて伝えれば、本来の自分の姿が頭に浮かぶ。
忘れたくともそれが本当の自分だからと言い聞かせ、サクラは言葉を紡ぐ。
「ゲームだからね、好きな姿になれるんだ。病気してる私の姿を見せたら、きっとみんな驚くよ? それにさ、怖いよね。別のものを見るような目つきって。だからね、ラウルが笑っていられるなら、その姿のままでいいと思うよ」
また好感度の上がる音が聞こえる中、ゆっくりと見開かれるラウルの蒼眼を見つめ、サクラは自然と微笑んだ。
「でもね、これだけは覚えておいて。ラウルはラウルだから。私もみんなも、どんな見た目でも、ラウルが好きな事に変わりないから」
「サクラ――」
ラウルの好感度が凄く上がる中、ホログラムが現れた。
『ラウルの耳のテープを剥がしますか?』
剥がす。
剥がさない。
「……これ、どうしたい?」
個人に関わる選択肢が出てきて、ラウルとの仲が深まっているのがはっきりとわかった。
通常なら、この選択肢が彼とのエンディングに関わってくるだろう。
しかし、魂が宿り、そして特別ルートが解禁された事で個人のトゥルーエンドは消滅しているのでは? とも考えられた。
けれどそれ以上に、ラウル自身の事は彼に決断してほしくて、サクラは選択を委ねる。
「剥がしてくれ」
「いいの?」
「いい。今じゃ何でこんな事をしたか、よくわからなくもなってる。イザベルに見られたくなかったはずなんだ。だけどな、よく考えたら俺達は昔からずっと一緒だ。だから隠す必要なんてない」
心境の変化、かな?
ラウルの返答がどこかあやふやに感じたが、それでもサクラは彼の決断に頷き、選択肢を押す。
チリリリン
「さっきから好感度上がりっぱなしだけど、大丈夫?」
「ん。気にするな。サクラは恋しないって知ってるからな。俺だって恋しない」
「そっか。やっぱり魂が宿ったから自分の意思が反映されるんだ。よかったね!」
ラウルはどこか気まずそうに目線を外したが、サクラはその追求をせず、別の質問をした。
「テープを剥がすなら、私はいない方がいい?」
「サクラが剥がすんじゃないのか?」
「え? 私?」
「ほら、いいぞ」
サクラが剥がしやすいようにラウルが大きな体を屈め、頭を突き出してくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「何だよ、それは」
くくっと笑う、揺れるラウルの耳にそっと触れる。くすぐったいのかぴくぴくと動くので、サクラは丁寧に、それでも作業を急ぐ。
「これ、痛くない?」
「一気にいけ。ゆっくりな方が辛い」
「わかった。いくよ!」
ちくちくとサクラの手を刺激する硬い銀髪を意識しながら、思ったよりも分厚くしっかりとしたテープを両耳同時に引き剥がす。
途端に大きな耳が下を目指し、ぶらんと折れ曲がった。
「つっ!」
「ごめん! 痛かったよね?」
「いや、すっきした」
そう言いながら顔を上げたラウルは、困り顔で微笑んでいた。
「あ……。こっちのラウルの方が親しみやすいかも」
「何でだ?」
「何ていうかその……、優しい感じがするから」
大きな耳がラウルの目の横まで垂れており、だいぶ可愛らしい風貌に様変わりした。けれど、それを直接伝えるのはいけないだろうと、サクラは言葉を変える。
「優しい感じか。それなら俺は今までどんな風に見られてたんだ?」
「目付きが鋭いから冷たく見えた。でも中身が違うのは知ってるからね!」
「はいはい」
耳が変わると目付きも優しく見えるもんなのか? と呟くラウルへ、サクラは手に持っていたテープをひらひらと見せつけた。
「このテープ、どうするの? 記念に取っておく?」
「何の記念だ」
「今までのラウルとずっと一緒にいたんだから、思い出がたくさん詰まってるでしょ?」
「思い出……。入学してからの記憶はあるが、それ以前の記憶がはっきりしない。だからってわけじゃないが、捨てろよそんなもん」
サクラの手からテープを奪おうとするラウルから逃れ、背がとても高い彼を見上げる。
「本当に? 嘘ついてない? 記憶がはっきりしないなんて、変じゃない?」
「あー……。今までよく考えなかったが、思い出そうとすると浮かぶのは断片的な記憶だけだ。それ以上は思い出せない。あれだろ、俺達はゲームのキャラだから作られた記憶しかないんだろ」
別に大した事でもないように、ラウルが真顔で言い切る。
ゲームのキャラだからって、それだけで納得できる事なの?
同じように生きているようで、けれど違いがある事にサクラはショックを受ける。
だからこそ、テープを掴む手に力が入った。
「それならこのテープは私がもらう」
「あ? 何でだ?」
「昔の記憶が断片的でも、これは今までここで生きてきたラウルの大切なものじゃない。だから捨てない」
ラウルの目が見開かれ、またも好感度が上がり、彼は笑い出した。
「サクラがそう言ってくれただけで満足だ。ありがとな」
ぽんっと大きな手を頭に置かれたと思ったら、素早く手元からテープが奪い去られる。それでも慌てながら伸ばしたサクラの手は、虚しく宙を掴んだ。
「すっきりついでに捨てさせてくれ。今までお疲れ、ってな」
「あっ!」
くしゃりと丸めたテープが綺麗な放物線を描き、ゴミ箱へ吸い込まれる。
「今日のこの記憶は絶対に忘れない。だからあれはもう、必要ない」
憂いのかけらも感じさせないような笑みを浮かべるラウルを見て、サクラもようやく納得する事ができた。
「あとな、俺に対して言ったように、サクラもサクラだ。見た目が変わろうが、みんなの態度は変わらねーよ」
耳が垂れた事で優しげに見えるのか、ラウルが今まで見たどの笑顔よりも柔らかく微笑んでいた。
私は、私……。
まさか自分にもそんな言葉が返ってくるとは思わず、涙が出そうになる。
それを誤魔化すように、でも自身の心を温めてくれた事は伝わるように、サクラもラウルへ微笑みながら感謝を伝えた。
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