第35話

「ちゃんと私を見て……」

「ああ……」

 河守は僕の顔を覗いてニッと笑う。

「あなた。凄く強くなったわよ。それに、どう? 多分、もうお金が欲しくならなくなったんじゃない?」

 見透かしたような河守の瞳を見つめて、僕は頷いた。

「そう……。やっぱり、あなたは人間なのよ。神なんかじゃない。そう……人間よ」

 僕は人間だ……。

 今までのことが、僕の視界で走馬灯のように過る。

「頂きます」

 河守はグラスのクリュグを一口飲んだ。

「わ、凄く美味しい!!」

「……君のこと。少し話してくれないか?」


 僕は赤面した顔を一時気にせず真面目な顔をした。


「ふんふん。私に興味も出てきたとこだし……いいわ。一様話してあげるわね……」

 河守はグラスを傾けながら、生い立ちを話してくれた。

「私はA区で生まれたの……。凄く貧乏だったわ……。だから、姉さんと必死に勉強したの。A区ではみんなで協力しないと、生きていけないのよ。だから、物心がつくと近所の人たちとすぐに一緒に働いていたわ。B区の都市開発プロジェクトチームに入ったの。そこでノウハウの管理をしたり。でも、最初は人間性が完全に欠けているプロジェクトだったの。それでね……。大変だったわよ……。私たちA区の人たちは家畜のように働かせられていたわ。お金もないし、高い税金も払わないといけないし……。そこで、私と姉さんはこのままじゃいけないと思ったの。お金のあるB区からたくさんのお金を貰うような職を探そうってね。貧乏で人間性を奪われたA区の生活から脱却するためにね。そして、国からの奨学金でB区社会復興特別院大学にいって、矢多辺コーポレーションへ入社したの」

「何故、僕を標的にしていた」

 河守はくすりと笑って、

「凄いお金持ちだから……。結婚したかったの」

 僕は河守の顔を見ながら、一瞬動けなかった。

 こんな素敵な彼女の言動は僕に理性どころか何もかもを奪い去った。

「ねえ……日本の危機を救ったら、結婚を前提にしてお付き合いしましょう」

 僕は一度も飲んでいないグラスをテーブルに置いた。

 勇気を振り絞る。

「ああ……。僕の寝室のカギはいつも開いているんだ。いつでも入れる」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

 僕たちは寝室へと向かった。


 朝。

 9時に起床。

 河守と一緒に寝室のバスルームで一汗流すと、みんな昨日のうちに帰ったようた。

 こんなにすがすがしい朝は生まれて初めてだった。

 窓からの太陽の日差し。

 ビル風の音。

 部屋のカーペットの香り。

 コーヒーの香り。

 サンドイッチの味。

 全てが……素晴らしい。

 トレーニングジムで一汗掻いたり、駐車場で小一時間も車の種類を説明したり、大きなキッチンで一緒に大きなサンドイッチを作ったり。ランボルギーニで広い駐車場内を走り回ったり。

 河守と僕の家で楽しく遊んでいたら、いつの間にか夜になっていた。

 僕は生まれたままの気持ちで、河守を黄色のランボルギーニに乗せた。様々なネオンが照らす道をドライブした。

「ねえ、私は仕事でしかB区に来ないの……色々と紹介してくれる?」

 助手席の河守が微笑んだ。

「ああ」

 僕は一番のお気に入りの云話事シーサイドホテルに向かった。

 そこは、よく女の子友達と遊んだ場所だった。が、今となっては遠い過去の出来事だ。


 ホテルのラウンジは人々で賑わっていた。

 軽めのアルコールを提供していて、夕食だけでも43万円もする。

 僕はランボルギーニの低い咆哮を聞くと、快く走った。

 夜空には真っ白な三日月が浮き出ていて、風は身を切る寒さだった。走行中は車内でバレンシアオレンジとマスカットの香料が香るエアコンを点けた。

 緑色の蛍光塗料のついた若者たちが闊歩する歩道には、一足先にクリスマスを伝えるクリスマスキャロルが流れていた。サンタが一人。こちらに手を振った。

 云話事シーサイドホテルに着くと、さっそくデラックスの夕食を頼んだ。


 河守は大喜びで、色々な食材の入ったチーズとトリュフのサラダ。フランス直輸入のオレンジジュース。イタリア産の魚介類のパエリアと、70年もののボートワイン。300グラムの松坂牛のステーキ。松茸のスープ。ロシア直輸入のキャビアとフランスから取り寄せたフォアグラ。ウミガメのスープなどを見つめていた。

「こんな……凄い……。凄く高い料理なんて今まで見たこともなかったわよ。いつも、給料の大半は貯金していたから……本当にありがとう。雷蔵さん」

「……ふふ」

 僕はいつものジントニックを頼んだ。

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