Ⅶ PAUSE

Ⅶ-1 ROAD

はじまりスターズ

 オドマンコマのブリッジ直下にある会議室では、ほこりを被った机をビアがきれいに拭いている。そしてカーバ、フクベ副所長、第1から第8まで全ての研究班の班長、整備長、高間が壁際に並んで掃除が終わるのを待っていた。

「拭き終わりましたよ」

 ビアの言葉とともに12人は会議卓につき、マイマイがお茶を運んできた。

「ビア、引き続き周辺監視を頼む」

 そう言ってオドマンコマの指揮系統をビアに移行すると、カーバは話を切り出した。

「もう少しゆっくり呼んでも良かったような気もするが、大切なことだから早めに決めなければいけない。本国からは『サハラ砂漠での研究が危険であれば速やかにオドマンコマを建造基地の海底ドックに入れ、然る後に本国へ帰還しろ』との命令がすでに下っている。ただし、危険かどうかの判断は我々に一任されている。どうするか、皆の意見を聞きたいと思う」

 口火を切ったのは素材研こと第1研究班の代表、ヒロ研究員だった。

「私は……自分は、このサハラ砂漠にとどまるのはあまりに危険だと思います。現に今日もIRISの攻撃を受けましたし、IRISの攻撃や妨害のせいでデータ取りも満足にできない日々が続いています。しかし同時に、私にはこのオドマンコマを捨てて本国へ逃げるなどということは到底できません。このオドマンコマは最高の科学技術を使った優れた設備を持っていますが、それ以上に価値ある独自の社会を築いています。つまり端的に言えば、私はこのコミュニティが……研究の助けとなってきた、オドマンコマの人間関係が消え去るのが嫌なのです。本国へ帰れば我々は機密保持と安全のために名前も居住地も秘密になり、散り散りバラバラになってしまう。撤退するのであれば、再び戻って来られる保証がほしいと思っています。身勝手な発言だということはわかっています。ですが、これが私の本音です」

 カーバはほっとした。その場にいた他の所員は、目が覚めたような気持ちだった。

「そうだ。たしかにここに戻ってこられるという『保証』がほしい」

 高間が言うと、カーバを除く全員が「そうだ」と声高く言った。カーバは深くうなずいた。

「皆の気持ちはよくわかった。IRISが掃討されることが前提になるとは思うが、今のところ本国にこのオドマンコマを保全し、再開が決まったら全所員を再配置する予算を申請している。これを通すことができれば、再出発は可能になる。では皆、一旦オドマンコマから撤退するということでいいかな?」

 全員がうなずくと、カーバはブリッジに上がった。

「本国からの情報はあるか?」

「議会でオドマンコマ保全予算が通ったようですよ」

 ビアの言葉に、カーバは胸をなでおろした。カーバはUターンを指示すると、所内放送を始めた。

「諸君に大切なお知らせがある。これよりオドマンコマはサヘル地域を通ってリビア周辺地域から離脱、アイウンよりアクアドーム海上基地に向かう。全ての所員には本国の要人保護プログラムに基づきタニンジャザナ共和国に移動する義務がある。タニンジャザナ共和国の名において、諸君の安全は保証する。いつかオドマンコマに帰ってこられる日があれば、我々は再びここで研究ができる。その日を願おう。あと3日でアクアドーム海上基地に到着する。諸君の安全を切に願う」

 所内が落胆の声に埋もれる中、オドマンコマはUターンし、未だIRISの手の及ばないサヘル地域をフルスピードで走り始めた。

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