戦術ファイト

「よろしくおねがいします」

 その声と同時に、マサ・ルーナッタを名乗った老女は拳を握り、カーバに襲いかかった。間髪入れずビアがカーバの襟をつかんで後ろに下げ、もう一つのアームで拳を遮る。

「ビア、ありがとう。さて、マサ・ルーナッタさん……一体これはどういうジョークかな?その動きはクラヴマガに近いね。君はもしかして元モサドの『偽物』かい?」

 カーバは老女を睨み、鬼の形相で体勢を立て直すと何やら箱のようなものを取り出した。

「ほら」

 カーバが箱のようなものを下げて手を前に出すと、老女はその手を取ろうとした。高間大尉が老女の前面から左回し突きを繰り出すと、老女は手を引っ込めて回避する。カーバは箱のようなものの横のスイッチを押した。

「うわ」

 老女の顔面を閃光を放つ塊が直撃する。そのわずかな隙を捉えた高間大尉は揚打を老女に直撃させる。老女が反撃に移る前に、カーバと高間大尉は後方の観測ドームに閉じこもった。ビアが特殊ロックをかける。

「マイマイさん、少し厄介事が起きました」

「どうした」

「格闘術の達人のような侵入者です。システマの出番です」

「ええ……ビアだけでなんとかなるんじゃないのか」

「いえ、ブリッジのアームだけでは太刀打ちできません」

「そうか……わかった。敵は今どこにいる」

「ブリッジに立てこもろうとしてますね」

「そうか……不利だな」

「一撃でやられることはないように敵を誘導しておきますから」

「わかった。任せたぞ」

「ではがんばってくださいね」

「ちなみに相手の格闘術種は?」

「おそらくクラヴマガです」

「そうか……予測されないようにしないと死ぬな」

「人間の身体格闘術の必勝法はよく分かりませんが、ご武運をお祈りします」

「ありがとう」

 マイマイはボソリと「必勝法なんてないけどな」と言って走り出した。ブリッジに突入すると、老女はマイマイに襲いかかってきた。マイマイは攻撃を躱すと、なるべく手を察されないように浅く間合いに切り込んだ。マイマイの正面から突きが襲ってくるのを身体を下げて避けつつ、下腹部にパンチを食らわせる。しかし老女は少しも効いていないかのように動き、マイマイの背中を叩く。

「くそ」

 マイマイは老女のパンチを吸収するべく体重を使って身体をさらに下げ、老女の足を突いた。老女は蹴りを繰り出そうとしたが、足が動かないようだ。

「……っ」

 老女の動きが一瞬止まったのをマイマイは見逃さなかった。マイマイはするりと老女の下から抜け出ると、老女の背中に全体重を乗せたパンチを命中させた。老女はかすかな声とともに動きを止めた。ビアのアームが老女の首筋を触る。

「……死んでますね。お見事です」

「気絶させるだけのつもりだったんだけどな……」

「まあ施設防衛ですからこちらは悪くありません。死体は始末しておきましょう」

「そうだな」

「これだけ聞くと犯罪組織みたいだな」

「何人聞きの悪いこと言ってるんですか」

「AIだろ」

「定番ネタはぶち込まなくていいんです」

「はいはい」

 死体をモロッコ軍に引き渡したオドマンコマでは、書簡が本物かどうかを確認する作業が行われていた。

「どう見ても偽物だな」

 紙の研究員が言う。

「繊維の太さが違うよ」

 かくして謎の襲撃をなんとかしのいだオドマンコマは輸送船を待って夜を迎えた。

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