子供の時にちゅうした幼なじみ(幽霊)が激しくアプローチしてくる。ちゅう通り越して首筋に歯が食い込んでますけど!? さらに同級生の子が病んでくる!?

アールズ・コート ぴぃ

■僕と桃乃ちゃんと水野さんの日常

第1話 あの日

 ふいに八年前のことを思い出した。

 あの日も太陽の日差し照りつける、蒸し暑い午後だった──。


   ◆◇◆◇◆◇


 小学二年生の夏休みは父方の実家に家族で帰省し、僕は裏山の小道を一人、虫かごと虫捕り網を手に持ち歩いていた。

 しかし都会育ちの僕に捕まるような鈍感な昆虫はいるはずもなく、虫かごは空のまま。


 木々の隙間から漏れる太陽の光は容赦なく地面を照りつけ、少し疲れた僕は近くにある神社で休憩することにした。

 社務所もない寂れた神社には誰もいなく、鳥の鳴き声や虫の音すら聞こえない。


 神社の正面に近づいたとき、ふいに人影が視界に入った。

 麦わら帽子を深くかぶった、白いブラウスを着た一人の少女。

 背は僕より高く年上で、高学年くらい。


 おかっぱ頭の少女を見てすぐに幽霊だとわかった。


 少し時代後れの衣服は、白い清楚なブラウス。

 木々の間を抜けて吹く風にブラウスの裾がゆらいでいる。

 そしてなによりも彼女は、あきらかに透けていて彼女を通してぼんやりと背景が見えていた。

 不思議と怖さはない。


「ねえ、君。どこから来たの?」


 僕は実家のほうを指さし、向こうから来たと言った。


「ふーん、もしかしてここは初めて?」


 小さくうなずく僕。


「やっぱりね。で、なにか捕まえた?」


 その返答に首を横に振って、なにも入っていない虫かごを見せた。


「都会っ子に捕まるクワガタなんて、この辺りにはいないからね」

「お姉ちゃん、どうして僕が都会から来たってわかるの?」

「簡単よ、アイロンかけした白いシャツを着る子なんて、この村にはいないわ」

「ふーん、そうなんだ」


 それよりも一番聞きたかったことを言った。


 お姉ちゃん、幽霊でしょ?


「あたしが幽霊だってわかるの? それに怖くないの?」


 どう答えようか考え込む僕を横目に彼女は僕の手を引っ張り、神社正面の石畳に腰を下ろし、僕も一緒に腰を下ろした。


「冷たいっ」


 ひんやりした冷たさがお尻に伝わり腰を浮かすと、彼女はクスクスと笑った。


「あたしは冷たくないわ。だって幽霊だもの」

「おおっ!」


 僕は座っても透けた彼女の手を離さなかった。

 手を離すと、彼女が消えてしまいそうな気がしたから。

 幽霊って冷たいと思っていたけど、彼女の指先は僕と同じくらいの温かさがあった。

 うっすらと透ける彼女をじっと見つめると、彼女も僕をじっと見つめた。


「君、さっきの質問なんだけど、あたしが怖くないの?」

「うーん、よくわかんない」

「面白い答えね」


 彼女は口元を緩め、僕の髪をやさしく撫でてくれた。

 感触がわかる。

 家族以外に撫でられるのは初めてで、不思議と心地良さがあった。

 ひとつ言えることは、ずっとこうしていたいと願う自分と、彼女がいなくなってしまうのではと不安に思う自分がいた。


 次の瞬間、ふいに消えてしまわないかそれが不安で、無意識の内に彼女の手をギュッと力強く握った。


「ちょっと、痛いよ君」

「ごっごめん……」


 ツンと口を尖らせ悪戯っぽく、ほほ笑む彼女。

 痛いと言った彼女の言葉に僕は、ちょっとうれしくなった。

 手をつないでいることが、彼女にも伝わっていたことに。


「女の子には優しくするものよ」

「はい……」

「素直でよろしい。と、この村の北側には鹿とか猿が出没するの」

「動物園で見たことあるよ」

「動物園の動物たちと違って、野生だから気性が荒いの。近づかないほうがいいよ」

「そうなんだ、気をつけるね。ありがとうお姉ちゃん」

「いえいえ、どういたしまして」


 小さくお辞儀をする彼女を見て思った。

 生前はきっと、裕福な家庭で育ったのだろう。

 見ず知らずの、しかも年下の僕に対しても礼儀を忘れないその態度に、やさしさと親しみを感じ、もっと彼女のことを知りたくなった。


 僕は思ったことを、素直に言った。

 幽霊なのに、温かくて、触られているのがわかると。


「そういえばたしかに、強く手を握られたとき、感覚があった……」


 首をかしげなにか考え込む彼女を横目にさらに僕は言った。

 透明さが無くなってきたと。

 透ける度合いがかなり減り、彼女を通して見ていた背景は、ぼんやりとにじむ程度になっていた。

 うっすらと透ける程度。


「・・・・・っ、しているみたい……」

「?」

「ねえ君……」


 視線を上から投げかける彼女と、下から見上げる僕の視線が重なり合ったとき、小さな声で彼女は言った。


「ねえ、キスしたことある?」


 思いがけない、ふいの言葉にたじろぎ身を引いた。

 彼女はクスクスと笑いながら「ないんだ」と言い、その言葉に少しムッとした僕は「ある!」と嘘を言うと「じゃあ、あたしにしてみてよ」と言い返し、僕の目の前で腰を折りかがんで、両目を閉じた。


 沈黙が流れた。


 動揺しているのが自分でもわかるくらいに緊張する僕を尻目に、彼女は口をツンと尖らせ「幽霊に嘘を言うと閻魔様に舌を抜かれるのよ。だから、おまじないをかけてあげるね」


 そう言いながら僕の口にくちびるを重ねた。

 なすがまま身をゆだねる自分。

 どこまでもやわらかい感触と温かいぬくもりを持ったくちびる。


 くすぐったくもあり、恥ずかしさもあり、なにかモヤモヤしたものがあり、それは両親や姉、家族とはまったく違う感情で初めて経験する他人との接触。

 くちびるを離し「どんな感じ?」そうたずねてくる彼女。

 僕の視線は自然と大人びた彼女のくちびるに向けられる。


「やわらかい……」


 そして僕はみずから彼女のくちびるを求め、重ね合わせた。

 自分でもどこにそんな勇気があったのか、いまでもわからない。

 どこかぎこちなく要領を得ないくちづけ。

 お互いになにかを探すような、手さぐり状態でくちびるを重ね合わせる。


 僕の下唇を小さく噛む彼女。

 強く握った手のときの仕返しのよう。

 僕もくちびるを噛もうとするけど、彼女の舌に邪魔をされ、軽くあしらわれた。


「ねえ、キスの次はなにをするか知ってる?」


 知るはずもない。


 しかしそれでも強気に「知っている」と言うも、すぐに鼻であしらわれ「閻魔様に舌を抜かれないよう、もう一度おまじないをかけないといけないね」

 耳元で甘い声で彼女は言うと、僕のシャツをするりと肩から脱がしてきた。


 僕のまぶたは自然と閉じた。

 石畳に崩れゆく二人。

 それからひととき、記憶がない。

 目を開けると茜色の空が広がる夕暮れのなか、ひとりぽつんと地面に寝そべっていた。


 徐々に日が落ちてきて木々の間をすり抜ける風は冷たく、夢心地な気分からさましてくれ、そのまま帰路についた。

 家では帰りが遅くなり心配している両親が出迎え、クワガタ取りに夢中になって遅くなったと言い、神社に行ったことも女の子の幽霊に出会ったことも言わなかった。


 夕食後、お風呂に入り左肩になにか違和感があり、手で触って見ると噛みつかれたようなアザがあった。

 ちょうど彼女の口と同じ大きさ。

 湯気で曇った鏡に映るアザを僕は、彼女とのつながりに感じ好意的に、愛おしく思えた。


 僕は次の日も神社に行った。

 しかし彼女はいなかった。

 次の日も、また次の日も神社に行ってみたけど彼女には会えなかった。


   ◆◇◆◇◆◇



 それから数年がたち、彼女と同じ高学年になったとき、もしやなんとなく会えるような気がしてジュースを二本と、お菓子を持って神社に行った。


 しかし彼女の姿を二度と見ることはなかった。

 中学生になると部活と勉強に忙しい日々が続き、実家に行くこともなく彼女との出会いは、思い出の一部と化した。


 僕の初恋の相手──。

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