ゲームその3 『お菓子の家を作ろう』第5話

「今度は……『クレープ・3枚』ね」


 ばらばらに配置されたお菓子の壁に、ルージュはさらにクレープのパズルピースをはめこんでいきます。ワオンがいったように、最初こそ差がありましたが、結局はみんな同じくらいの出来具合になっています。


「でも、ルージュはなんだか変な作りかただよな。どうしてそんな均等に壁を作っているんだ? ほら、ぼくみたいにがっつり集中して壁を作ればいいのに」


 ブランが自慢げに自分のお菓子の家を指さします。すでに壁の片側は出来上がっていて、さらに屋根もちょっとだけですが作られています。その様子を、ものめずらしそうに見ていたグレーテが、「あっ」と小さく声をあげました。


「うふふ、グレーテちゃん、ナイショよ」


 ルージュにいわれて、グレーテもいたずらっぽく笑いました。ブランはぽかんとしていましたが、どうやらワオンも気づいたようで、心配そうにブランを見ています。


「なんだなんだ、なんだか女の子チームは不穏な感じだぞ。まぁでも、おれたち男子チームのほうが、家の壁はがっつりできてるから、リードしてることに変わりはないぞ」


 ハンスがルージュとグレーテをじろじろ見ながらも、ワオンからカードを受けとりました。


「よし、『マシュマロ・4枚』か」

「お兄ちゃん、壁を作るのも大事だけど、家具も作らないとダメなんだよ」


 グレーテがにやにやしながら注意します。ハンスは「うっ」と声をもらしました。


「……もしかしてハンス、そのルール忘れてたんじゃ……」

「ち、違うぞ! ていうかそれはブランだって同じじゃないか」


 ハンスにツッコまれるブランでしたが、なぜか得意げに笑っています。


「へへっ、残念ながらぼくは、ちゃーんと考えて家を建ててたんだぜ。ほら、こうやって片側だけ先に作っちゃえば、家具を作るのも壁に邪魔されずに楽だろう。ハンスのお菓子の家は、まわりを壁が囲んでるから、家具を作りづらそうじゃないか」


 ブランの言葉を聞いて、ハンスは「うーむ」とうなってしまいました。


「うふふ、なんだ、ブランもちゃんと考えてたんだ。……だけど、うまくいくかしら?」


 やっぱりなにか企んでいるように、わざとらしい笑みを浮かべるルージュを、ブランはむぅっとくちびるをつきだして見つめます。ですが、それもハンスの「うわっ!」というさけび声ですぐに驚きの顔に変わったのです。


「どうしたんだよ、ハンス……って、あぁっ!」

「残念、ハンス君、パズルピースをはめこむときに、ピースを崩してしまったらもとには戻せないよ。また作り直しになるからね」


 どうやらハンスは、ピンセットを使わずに無理に家具を作ろうとしていたようです。そして指が壁に触れてしまって……。


「うわぁ、しまった! くそぉ、やっぱりピンセット使ったほうがよかったか」


 がっくりするハンスの肩を、ブランがなぐさめるようにたたきます。崩してしまったパズルピースを、今度はピンセットで慎重に取り除いて、グレーテの番になりました。


「あたしは、あっ、『アップルパイ・3枚』だ! 家具はできたから、壁にしよっと」


 マカロンのいすに、キャンディとマシュマロ、クレープでできたベッドを見ながら、グレーテはにこっとします。アップルパイのパズルピースを、チョコレートの土台の側面に差しこんでいきます。


「グレーテちゃんもそろそろ壁を作ってきたか。こりゃあぼくもうかうかしてられないぞ。さ、次は……えっ?」


 ワオンから配られたカードを見て、ブランは固まってしまいました。ルージュがくすくす笑います。


「これ、ぬすっと動物の絵じゃないか! うわぁっ、しかもこいつ、チーズケーキを盗んでるぞ!」


 ブランのカードにはカラスが3羽描かれていたのです。それぞれチーズケーキを1つずつ、くちばしにくわえてにやにやしています。カードと自分のお菓子の家を交互に見て、ブランは盛大にため息をついてしまいました。


「はぁーっ、よりによってチーズケーキかぁ。壁の、一番下のところにあるよ」

「とりあえず絵にはチーズケーキが3つ描かれているから、ブラン君はチーズケーキを1つと、あとはそれ以外の、好きなお菓子を2つ家から外してね。もちろん崩さないように気をつけてよ」


 ワオンにいわれて、ブランはうぐっと口ごもってしまいました。うらめしそうにお菓子の家をながめまわしていましたが、ようやくピンセットを持ったのです。


「ブラン、気をつけろよ。これ、けっこうすぐバランス崩れるからな」


 ハンスのはげましにブランも真剣な顔でうなずきます。グレーテとルージュも、息をのんでハンスのピンセットを見つめます。


「とりあえず、まずは屋根の部分のパズルピースを2つ、外さないと……」


 せっかく作りかけていた屋根を、ブランは惜しむように見ていましたが、とうとうその一番はしっこを、ピンセットで慎重につまんだのです。指が、そしてピンセットがプルプルふるえます。もちろんみんなも、息をひそめてピンセットの動きを見守ります。


「……はぁっ……!」


 なんとかバランスを崩さずに、パズルピースを1枚外して、ブランは「フーッ」と大きく息をはきました。さらにもう1枚、これもゆっくり、じわじわと外したので、なんとか崩さずに抜き取ることができました。


「フーッ、あぁ、緊張したなぁ。ドキドキして指がふるえてさ。あとちょっとで落とすところだったよ」

「よっしゃ、ブランがんばれ、あと1枚だぜ!」


 ハンスの言葉に、再びブランは意識を集中して、お菓子の家の壁をしっかと見つめます。ピンセットをカチカチと鳴らして、チーズケーキの絵が描かれた、一番下のパズルピースの状態を調べます。


「……うげっ、ちょっと引っかかってないか、これ……」


 ブランが苦々しげな顔をします。ルージュたちも、邪魔にならないようにそっとパズルピースを観察します。


「ホントだわ、となりのピースと、しっかりはまっていないみたいね。ブラン、これ、けっこうやっかいよ」


 ルージュが難しげな顔でささやきました。ブランも小さく首をたてに振り、それからパズルピースの取っ手にピンセットを引っかけました。


「いったんピンセットで持ちあげて、土台に差しこまれたところを抜かないと外れないぞ、これ」

「わかってるさ、とにかくじっくりいくよ。頼むぜ、崩れないでくれよ……」


 プルプルとピンセットをふるわせながら、ブランは取っ手をゆーっくりと持ちあげていきます。


「大丈夫か、ブラン……」


 静まり返った中で、ハンスのつぶやきが響きました。引っかかっていたとなりのピースが、わずかにバランスを崩します。


「ヒッ……!」


 息をのむルージュでしたが、ブランは一瞬ピンセットの動きを止めます。


「頼む、ぜ……」


 さらにそーっと、かたつむりの行進のように、じわじわとピンセットを動かしていったのです。


「あとちょっとだよ、ブランお兄ちゃん!」


 応援するようにいったあとに、あわててグレーテが口を手で押さえます。ブランは完全に集中している様子で、それにも気を取られずに、じょじょにパズルピースを持ちあげていきます。


「土台から、完全に浮いたぞ……」


 土台に差しこまれていたピースの下の部分が、浮き上がって見えてきました。ですが、他のピースにも引っかかっていて、お菓子の家の壁全体も浮き上がってしまっています。


「あせるなよ、大丈夫……ぼくなら、できる!」


 カッと目を見開いて、ブランがすばやくパズルピースを引っぱりました。そして……。

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