ワオンのおとぎボドゲカフェ

小畠愛子

プロローグ

「……どうしておいらのこと、みんなきらうんだろう……」


 おとぎの森の外れにある、小さな喫茶店、『ワオンのおとぎ喫茶』は、朝からガラガラでした。お店の店長で、オオカミのワオンは、はぁっと小さなため息をつきます。誰もいないカフェのテーブル席にすわって、自分で入れた紅茶を一口飲みます。


「……おいしい」


 森でつんできた、野イチゴのジャムを入れた紅茶は、ほんのり甘酸っぱくて、そして優しい香りがします。『ワオンのおとぎ喫茶』は、オープン初日こそ、おとぎの森の住人たちがやってきたのですが、ワオンのすがたを見ると、みんな逃げ出してしまったのです。


「おいら、別にみんなのこと、食べたりなんて絶対しないのに……」


 ワオンはオオカミですが、甘い紅茶とおいしいケーキが大好きな甘党だったのです。喫茶店をオープンしたのも、自分で紅茶を入れたりケーキを作ったりするのが大好きで、みんなに喜んでもらいたいからでした。


「せっかくがんばって喫茶店を開いたのに……。あーあ」


 おとぎの森に引っ越してくるまで、ワオンは知らなかったのですが、このおとぎの森がある、おとぎ連合国には、昔とっても怖い黒魔女がいたのです。黒魔女は、たくさんの悪いオオカミを従えていたので、おとぎの森の住人たちは今でもみんな、オオカミを怖いと思っているのでした。


「やっぱり、住んでいたトンガリ山に帰ろうかなぁ。でも、トンガリ山の仲間たちは、みんなケーキなんてきらいだっていうし……」

「おぉい、ワオン、喫茶店は繁盛してるか……って、あれ、なんだ、今日は休みか?」


 ぐったりとうなだれているワオンを見て、甘党仲間のマーイが大きな目をぱちくりさせました。マーイは行商人をしている三毛猫で、いろいろな町を旅しています。森で採っためずらしいキノコや木の実を売って、お金を稼いでいるのです。その途中に町の人たちから聞いた、いろいろと面白いお話や、おいしい食べ物をおみやげにくれるのでした。


「どうしたどうした? んな顔してると、客も来ないぜ。せっかくおれも手助けして、ようやくオープンにこぎつけたってのにさ」

「ごめんよ、マーイ、だけどさ……。はぁー」

「おいおい、なんでおれの顔見てため息ついてんだよ。もしかして、繁盛してないのか?」


 マーイに聞かれて、ワオンはうなだれたまま、小さくこくりとしました。


「やっぱりそうか……」

「ちょっと、やっぱりってなんだよ! ひどいよ、マーイまでそんなこというなんて」

「あぁ、すまんすまん、じょうだんだよ。だけどまぁ、そんな気を落とすなよ。大丈夫、お前がみんなを食べたりしない、いいやつだってことは、森のやつらもそのうちわかってくれるはずさ。……あぁ、そうだ、また城下町で面白いものを見つけたぜ」


 テーブルにだらんとなっているワオンの肩をたたくと、マーイはかついでいたふくろから、なにやら取り出しはじめました。ワオンがほんの少しだけ頭をあげます。


「マーイ、なんだいそれ?」

「これはな、人間たちが遊ぶ、『カードゲーム』ってやつだよ。商売の帰りにさ、どこかゆったりできそうなカフェを探してたんだよ。そしたら、なんだかすごく楽しそうな笑い声がするカフェがあって、面白そうだって思って入ってみたんだ。そしたらよ、そこのカフェの連中、みんなカードゲームして遊んでたんだよ。面白そうだからおれも入れてもらったのさ」


 あまーいキャラメルマフィンと、おいしいミルクを楽しみながら、マーイはどんどんカードゲームにのめりこんでいったそうです。ハラハラドキドキ、それに和気あいあいといったカフェの雰囲気に、気づけばマーイもどんどんミルクが進んでいたといいます。


「ありゃあなかなかの商売上手だったぜ。だってよぉ、ゲームが進むにつれて、腹も減ってくるし、甘い飲み物があれば、ついつい飲んじゃうからな。なによりこのカードゲームってのが、また面白くってさ。でも客のやつら、おれが初めてゲームやるからって油断してたのか知らないけど、けっこう勝てて楽しかったぞ」


 なんとも得意げに話すマーイでしたが、ワオンはカードにくぎ付けになっていました。なぜならそのカードに描かれていた絵が……。


「マーイ、これ、おいらが描かれてるよ!」

「おっ、気づいたか。そうなんだよ、このカード、お前そっくりのオオカミが描かれてたから、きっと気に入るだろうなぁと思って、人間たちにどこで手に入れたか聞いたんだよ。で、おもちゃ屋を紹介してもらって、そこでそのカードゲームと、他にもいくつか買ってきたぜ」


 かついだふくろをガチャガチャとゆらすマーイでしたが、ワオンがまるで骨を前にした子犬のように目を輝かせて、しっぽをふりふりしているのを見て、ハハハと楽しげに笑ったのです。


「そうあわてるなって。ちゃんとお前にもルールを教えてやるからさ。……いや、待てよ。なぁ、ワオン。こうなったらいっそのこと、この『ワオンのおとぎ喫茶』も、ゲームができる喫茶店に改造しちゃったらどうだ?」

「ええっ?」


 これにはワオンもびっくりした様子で、口をパクパクさせてしっぽをピンと立たせています。しかしマーイはすでに乗り気です。勝手にうんうんとうなずいて、ゆっくりひげをなでつけました。


「いや、我ながらいいアイディアだぜ。だってよ、ワオンのおとぎ喫茶には、みんな来てくれなかったんだろう? それならリニューアルして、ゲームも遊べる喫茶店にしたら、もしかしたらみんな来てくれるかもしれないじゃないか。それによ、そりゃあ喫茶店でゆっくり飲み物とケーキを楽しむのもいいかもしれないけど、みんなでワイワイ楽しむほうがいいじゃないか」

「そういわれてみれば、そうかもしれないけど……」


 ワオンは考えこむように首をひねりました。ですが、マーイは完全にやる気満々になっているようで、肉球でぷにぷにの手を器用に動かし、カードをシャッフルしていきます。


「ま、お前もこのゲーム、『赤ずきんちゃんのお花畑』でもプレイしてみろよ。本当はもっと人数がいたほうが盛り上がるんだけどさ、まぁ最初はルールと、カードに慣れてもらうために、おれとお前だけで遊んでみようぜ」


 マーイにうながされて、ワオンはまだ考えながらも、配られたカードに目をやりました。裏返しになっているカードには、どれもかわいらしい女の子の絵が描かれていました。女の子は赤い頭巾をかぶっています。


「あれ、もしかしてこの子、赤ずきんちゃん? ほら、お話に出てくるあの……」

「そうさ。このゲームの名前は『赤ずきんちゃんのお花畑』だ。だから赤ずきんちゃんに関係するカードがいろいろ出てくるのさ。ま、とりあえずカードを手に取ってみろよ。あぁ、爪はちゃんとしまっておけよ」


 マーイにいわれて、ワオンはこっくりしてからカードを手に取りました。爪を引っこめ、器用にカードを指でつかみます。


「わぁ、きれいなお花の絵だね。おいらの喫茶店のまわりにも、こんなお花を植えたらみんな来てくれるかなぁ?」

「もちろんさ。それにこのゲームで遊んだら、きっとみんな『ワオンのおとぎボドゲカフェ』に来てくれるぜ。毎日満席で、これからいそがしくなるぞ」

「ワオンの……おとぎボドゲカフェ?」


 目をぱちくりさせるワオンに、マーイはにやっと笑ってうなずきました。


「あぁ、そうだ。この店の新しい名前だよ。ほら、『ワオンのおとぎカードゲーム・ボードゲームカフェ』じゃあ長ったらしくていけないだろ。だから略して、『ワオンのおとぎボドゲカフェ』にしたってわけだ。あ、もちろんボドゲカフェっていってるけど、ボードゲームだけじゃない。カードゲームいっぱいあるぜ」


 もうすでにワオンのおとぎ喫茶は、『ワオンのおとぎボドゲカフェ』に改名されることが決定したようなマーイのいいかたでしたが、ワオンはそんなことには全く気づかず、ニコニコ顔でカードを見ています。もちろんしっぽも、ふりふりとゆれてごきげんです。


「とりあえずゲームを始めるとするか。ま、ルールはやりながら説明していってやるよ。そこまで複雑なゲームじゃないからな」


 マーイがひげをなでつけながら、へへっと得意げに笑います。ですが、そのときのワオンは知るよしもありませんでした。このゲームが、ワオンをカードゲーム、そしてボードゲームの面白さに目覚めさせるなんてことを。そして、おとぎの森の仲間たちが、みんなワオンのおとぎボドゲカフェに夢中になっていくなんてことを……。

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