夏が燻る

中田もな

einn

 アイスランドの夏は明るい。夜中になっても明るいままで、まるで長い昼間のようだ。

 星空の見えない空の下。ブロンドのショートヘアを揺らしながら、アルニはだだっ広い草原を駆け抜ける。この時期にしかできない薄着で、柔らかい草を踏みしめながら走っている。

 彼の視線の先には、美しい青年がいた。滑らかな金髪に、混じりけのない灰色の瞳。背丈は彼よりも高く、肌は白く透き通っている。青年は彼が駆け寄ってくるのを見ると、穏やかな笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、アルニ」

 ――青年がそう言った瞬間、アルニは彼に飛び掛かり、そして嬉しそうに抱きついた。涼しい風がざあっと吹き抜け、二人の髪を静かに揺らす。

「ハウクル! 会いたかったよ!」

「おいおい、そんなにか? 全く、困ったやつだな」

 アルニの大げさな反応に、青年ハウクルはクスクスと笑いを零した。鮮やかな緑のフードの端が、かすかに震えているのが分かる。

「だってさ、中々姿を現してくれないじゃないか! この間だって、俺の友だちに紹介しようと思ったのに!」

「勘弁してくれよ、本当に。大勢の人間を相手にするのは苦手なんだ」

 そう言いながら、彼はアルニの持ち物に視線を移した。茶色い紙袋に、何やらいっぱい入っているようだ。

「アルニ、その袋は何だ? 何か持ってきたのか?」

「うん! ハウクルと一緒に食べようと思って、さっき屋台で買って来たんだ!」

 「じゃじゃーん!」の効果音とともに取り出されたのは、美味しそうなホットドッグと、手持ちのコーラ。大きなソーセージととろけるチーズが、絶妙な食べ応えを醸し出している。

「これは……?」

「まぁまぁ、とりあえず食べてみなって! 絶対気に入ると思う!」

 彼にホットドッグとコーラを手渡したアルニは、さっそく自分の分を食べ始める。優美な風景とともに食べる好物は、格別以外の何物でもない。

「遠慮しないで、ガブッと食らいつくんだよ! 早く食べないと、すぐ冷めるから!」

「ああ、分かった……」

 未知の食べ物に少々戸惑ったハウクルだが、アルニの勧める通りにホットドッグを口に運んだ。とろりと溶けたチーズが、パンの端から少し零れる。

「……美味いな、これは」

「でしょ! また買って来るね!」

 アルニは満面の笑みを見せ、元気に冷たいコーラを啜った。その様子を見たハウクルは、フードを外して広い空を見上げる。……葉っぱのように尖った耳が、草の緑に反射して白く浮かび上がった。

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