第2話 森の中

 ミデンはゆっくりと窓から離れ、臨戦態勢に入る。身をかがめ、キッチンの奥へと入っていった。

 プロペラの音とエンジン音が次第に近づいてくる。木々が揺れ、野鳥が一斉に飛び発った。カーテンの揺れが大きくなり、プロペラによる人工の風が部屋の中へと入って来る。いよいよ最初のヘリが上空を通過する頃だ。

 ミデンは歯を食いしばり、キッチンカウンターの隙間から外の様子を伺った。

 その瞬間、マシンガンの連続した銃声が響き渡る。バンガローがきしみ、窓ガラスが割れる。飛び散ったガラス片が木造の壁に突き刺さり、流れ弾が死体を弾いた。

 最後にロケット弾が撃ち込まれ、燃えやすいバンガローはキャンプファイヤーのように一気に燃え広がった。

 ミデンはその攻撃が終わるのを見計らって、キッチンの陰から姿を現す。父の死体を抱え上げ、炎の中を走り去った。燃え盛る瓦礫を蹴り飛ばし、割れた窓から身を乗り出す。

 既にバンガローはヘリから降りてきた空挺部隊によって囲まれていて、サーチライトがミデンの全身を照らした。


「こんな総出で何の用です?」


 死体をわきに抱えた状態でサーチライトの明かりを手で覆った。見たところ敵の数は数十人程度。つまり先ほどの攻撃は空挺部隊が突入するための援護射撃だ。一人を相手にまるで麻薬シンジケートを撃滅するような手筈である。

 各々が迷彩服に身を包み、小銃を抱えている。見たところ小銃に統一は無く、ロシア製のものからイラク製のものまであった。相手が自衛隊なら八九式だし、警察機関ならMP5と正規の部隊だとすれば、細部まで徹底した統一が行われているはずだ。そこから推測するにミデンを囲った敵は傭兵、または何者かが仕向けた専属の私兵といったところだろう。

 空にはヘリがホバリングし、スナイパーの望遠レンズが輝いていた。


「決して余計な真似をするな。おかしな挙動があれば、すぐにその脳天を撃ち抜く」


 部隊長とおぼしき男が響く声でそう言った。


「俺一人に対して、こんな大勢で歓迎ですか。すごい、思わず感動しちゃいましたよ。でもクリスマスパーティにしては少し早すぎませんかねぇ……」


「うるさい、黙れ。すぐにその場に手を突いて、降伏しろ。お前に勝ち目はない」


「俺を殺すつもりなら早く撃ったほうがいいですよ。奇襲の意味がない」


「ガキが舐めた口を利くな。俺たちはお前を拘束することが目的だ。殺すだけなら俺一人で十分だからな」


「なるほど、そりゃあ確かに大変な仕事ですね……」


 ミデンはそう言って、自分の顎をさすった。


「殺人は簡単だけど、拉致は難しい。なぜなら人の命はあまりにもか弱いから。少し遊んだだけですぐに壊れてしまう」


 ミデンはヘリから狙う狙撃手の望遠レンズを指さして言った。


「殺す気で来ないと一秒も持ちません」


「ガキが……」


 部隊長の激しい歯ぎしりの音がここまで聞こえてくるようだった。


「それでは殺し合い……始めますか」


 ミデンは白い歯を見せると、大柄の死体を天高く舞い上げた。


 

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