第35話INVADER ~底なしの暴食~ Part.6

 煌びやかなタペストリーに刺繍された国章


 扉から玉座へと敷かれた赤の絨毯には金糸の刺繍が施されており、この場にある全ての物体が呼吸をしているかのように、空気が重たく感じられる。

 そんな堂々たる玉座の間で、左右の壁に、ウォーレンやハンナを含む、石像さながらの不動で整列している近衛兵に睨まれながら跪くグリムは、アヴァロン王へと報告を上げていた。正確には偽りの言伝ではあるものの一部含まれている真実、しかし真偽よりも重大な事実ともう一つ、同様に重要な提案を通すには偽りもやむなしなのである。


 だから今のところは勇者アレックスと魔王が共闘し、しかも魔王女を逃がした点については伏せたままだ。理解を得てから小出しにしていかないと、どこで拗れるか解ったものではない。

 それくらい、メアの存在と提案は危ういといえる。


「――……勇者からの言伝と聞き、魔王討伐成功の朗報かと期待したが、とんでもない思い違いをしていたようだ。グリムと申したか。其方そなたの話、にわかには信じがたいぞ」


 自身が目にした『星渡りの蝗』による強襲、そしてテューレから聞いた情報をグリムが簡易的に伝えると、アヴァロン王・レリウス三世は顎髭を撫でつけながら、そう呟いた。

 概要だけでも眉唾であるのは仕方が無いところで、疑われるのは覚悟の上のグリムにとっては、一笑に伏されなかっただけまだマシである。


「陛下がそう思われるのも無理はありません。俺自身、悪い夢であってもらいたいと願うくらいです、当事者でなければきっと笑い飛ばしていることでしょう」

「此度の事態、荒唐無稽な戯れ言と取られて当然の内容。しかしなのじゃレリウス陛下、どうか我らの話に耳を傾けていただきたいのじゃ」


 跪き、懇願するグリム達を玉座から眺めるレリウス三世は、だが変わらず顎髭を撫でつけながら二人を品定めするように見下ろしている。


 その視線は思慮を巡らせているというにはあまりに冷たく、そして非情な色を浮かべていた。

 顔を伏してはいても視線というのは肌で感じられ、故にグリムはその首筋で、不穏な気配を敏感に感じ取っていた。


「面白い話ではあったがそれだけだ、信ずるに値せんな」

「ですが陛下、俺は勇者から……いや、アレックスから預かったのです。空から落ちてきた新たな脅威を世界に報せ、備えるようにと」

「『星渡りの蝗ローカスト』の脅威は本物なのじゃ。リングリン村へ人を送ってもらえれば事実だと分かる、あの村には我らが倒した『星渡りの蝗ローカスト』の兵器、その残骸が残っている。誰が見ても、一目でアレが異質であることを理解できるはずなのじゃ」


 嘘つきと、いくらそしられようとも構いやしない。ここでしくじって世界が踏みにじられることに比べれば、王や近衛兵達から向けられる疑惑の眼差しなど些末な問題だ。

 そう割り切っていたからこそ、グリム達は無茶を承知で謁見に臨み、首を刎ねられる覚悟を抱いて真偽混じりの言葉を並べていた。


 ……だが、二人は知らなかった。


 彼等が考えているよりも、事態は悪い方向に進んでいることを。


「ところでメア嬢、其方からも話があると聞いているが?」

「お気遣いに感謝するのじゃ。しかし、妾の話は勇者からの言伝を受け取っていただかなければ意味が無い。どうか、精査をお頼み申すのじゃ」


 それは唐突に起こった。

 これまでは冷めながらも興味を持っていたレリウス三世が、背もたれに身体を預けて長い溜息をついたのである。まるで、下手な芝居を続ける舞台に興味を無くしたかのように――


「飽きたな……」


 呟かれた言葉の意味が分からず、グリムとメアは揃って眉根を寄せながら玉座を見上げる。


「飽いだ、とは……どういう意味なのじゃ」

「無論、其方そなた達の猿芝居以外にあるまい。最初こそ突拍子もないお伽噺は楽しめたが、嘘も大きくなり過ぎれば興醒めだ。やはり其方そなた達も、これまで我が城を訪れた勇者の供を騙る卑劣漢の同類のようだ。流石に『授かりし者ギフト』の卑劣漢は初めての来訪だがな」

「なんじゃとッ⁈」


 魔族ではあるがメアもまた王族。

 盗人や詐欺師と同列に語られては我慢など出来るはずがなく、彼女は感情のままに立ち上がっていた。しかし当然、怒りが全面に出ている彼女を抑えるべく、近衛兵達が剣を抜いて二人を取り囲むことになる。


 その先頭、王を守るように立ちはだかったハンナが嫌悪の眼光で鋭く言い放った。


「本性を露呈したな野蛮人め。虚言を見抜かれ追い詰めれた者は誰も彼も似た行動を取る。貴様のように怒るか、慌てふためき赦しを乞うか、或いはグリム……貴様の様に沈黙するかだ!」

「…………」


 グリムは黙しながらも、だが恫喝に怖じけることなく彼女の視線に正面からぶつかっていた。

 しかし、そんな彼を揺らしたのは嗜虐を孕んだレリウス三世の、静かな、静かな問いである。


「其方達の妄言、虚言、或いは脅威が事実であれば大変な事態だ、私とて傍観はすまい。だがしかし、疑わざるおえまい? 其方の話は嘘から始まっているのだからな」


 実際、レリウス三世が見抜いたとおり、彼等の話には嘘が混じり、そして嘘から始まっている。そこを突かれると反論に困るところであるが、グリムが顔を伏せて口を噤んでしまったのは、王の言葉に含まれている残忍な愉悦を感じ取ってしまったからだ。

 そして王は、愉しげに顔を歪めてこう口にする。


「グリムよ。外套を脱ぎ、其方が首に巻いているスカーフを外せ」

「…………」

「貴様ッ! 王の御言葉が聞こえなかったかッ⁈ 抵抗するのであれば――」


 胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたハンナだが、本能的に彼女はその手を止めた。

 彼女を射すくめているのはグリムの眼光、それはさながら、洞窟の奥で宝を守護する龍の逆鱗そのものである。


 触れれば殺す。彼の眼は沈黙のうちにそう語っているのだが、ハンナも騎士の一人である。丸腰の相手にいつまでも怖じけているはずがない。


「ふんッ、いくら虚勢を張ろうとも貴様に打つ手など残ってはいない。魔力封じの枷をしている以上、貴様は『授かりし者ギフト』としての力を振るうことは出来ないのだからな。貴様の強さなど、所詮は借り物に頼った偽りの力に過ぎん!」

「ハンナ隊長、そう興奮するでない。その者の態度から察するに、メア嬢には告げていないのだろう、自身が抱えている秘密をな。無理もないことだ、虚勢を張るのも無理ないことだ」


 ……仮に、流れ着いたのが別の国であったとしても似たような事態にはなっただろうが、グリムはこうなるであろう可能性を、敢えて考えないようにしていた。


 しかし現実というのは非情なもので、一番避けたい事というのは往々にして横合いから殴りつけるようにして訪れる。すでに隠すことなく残酷な笑みを湛えているレリウス三世に見下ろされる彼の心境は、ハズレくじだけのくじ引きの中でも最低のハズレを引かされた時とそっくりである。


「さて、どうするかねグリム? 其方には二つの選択肢がある。一つはすすんでさらけ出すこと、もう一つはハンナ隊長に剥かれること。選び給え、其方に許す最後の自由だ」

「どういう意味じゃ、最後とは⁈」

「直に分かる。グリムがスカーフを外せば、すぐにな」


 グリムの表情は険しい。

 口を真一文字に結び、カーペットに落ちた視線には彼らしくない弱さが浮かび、両の拳は悔しさに震えている。


 そして同時に、グリム自身、不思議に感じていた。

 こんなことを思うなんてどうかしていると分かってはいるのだが、彼女に、メアには知られたくないと思っていることを――


「さぁ、どうするのかね・・・・・・?」


 ――だが、もう隠し通すのは無理だ。

 ゆっくりと立ち上がるグリムは、心配そうにしているメアに向けて笑ってやるが、浮かぶのはどうしたって自嘲的な笑みばかりだった。


 ただし、それは一瞬のこと。

 両足でしっかと床を捉えた時には、全てを振り切り腹を決めていた。


 過去というのは、いくら努力しても変わりはしない。ならば今するべき事は、堂々と立ち上がり、悪趣味な王を睨んでやることである。

 それくらいしか出来ないが、それくらいならば出来るのだ。


 目を逸らさずにコートを脱ぎ


 奥歯を噛んでスカーフを解く


 そして露わになった彼の首元には、縦に彫られた三本線の刺青タトゥー


「ほほぅ、やはりハンナ隊長の予想が当たったようだな。貴官の観察眼、見事なものだ」

「有難き御言葉に御座います、国王陛下」


 この場にいる全ての者は、グリムの身体に彫り込まれた入れ墨の意味を知っているが、魔族であるメアだけは別で、彼女は不思議そうに尋ねていた。


 メアにしてみれば、たかが刺青。

 しかも文字や術式どころか、絵柄ですらない、ただの三本線の刺青なのだから。


「ふん、とぼける様も白々しいが、知らぬというなら教えてやる。胸元に彫られる縦線の刺青はその者が所有物である証。つまりこの男は、奴隷の身でありながら勇者の供であると偽り、さらにあろう事か、我が王までも騙そうとしたのだ!」


 ハンナは剣をグリムへと突き付け、怒りのままに宣言する。


「貴様の罪は全てが重罪、どれか一つだけであろうとも偽りをのたまうその舌を切り落とすのに充分な罪状だ。それが三つも重なったとあれば、これはもう、どう足掻こうと極刑以外にあり得ないぞ!」

「……グリム」


 ハンナが言い放った罪状とは無関係に、メアは沈痛な表情を浮かべてグリムのことを呼んでいた。そして力なく歩み寄ったかと思えば、彼をそっと抱きしめた。


「グリムよ」

「……まぁ、そういうこった。こんな風に振る舞っちゃいるが、俺は奴隷の身分なのさ」

「あぁ。そのようじゃな、よぉく理解した。まったく以て、使えぬ男じゃな・・・・・・・

「ッ⁈ メア、なにを――」


 ――言い出すのかと問う前に、グリムは強い衝撃を胸に受けてその場に崩れ落ちていた。


 あまりにも突然、かつ衝撃的な事態には王も近衛兵達も、目を丸くしていたが、身に受けたグリムだけは何をされたのか理解している。


 胸に当てられていたメアの左手から、直に魔力を叩き込まれたのだ。その威力はさながら落石の直撃を喰らうのと同等で、原因が分かったところでどうしようもない。

 膝が落ち、そのまま俯せに倒れ込むグリム。朦朧としながら床に突っ伏した彼の耳には、蒼炎のように冷たいメアの声だけが聞こえてきていた。


「勇者が供としていたから操り導かせたというのに、よもや奴隷の身分で暴かれてしまうとはのう。じゃが、妾をここまで連れてきた働きに免じて、命だけは残してやるのじゃ」


 彼女を取り囲む鎧の足音

 抜刀の煌めきと構えの重心


 グリムが霞征く視界の中で蠢くそれらを眺めていると、メアがパチリと指を弾いた。

 同時に玉座の間を照らしたのは蒼い光

 それが収まればつのも露わな魔族の姫が立っている


「アヴァロン王、レリウス三世よ。お主にある提案を持ってきたのじゃ」


 尊大に宣う魔王女メア

 その後ろ姿を見上げながら、グリムは意識を失った。

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