第32話INVADER ~底なしの暴食~ Part.3

 アルトリア島北東部に位置する小国、アヴァロン王国


 この島を統治する四つの国の中では最も小国でありながらも、アヴァロン王国の王都アルクトゥルスは、王の居所たる厚い備えを持っていた。

 都全体を高く厚い壁で囲んでいるうえ、平原へと続く南側を除いた三方は、険しい山々によって守られている鉄壁の構え。自然をうまく利用した城壁の造りは、なるほど長期の防戦にも耐えうる形になっており、攻め落とす側の苦戦を容易くグリムに想像させる。


 無論、ただ中に入るというだけでも難しことに変わりは無い。


 人間の習慣に疎いメアではボロが出てしまうだろうから、中に入る方法については、ほとんどグリムに一任されているが、絶対確実な方法はすでに取れないことが確定しているのである。

 安全に王都へはいる第一の手段……、というより、その為に必要なのは通行手形であるが、黒の大陸から身一つで飛ばされた彼等がそんな物を持っているはずもなく、誰かから買い取ろうにも無一文ときている。


 ……因みにだが、テューレに至ってはこの場にいない。


 彼女も異星人には違いなく、門番に見つかればなにを訊かれるか分かったものではないし、下手をすればその場で捕まりかねない。ならばいっそ、飛べるうえに小さな彼女ならば忍び込む方が容易かつ安全と言うことで、王都の手前で二手に別れ、すでに壁の内側で二人の到着を待っている頃合いだ。

 しかし果たして、合流までどれくらい掛かるだろう。

 正味な話、正攻法ではまず無理だ。


 手形も金もない以上、残された手段は誰かの手形を奪うくらいだが、野盗の真似事なんかをメアが許すはずもなく、そうなるとグリムに残された手段は一つだけだった。


「ちょ、ちょちょグリムよ。進むのは良いが策は練ってあるのじゃろうな?」

「なんとかする、口は挟むなよ」


 通行手形の確認と荷物の検査を待つ人々の列を追い抜いて、グリムはぐんぐん門番達の方へと歩を進めていく。メアが慌てて付いてきているが、彼女の動揺などお構いなしだ。

 どうせ列に並んだところで、通行手形を持っていない以上門前払いが約束されている、であればこそ多少粗っぽい手段をとっても然したる違いはないというもの。いや、むしろここに至っては悠長な真似よりも、一縷の望みを掛けた横暴が求められている。


 いっそ猛々しくさえあるグリムの姿に身構える門番たち。

 別の旅人の通行証を改めていた門番までもが彼の接近に緊張する中で、グリムは図々しくも彼等の前に立つ。

 するとこの場の長らしき女騎士が威圧的に言い放った。背は低いものの眼光は鋭く、その眼差しはすでに斬り合いに備えている。


「なんの用かは知らないが、街に入りたいのなら通行証を用意して列に並ぶことだ」


 用件も訊かず、挨拶も抜き。

 グリムの無礼を、女騎士は当然のように突っぱねた。


「通行証はない」

「……では、諦めることだ。ここはアヴァロン王国が王都アルクトゥルス、身分も知れぬ怪しい輩を通すわけにはいかない、分を弁えよ」


 女騎士の印象は、お堅くて尊大。

 これはあくまでもグリムの勝手な判断でしかないが、この女騎士の振る舞いからして恐らくは貴族の生まれ。そして、彼女のどうにも鼻持ちならない振る舞いには、グリムの反骨精神が反応してしまう。

 ……だが、視界の隅に入ったメアの表情を感じ取ると、彼は頭に上がった血を降ろす。そう、門番相手に口喧嘩をしにきたわけではないのである。

 しかし冷静に話を戻そうにも立ち上がりが悪すぎたのは否めない。なのでグリムは仕切り直しの意味も込めて、丁寧に名乗ることにした。


「俺はグリム、こっちはメアだ」

「だからどうしたというのだ。貴様等の名などに興味はない、すぐに失せねば叩き斬るぞ」

「アヴァロン王に、赤髪の勇者アレックスから言伝を預かっている。急ぎのための失礼を働いたが、どうか通してもらいたい」


 それは虚実を併せ持つ絶妙なブラフ。

 表情に出せば怪しまれるためメアは平静を装っているが、内心では彼の嘘に手を打っていた。

 勇者の使いであることも広く捉えれば嘘とは言い難く、なにより勇者と共に旅をしていたことは事実であるから、いくら詮索されようが彼から粗が出ることはない。


 ただ、だからこその至らなさにメアは人知れず歯がみしていた。


 惜しむらくはこのブラフ、絶妙ではあっても決定打に欠けている。事実、女騎士は僅かも動揺することなく、むしろ部下達と共にグリムのハッタリを鼻で笑った。


「ふ、ふふ、ははははッ! まったく笑わせてくれる。一体どのような言い訳をするかと思えば、よもや勇者からの使者とはな! これが笑わずにいられるものかッ!」

「なにがそこまで可笑しいのじゃ⁈ グリムは――」

「――勇者の仲間だとでも言うか娘? それも聞き飽きた文言だな」


 メアの反論を切って落とすと、女騎士は怒りを燃やしてグリムを睨んだ。


「なにも貴様が初めてではない。これまでにも大勢いたよ、勇者の仲間だと偽る不埒な輩、彼女らの輝かしい威光にたかる救いようのない下衆(げす)野郎はな。卑劣な貴様は知らぬだろうが、勇者をはじめとした『授かりし者』たちは、魔王を討つためすでに黒の大陸に向かって旅立っている。にもかかわらず、勇者の使いを名乗るとは無礼千万だ。人類のために命を賭している勇者たちを騙るなどとよくも出来たものだな、恥を知れ俗物!」


 至極真っ当だ。


 メアが受けた女騎士の印象はグリムとは異なり真っ直ぐなもの。

 多少堅物であることは否めないが、それは正義感が強く、厚い使命感を持ち合せているが故だろう。だが、気が短い点はいただけない。ましてやグリムに向けて剣を抜き、あまつさえ彼のスカーフ越しとはいえ、喉元に突き付けるのは悪手と言うほかない。


「自らを恥、立ち去れば命は取らん。大人しく――」

「おい、テメェ。気安くこいつスカーフに触るんじゃねえよ」


 声音は静かだった。

 しかしグリムが放つ気配は驚くほどに様変わりし、メアでさえ冷や汗を掻いたほどだ。しかも彼は、突き付けられた剣先を素手で掴んで止めているのだから、剣を握っている女騎士はさぞ恐怖したことだろう。

 なにしろ引こうが、押そうがビクともしないのだから。


「き、貴様……ッ!」

刃物ヤッパ抜いたら女子供だろうが容赦はしねえ。あんたも女伊達らに騎士やってんなら、剣が脅しの道具じゃねえって事くらいは承知してんだろうがよォ」


 【星渡りの蝗(ローカスト)】と戦っていたときよりも激しい怒り。

 あのスカーフはグリムにとっての逆鱗なのだとメアは遅まきながらに理解したが、分かったところで事態が好転するはずもない。踏みとどまるべき一線というのは、一度越えたら決壊した川を堰き止めるのと同じく困難を極める。


 根本が直情型であるグリムは退かない、絶対に。


 宝を守護するドラゴンが侵入者を決して許さぬように、彼はきっと彼女らを許さないだろう。

 その意思は明確な敵意となって漏れ出ており、他の門番達にも危機感を芽生えさせた。そうなれば抜刀、構えるのも必然で、王都の門前であるにもかかわらず、場は一気に剣呑な気配に支配される。

 周囲にいた旅人や商人も慌てて離れていく有り様で、最早いつ斬り合いとなっても不思議はなく、だがメアはグリムの身を案じてはいなかった。


 『授かりし者』である彼が生き残るのは確実だ。しかし問題なのは生き残るとか、勝つか負けるかではない。始めてしまったら全てが終わる点である。だからこそメアは、なんとかグリムを落ち着かせるべく声を掛けたいところなのだが、彼が放つ、いっそ魔王さえ射殺さんばかりの眼光に喉が詰まってしまっていた。


 他に望みがあるとすれば門番達が剣を退くことだが、しかしこちらも望み薄。対峙しているだけで九分九厘勝てない相手だと理解していても、使命と誇りを以て王都を守護しているというその自負が、門番達から下がる意思を消していた。


 特に女騎士。その兆候は彼女にこそ強く出ていて、グリムの凶相を目の当たりにして尚、その場に踏みとどまっているのである。


 ある意味、これは意地の張り合いだ。

 どちらが先に下がるのか

 どちらが先に始めるのか

 そんなくだらない、だが譲れない意地の張りあ――


「なんの騒ぎだね、これは?」


 不意に声。

 張り詰めた争いの空気をサクリと裂いた男の声には太い筋が通っていて、皆がそちらに中位を向けた。グリムも女騎士も、敵から目を離す愚は犯さなかったが、それでも意識はそちらに向いていただろう。


 だからこそ、グリムは視界の端に侵入してきた甲冑姿のその騎士に、その気配に、その厳つい顔立ちに驚き、目を剥いて名を呟いていた。


「…………ウ、ウォード?」


 グリムが戸惑うのも無理はない。現れた甲冑姿のその騎士は、魔王城で死んだはずの仲間、ウォードとよく似た男なのだから。

 甲冑姿のその騎士はグリムを一瞥だけすると、すぐに女騎士の方へと声をかけていた。

 こいつが上官だ、間違いなく。他の門番や女騎士の反応からしてもそれは明白だった。

 と、厳めしい顔立ちに反して、意外にも温和な声で彼は言う。


「ハンナ隊長、剣を降ろしなさい」

「しかし騎士団長! この男は通行手形も持たず、そのうえ勇者の名を使って――」

「片手で、しかも刃を掴み抑える握力、そして貴女が押し込んでも微動だにしない腕力は、彼が『授かりし者』である所作だ。彼に攻撃の意思があれば、すでに勝負は付いている。さぁ、剣を降ろしなさい、ハンナ隊長。これは命令・・・・・です」


 それは静かなる圧力で、ハンナと呼ばれた女騎士も流石に上官命令とあっては逆らえないのか、渋々ながらも剣を納めると数歩下がって控えるのだった。

 すると今度は、団長と呼ばれていた騎士がグリムの前に立つ。


「部下が失礼をしました。このところ魔族に怪しい動きがありまして警戒しているのです。民を守る気持ちからきた行動ですので、どうかご容赦を」

「よいのじゃ。これはお互い様というもの、水に流そうではないか」

「……あんた、何者だい?」


 出し抜けに、それこそ無礼を承知で尋ねるグリム。先程から彼の視線はこの騎士団長殿に釘付けで、なんとしてもその答えを聞き出す必要があった。

 戦場に散った友と同じ顔をした男、その正体が気にならないなんて嘘ってもので、団長は暫くグリムのことを見極めるようにして観察すると、ようやく答えを口にした。


「私はアヴァロン王国騎士団長のウォーレン・ウィリアムズ。貴方の言うウォードは、おそらくですが私の弟です」

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