第21話UNSTOPPABLE ~強行追跡~

 夜が更けていく。


 仮宿に鳴っているのは、時折聞こえる青年の寝息と毛布の衣擦れが精々といった具合で、とても静かな夜更けであった。それこそ森のフクロウの鳴き声さえは子守歌のさながらに心地よく響き、今日という日の平穏無事を祝福しているかのようである。


 だからこそ、だ。


 突然、室内で鳴り響いた金属音にグリムは驚き頭をもたげ、寝ぼけ眼で月明かりが照らすダイニングを見渡していた。ただ、戦慣れしている故の癖でグリムは即座に神経を張り直していたが、騒音の原因を見つけるなり溜息を吐いて横になる。


 分かってしまえばなんてことはなく、驚いたのが馬鹿馬鹿しいくらいだ。


 原因は机に立てかけていた大剣が床に倒れただけのこと、勿論それだけなので別段大した問題でもないのだが、騒音に反応したのは彼だけではなかった。

 目覚めこそしたが寝ぼけた様子、メアが瞼を擦りつつ寝室から姿を現した。月の位置からしてまだまだ夜は深い、彼女にしたって寝たばかりだろう。その証拠に、お姫様らしくないあくびまでしている始末だ。


「くぅわ~、なんの騒ぎじゃグリムよ。眠れぬではないか」

「いや、なんでもねえ。剣が倒れただけみたいだ」


 グリムも眠そうにボリボリと頭を掻いていたが、彼の場合は、驚いた拍子に目が覚めていたので、すでに思考が回り始めていた。むしろそれくらいの即応が出来なければ、戦場のどこかでくたばっていただろうが、ともかくそうなると、色々とおかしな事に気がつくものである。


「……あれ? もしかして俺、寝落ちしてたのか?」

「そうじゃな、睡眠魔法にでもかかった具合じゃったぞ」

「……なら、毛布これはお前が?」


 いつの間にか掛けられていた毛布をグリムがつまみ上げれば、メアは少しぼけ~っとしながら彼の姿を眺めていた。と、思いきや、いきなり寝ぼけ眼に活が入り、声も不自然にうわずり始める。


「ウ、うむ! その通りじゃ!」

「そうか……」


 感慨深そうに呟くグリム、対してメアは大慌てである。


「ただし、えっと、アレじゃぞ⁈ 明朝には発つというのに、お主に体調を崩されては困るからじゃぞッ⁈ これ以上、足止めを食うわけにはいかぬからなッ! 長旅になるのじゃから、体調管理くらいしっかりせぬか、このたわけめッ!」


 一息に捲し立てる彼女を、グリムはだが黙って見つめていて、それから静かに礼を言った。

 その一言はあまりにも素直すぎたため、むしろメアの気勢が削がれるくらいである。慌てたことを恥じらうように、彼女は言葉を詰まらせながら平静を取り繕っていた。


「まぁ、礼には及ばぬ。同志じゃからな、これくらいは当然のことじゃろう?」

「同志?」

「そうじゃ、世界を憂う者同士じゃろう」


 魔族と人間。敵対している者同士でありながらも、同じ志によって行動を共にしているのだから不思議なものだ。なによりも、メアという魔族を知れば知るほど、この異常事態に疑問を感じなくなっている自分自身にグリムは驚いていた。

 同志と呼ばれてもそこに微塵の嫌悪感も感じず、もう認めるにしくはないと彼は沈黙の内に認めていた。


「む? なんじゃグリムよ、なにをほくそ笑んでいる」

「いや、なんでもねえよ。それよりメア、俺のことはいいからもう少し寝とけ。夜明け前には発つつもりだが、あと4、5時間は休めるはずだ」


 言いながら腰を上げたグリムは、転がっている大剣を起こす。正直、手の届くところにあれば床でも構わなかったのだが、物言いたげなメアの視線に自然と身体が動いていた。


「途中で昼寝したいって言っても、その時間は取れねえぞ。王都までは三日の道のりらしいが、慣れない道に知らない土地だ、何が起きるか分からねえ。なるだけ早く、王都に着くには歩き続けるしかない」

「心配なのは、むしろお主の体力が持つかどうかじゃ。その気になれば一昼夜でも進めるぞ妾は、魔族の体力を侮るでない。剣など振らずに、今夜は大人しく休息をとるのじゃぞ」

「へいへい、言われなくても分かってるよ。俺だって休むときは休みて――……」


 剣を壁に立てかけたグリムは、眉根を寄せて言葉を切った。彼の眉間に刻まれた深い皺には怪訝の色が浮かんでいる。


「――どうしたのじゃ? 難しい顔をして」

「シッ!」


 素早く手を上げて問いを遮ると、グリムは変わらず怪訝なままの表情をメアへと向け、徐々に警戒を伴っていく視線で訴えていた。



 ――なにか聞こえないか、と



 無言で問われ、だが意味を理解したメアも自ずと耳を澄まし、そして気が付いた。

 夜の森はとても静かで、音がよく通るのだ。


 そよぐ風は勿論のこと


 葉擦れ、虫のせせらぎ、フクロウの声


 小さな音でさえ森中に響き渡るといっていい。となれば、振動を伴う重たい足音などは山の向こうからでも聞こえるだろう。

 一定のリズムで並立つ桶を見下ろして、メアも険しい声を発していた。


「グリムよ、この村に、何かが近づいているのじゃ……!」

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