僕らの色🌸明日の光

ちゃんちむ

第1話

 東京のような大都会では目を凝らして夜空を見上げても星に巡り会える機会なんてそうそうない。この街の人間にとって一色の星の光など日常の些末な出来事とそうたいして変わらないのだろう。

無数に色めく光を求め、忙しなく人々が何かを求めて生きている。

僕たちもそうだった。

その思いを代弁するように、東京タワーを背景にした多目的広場に晩春の夜風が吹き抜けていく。

美容に関して余念のない彼女自慢の艶ある髪が波のようになびき、同時にふくいくとした彼女の髪の香りが僕の鼻腔を緩める。


「東京に来てちょうど一年が経つね」


タワーを見上げながら僕の一歩先を歩いていた彼女はそう言って足を止めた。

遅れて僕も足を止めると自然と彼女と並行する形となる。


「そうだね。良くも悪くも色々あった。あっというまだったよ。」


外灯に照らされる彼女の端正な顔から甘い笑みが漏れる。


「夢はまだまだ道半ばってとこだしね」

「まあね。でも着々と描いた夢に近付いていってるよ。」


そう言うと彼女は「うん」と可愛げに目を細めて笑った。

視認性が高まる外灯のLE Dライトなんかより、今彼女が放っている表情に貼りついた絢爛な光の方がよっぽど眩しい。


「で、今日はどうしたの?ここに呼んだってことは何か話があったんじゃないの?」


僕は思い出すように本題を切り出した。


「うん。そうなの。」、フッと一つ大きな息を吐いて彼女は僕に正対する。


彼女は言葉を継いだ。


「思えばさ、東京タワーって私たちにとって大きなターニングポイントみたいなものだったよね。」

「だね。ある意味人生の付せんだ。だからこそ僕をここに呼んで今こんなふうに向かい合って真面目な話をしてるんでしょ?」


彼女が僕をここに呼んだ理由はある意味明確だった。だから言ってやった。


「じゃああとは君からの大事な話を待つだけってことだね。うん。ならどうぞ。」


からかい交じりそんな講釈を言ってみると想像どおり、「バカ。。もう少し空気読みなさいよ。。ムードってもんがあるでしょうが。。。」

とふてた顔で至近距離から鋭い視線を刺してきた。


「ハハハ....冗談だって。そんな怒ってたらせっかくのおめかしが台無しだよ」


狙い通りであるとばかりに主導権を握って軽口をたたく。

膨れあがった彼女の頬が空気の抜けた風船のように萎んでいく。さしずめ上機嫌であることに然して違いはないといったところだろう。


「まあ、そういうバカなゆうちゃんも好きだけどね」

言ってニヤリと笑う。意趣返しか。。。

と思うも彼女が僕をバカだと言うのは愛してるって言っているのとさほど変わらない同義語であると解釈している。なので僕は嬉しくて唇の端をきゅっと上げた。


「じゃあ、話の続きをどうぞ」

「だからそういうー」

「僕と結婚してほしい」


またしてもふてる彼女の言葉を遮り、なり振り構わず大声を上げてそう言った。

士気高揚と彼女の瞳を真っ直ぐに捉え、ポケットから婚約指輪をケースごと取り出す。

それを彼女に差し出した。唐突だったので彼女は

目をパチクリと慌ただしく動かした。

想定外の展開に驚きを隠せないでいるようだった。

まるで肩透かしを食らったように。


「ど、どうして。。。」

「そんな大事なこと君の口から聞ける訳ないでしょ」

「私がプロポーズするって分かってたの?」

「もちろん」

澄ました顔で言う。

彼女の性格やこの場所に呼ばれたこと、加えてこのタイミングであることを踏まえて鑑みると、彼女の目論みは露顕していると言っても過言ではなかったのだ。

おろおろする彼女。


「じゃあこの指輪は。。。」

「僕も君にプロポーズするつもりだったんだ。どうやってするかは、まあ僕なりに色々考えがあったんだけどさ」

君のその顕著に現れた呼び出しの意図によって構想は丸潰れなんだけどね。。

とまではあえて口にしない。

彼女は笑っている。


「でも結果オーライじゃん」

「それはプロポーズの返事をしてから言ってくれるかな。。?」

「ですね。。」

今度は面映い笑みを浮かべた。


「で、状況は理解したよね?」

惜しげもなく僕は言う。

「うん。理解したよ。そんなカラクリがあったんだね」

「結婚。。してくれるの?」

彼女は下唇を噛み、瞬きをしてからしおらしく言った。


「うん。する。ずっと一緒にいようね」

満面の笑みだった。

僕は力強く頷き、ケースから指輪を取り出す。そっと小さくて柔らかな彼女の左手を取る。ゆっくりと薬指にはめた。

恥ずかしげに彼女が笑う。彼女の手の上でキラキラとダイヤモンドが輝きを放つ。

幸せな気分だった。

瞳の表面をゆらゆらと揺らしながら婚約指輪をまじまじと眺め、「ありがとう。ゆうちゃん。」

そう消え入りそうな声で彼女は言った。


「一生一緒にいよう」


恥ずかしげもなく僕は言った。たまらず彼女を抱き締めていた。

甘い口づけをした。


夜空を刺すように高々とそびえ立つ煌々と輝く東京タワーが、今この瞬間に生まれた一つの幸せを首肯するように、一層の輝きを放った。

ような気がした。






その瞬間、目の前から全ての色や輝きや光景そのものが消えた。

何かに追い詰められたように飛び起き、辺りを見回すと。

そこは家の寝室だった。

見飽きた簡素なデスクにちんけな窓から射す陽光は、いつも目にする朝の景色だ 。

ベットの上にいることに遅れて気付く。

そうか僕は夢を見ていたんだ。

リアルな現実に戻って来たんだ。。。

その瞬間、寂しくなった。。。。


東京来て一年が経った。

ああ。。やっぱり君はもういないんだね。。。

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