漆黒の不敗豪男の英雄譚

明武士

プロローグ

「はぁー!はぁー!」

くそー!起床時間がいつもと遅くなってやばいー!

「マエラのやつ!なんで起こしてくれないのさー!もしかして彼女までお寝ぼうしちゃったのかよ!?」


「はぁー!はぁー!早く着かないと!」

お陰で、今は議会が開かれている「フレドリーヒー公爵邸」に出席するのが遅れてしまって怒られちまうじゃないかー!


タタタタ!

猛スピードで全速力の俺はここの険しい上り坂があるのにも関わらず、この舗装されている道の歩道側に沿って狂っているように走り出していく。

じゃないと、本題に入る前には間に合わなくなってしまうからだ!

あれが俺やこの国にとって、もっとも大事な案件なのにー!だから、絶対に間に合ってくれーー!


道の左右にある歩道側には俺の他に、数人の人達も徒歩中で、それぞれの端っこには綺麗な木々、植物や赤い色の家屋がたくさん並べられていて見る者の目を奪うような壮観な景色がずっと広がっていく。俺は巧みに歩いていくそいつらにぶつからないように注意しながら走っていく。


「はぁー!はぁー!あともう少し!もう少し!」

汗だくな状態で息を切らせながら、やっと着きそうだと確信したのはこの先の50メートルも前のところに、左右には鉄の柵で挟まれている巨大な門があるからだ。


その門は複雑な意匠で飾られている金色と銀色な鉱物がついていて、いかにも「お金持ちの家」って来客に分からせるような尊大な出迎え方の効果を発揮する。

確かに俺は一応、一流な魔術師ではあるが、こういう体力のいるような走行はちょっと苦手なんだよなぁ...(強化魔法を使わない限り)。でもこの首都じゃ、許可なしで魔法の発動って禁止されてるんだっけー?法律で。


「はぁー!やっと!やっと着いた!」

門の前でよろけそうに急停止した俺だったけど...。

「遅すぎますよ、カリームさん!」

「うわー!!」


どこから来たのか、いきなり息絶え絶えで上半身を曲げて両腕を膝に伸ばしている最中の俺に声をかけてきた誰かが横に立っているようだ。さっきはここへ向かっていた時に何も見えなかったのにどうしてー!?と、本当にそう考えてると思っているの?いや、実は丸見えなんだよ。ただ、驚愕する振りをしたまでのことだ。実力を知らぬ相手から測れないようにするために...。


「玄魔術、(アルウェーンヌ)を使っていたからです。もしお気に障ったなら許してくださいね。ただの悪戯心だけですよ、ふふふ...」

そう答えた、20代っぽい女性がゆっくりと俺の方へと近づいてくる。なるほど。アルウェーンヌを使っていたなら、なぜ彼女が俺からは何も見えなかったのかと思っていることに対しての説明もつく。


ちなみに、俺も一応は魔術師で近距離なら初級の瞬間移動な魔法も使えるんだけども、生憎と「フレドリーヒー公爵邸」に行くのは今日が始めてで発動しようがない。行ったことのないところには使えないんだよな、「ルブリウーム」って。


声のした方の女性へと集中すると、どうやら金髪碧眼の持ち主のようで、髪の毛を後ろに結び上げているような、いわゆる「ポーニーテール」の髪型にしたようだ。母さんほどじゃないけど、それでもなんか綺麗な人だ。肌の白さからすると、どうやら彼女は母さんと同じく「グレイースウェール人種」のようだ。


グレイースウェール人種というのは、このメルトクリアー王国の人口の大半数90パーセントを占める人種ってことだ。金髪や銀髪も両方を生れながらにして持つことが可能な人種の事を指す。瞳の色は碧眼から黄色から赤まで様々な色でできているが。

「貴女は?」

まずは彼女の名を聞こう。


「メリールですよ。メリール・フォン・クレイジューといいます。クレイジュー伯爵家の一員で、ドナターン・フォン・クレイジュー伯爵の妻でもあります。以後、お見知りおきを。」

これはこれはご丁寧なご挨拶兼自己紹介だなぁ....そう名乗りあげたメリールさんは恭しく会釈しながら両手をスカート部分のドレスを摘んで片膝も前へと曲がっている様子だ。


彼女はお洒落な赤と蒼色なドレスを着ていて、丈は膝の下までのようだ。すらっと伸びそうな長い脚はそこで隠れている感じなのだけれど、あの引き絞ったウェイストや黒いタイツを見るからにはよほど引き締まった身体だということが容易に窺える。ただの普通の女じゃなくて、なにかスポーツか護身術とか戦闘訓練も積んできたと見ていいだろう...。


貴族様の奥さんならこっちも相応な態度で臨まないと失礼になるから気をつけていこう。俺も挨拶を。


「俺...じゃなくて!私はカリー」

「知ってますよ、ふふふ。「漆黒の不敗豪男」のカリーム・エルワードさんですよね?」

「は、はいです!どうやらメリールさんは私のことを既に聞いたんですよね?旦那様から。」

そう。普通なら驚くところだったんだが、俺が今日ここのフレドリーヒー公爵邸を訪れることになるのは既に前もって知らされた予定だ。よって、ここの豪邸の主であるフレドリーヒー公爵だけじゃなくて、会議に参加する全ての貴族へ俺に関する情報はもう行き渡っているのだろう。


「ええ、そうですよ。軍の仕官達を何人も倒してきた、最近の有名人になった「漆黒の不敗豪男」であるカリームさんはどのような人物か、それについての情報は把握済みですよ。それに、他にこのフレドリーヒー公爵邸を訪れるようになる「ゾルファース人種」は知りませんから、カリームさんみたいな外見をしている者がこの門へと向かうことからすれば必然的にカリーム・エルワード本人だと確定しているようなものですよ。また、カリームさんのお顔がどのようになるか肖像画や記録済みの魔法ボールをまだ見たことががないのでそれを知らなくても、肌色を一目すれば誰であるか明白ですね。」

そう。メリールさんの言うとおりだ。


なにせ、今日この超でかい邸宅で会議に参加する予定のゾルファース人種はただ俺ひとりなのだから、消去法で考えれば真っ黒な肌色の人間がこの門を潜ろうとすれば、それは間違いなく俺、カリーム・エルワード本人となるのだ。だって、ゾルファース人種はこの国じゃ5%の人口も満たない少数派なのだからな、ユコナ湖の辺に住んでいる蒼月のエルフやそこかしこに住んでいる兎人達と同じように。


「では、お差支えがなければ、わたくしが会議室までご案内しますね。夫から直々に貴方を中へ案内するよう言い付かっていましたし、早く行きましょう。会議がもっとも重要な本題に入る前に。」

そう。俺は本日、フレドリーヒー公爵に招かれてここで行われている重大な会議、「メルトクリアー第724番政策会議」に参加する予定なのだ。


こういう年間2度まで行うはずの会議は、参加員がそれぞれ意見や提案を出し合って、何が王様のところへご提供する事柄になってもいいのか最終的にまとめたり決めたりするのが目的だ。


王様も完璧超人じゃないから、過去からのオールグランツ3世国王の大失態の頃からではまた同じようなことが起こらないようにと、王様に違う視点から国策を考えさせるべくこういう会議が毎年で行われるよう当時の国王様から国の法律にて決定されている事項の一つなのだ。


で、俺が政府側に属することになるのは、今日が初めての日でここで顔出しをして本題での自分からの提案・意見などを述べる後、今夜には王様であるゲリック陛下のところへお伺に行かなければならない。国が魔族の侵略やら隣国からの越境問題やら問題が様々なので、ここ数年は緊迫した状況が次々と沸いて出てきて、徐徐に民の疲弊が増していくばかりだ。一刻も早く、問題点を解決していきこの王国に平和、安寧や繁栄が訪れるように。


だって、俺は孤児院からの出の人間で、実際に誰が産みの親か知らないからそれでずっとシングルマザーである俺の銀髪な母親、エリザーベッス子爵に3歳の頃から引き取られ山奥の豪華なマンションで育てられてきて魔物と戦う訓練も日々明け暮れていた俺だったからだ。なので、俺は生まれてきてこの方、同年代の友達は一人もいないんだ。


母親を除いて、親しい間柄になった人間は他にないので、時々マザーコンっぽいなこともいうかもしれないけど、それをうっかり周りに気づかれぬよう注意していく必要がありそう。

だって、他の理由で差別されたり蔑まれたりするのならまだしも、マザーコンだと言われるのだけが一番恥ずかしいからね。


俺みたいな肌色や人種のやつはこの王国じゃ稀にしか見れないから、孤児院や町の人達に差別されないか心配だったお母さんは俺を初めてあそこで見る途端、何かに突き動かされ俺を保護下に置きたくなる衝動を感じたんだろう。優しくて、美しくてお強い母さんだからできる行動だと思う。白と黒で分かれていて肌色が違っても俺をあんなに愛して、魔物からも他の誰かの人間からも遅れをとらないように、虐げられないように、きっちりと自分の習得したすべての魔術や護身術を10歳の頃だった俺に教え込んできた。


そう。俺の30代半ばの母さんは普通の貴族ってわけじゃないんだ。

昔から、母さんの家には代々と秘密裏で受け継がれてきた秘伝があって、今の時代では存在するはずのない特殊で超強力な古代魔術の大半をマスターした若い頃の母さんなのだから、それで俺を規格外な化け物級の戦士に鍛え上げさせることなんて母さんからすれば、造作もない事だ。


母さんはそれほどの力を持ちながらも、それを周りの人間に隠し通してきて本当の実力を潜ませてきた。

それは世界中からの悪者や刺客から暗殺されたり、古代魔術についての習得で狙われたり攫われたりしないようにするための対策だ。俺もその古代魔術は使えるんだけど、それを本当に命の危機に感じるとき以外、使っちゃいけないと母さんに厳しく言われた。


なので、最近の俺の活躍はすべて、普通の魔法でこなしてきたんだ。母さんに鍛えられたから俺は一般的な魔法や魔術も桁外れな力で相手を圧倒できる。まあ、この王国の実力者トップ5である(4人の紅獅子将軍)や(ゲリック国王陛下)を単独で古代魔術なしで倒せるかどうか難しすぎるとは思うけど。


だが、母さんの知識や能力を以ってしても、父さんに降りかかった悲劇を止めることができなかったと聞かされた。


だから、今は恩を返す時が来たのだ。20歳になったばかりの俺なら、世俗から隠退した母さんの意志を継いで、この国をより素晴らしいところに変えてみせるんだ。

そのために、俺はこのメルトクリアー王国の国防衛官の職業を選んで、去年から応募してきてやっと先月から合格したのだから!たくさんの訓練されてきた士官達をこの手で圧倒したテストを何回もクリアしてきた末に。

お陰様で、「漆黒の不敗豪男」と呼ばれるまでになったんだ。


俺には崇高な指名が課せられているんだ。

昔、母さんの身に起きたあんな理不尽な出来事が他の誰かにも経験させないように。

誰も外見だけで差別されないように。

誰も魔物、魔族や敵国の兵士に殺されないように。

この国を俺の手で救うんだ!


そのために、俺は2ヶ月間も前から母さんの元を離れて、この首都、(ネルフェーギロン)へ引っ越す事に志願したからだ。

母さんに勧められていたので首都にある母さんの旧屋敷へ引っ越した俺なのだが、まさかマエラというメイドまで完備するとは...。


待っているよね、母さん。必ず、誰かが母さんの夫だったグレン父さんを陰謀の末に殺したか、絶対に突き止めてみせるんだ!


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