第一章 宮庭に舞う①

 りよう国の都・せいようの宮城にほど近いりゆうやしき、その一角、草花のしげる中庭に彼女の姿はあった。

「根付くか不安だったけど、順調に育ってる。実験に使える分は確保できそう」

 満足そうにうなずき、びやくれんかがみこんでいた体勢からひざばした。

「あとは──」

 くんすそを払いながら呟きかけ、ふと口をつぐむ。中庭を囲むへいの方へと目をむけた。

「──は夫人と白蓮さまの供でにいったのよね。どうだった?」

 と、塀のむこうから聞こえてきた自分の名に、つい耳をすます。

「そうなの! さすが評判なだけあってよかったわよ」

「いいなぁ、役得じゃない」

 私もいきたかった、とくやしさをにじませる声は、じよのものだ。話題はどうやら、今かかっている大衆劇についてらしい。

 民衆向けのらくとしてかけられている多くの劇は、民間伝承や歴史物語を題材にしたものだ。その中でめずらしく男女の情愛をあつかった劇が、近ごろ都では評判になっていた。それはしよみんのみならず貴族の耳にも届き、聞いた者がためしに足を運び──と評判が評判を呼び、連日かつきようていしていた。

 うわさ流行はやりにびんかんな母の耳にもはいり、下々の者の娯楽なんて……とまゆひそめつつ、白蓮を連れて観劇へでむいたのである。

 結果、「まあ、悪くはなかったわね」と劇場をあとにするにいたったのだから、評判は本物だったというわけだ。

「お母さまをそそのかした甲斐かいがあったというものよね」

 そう、劇の評判について母の耳にいれたのは、だれあろう白蓮だった。

『最近、都で評判の作品があるとか。ほう夫人がわざわざ足を運ばれたと風の便りに耳にしましたが……』とたいこうしんを持つ人物の名をあげてにおわせれば、思ったとおり食いついてきた。かくして、白蓮はまんまと目的をはたしたのである。

 自分は『知的探究心』なるものがおうせいなのだそうだ。

 書物なら物語から歴史書までなんでも読むし、興味をひかれたことはすぐに調べ、実際にできることならやってみる。

 評判を聞きつければ、ぜひ観てみたいと思うのは当然だろう。それがまれなこいものがたりだというならなおさらだ。

「一度はおもいが通じあった二人が、身分のちがいからひきはなされてっていう、運命にほんろうされるさまが切なくて」

「えぇっ、それでどうなっちゃうの?」

 話に夢中になっているらしい侍女たちは、塀のむこうから立ち去る気配がない。

「もちろん、二人は結ばれるのよね?」

「それはね。でも、最後までハラハラさせられたわ」

 うっとりと夢見るように語るどうりように、私も見たかった! と、しきりにうらやましがる声が聞こえる。

 ぐうな身の上の女性がめられ、困難をのりえて幸せをつかむ、という物語が世の女性たちにあこがれをいだかせるのだろう。事実、観客の大半は女性だった。自らの境遇を重ねあわせ、いつかは自分も……と思うのかもしれない。

 その気持ちは、わかる。

 自分にも恋に憧れる気持ちがないわけではない。が──

「……」

 白蓮は浮かんだものをり払うようにかぶりを振ると、息をついた。

 いつまでも彼女たちにつきあってここにいるわけにはいかない。そろそろへやもどらなくては。

 遠回りになるが反対側へ回ればでくわすこともないだろう。

 白蓮は中庭をけると、じっとりとほこりくさく、それでいてどこかおちつく空気の室内へと足をみいれた。「戻ります」と一声かけると返事を待つでもなく、慣れた足取りでたなと棚の間をすり抜け、ろうへと通じる戸に手を伸ばした。

 と、れる前に開いた戸に、はっと身をひく。

「あっ」

 むこうも人がいると思っていなかったのか、大きく見開かれたはしばみいろのまなざしと目があった。

「お姉さま」

「……もくらん

 思いがけずはちわせしたのは、まいである木蘭だった。

「──なにをしているの」

 つかの間見あったあと、白蓮は冷ややかにそうぼうを細めた。

「ここは書室よ。あなたには用のない場所でしょう」

「あの、ごめんなさい……」

 うつむきがちに戸のかげ退いた木蘭に、それ以上一瞥もくれることなくわきをとおり抜ける。

 やりとりが耳に届いたのか、さきほどまでの侍女たちの声は聞こえなくなっていた。

 こちらの存在が知れたのならわざわざ遠回りする必要もないだろう、と白蓮はそちらへと足をむけた。案の定、へいぎわに侍女が二人、身をすくめるようにしてひかえている。

 見て見ぬふりで、彼女たちの前をとおりすぎる。そうして、角を曲がり人目が消えたところで、無意識につめていた息をきだそうとして、

「……あー、こわかった」

「ほんと、気づかずにさっきの聞かれてたらどうなってたか」

「木蘭さまには感謝しないと。おかげで私たちは助かったわ」

「ね。でも、あいかわらず白蓮さまはあの人がきらいよね」

「そりゃあ、父親が外で作ってきたひとむすめだもの。いくら血のつながった妹とはいえ、気位の高いあのご兄妹きようだいには受けいれられないでしょうよ」

「そもそも夫人が毛嫌いしてるものね」

 ひそひそと聞こえてきたささやきに、ぐっとのどの奥へと押し戻す。

 彼女たちは自分がすでに立ち去ったと思っているのだろう。うっかりというのか、せんりよというのか……

「……あれはあれで色々と知れて助かるけどね」

 口の中で呟き、白蓮はこれといってとがめるでもなく、今度は特に気配を殺すこともせずその場をあとにした。

 けいそつに家人の噂話に興じるのはめられたことではないが、内容自体は咎めだてするほどのものでもない。というより、あれがこの邸の人間たちの共通のにんしきだろう。

 むしろ、そうでなくてはならないのだ。

 房へ戻り、室内に控えていた侍女にさがるよう指示をだす。

 遠ざかっていくきぬれの音をたしかめ、白蓮はとんっととびらに背を預けた。

 腹の底にわだかまっていたためいきを、ここぞとばかりに吐きだす。

「あー、もうっ、あんなところで顔をあわせると思ってなかったから、必要以上にきつい言動になっちゃったじゃない」

 そのままずるずると座りこみそうになったところで、ふと視界のはしに映った鏡に目を留めた。──正確には、そこに映った自分の姿に。

 切れ長のひとの双眸にうすくちびる、すっきりしたりんかくほそおもてに、毎日侍女によって手入れされている長いかみつややかで、シミひとつない真っ白なはだをひきたてている。

 両親まんの、だれの目から見ても美しいとしようされるたんれいな容姿だ。

 ただし、『冷たい』『なにを考えているのかわからない』という言葉がつくたぐいの。

「……」

 ふいっと自分の顔から視線をそらし、今度は細く息をついた。

 白蓮には、知識を得ることのほかに、もうひとつ好きなものがある。

 かわいいものだ。

 たんなどのはなやかな花よりも、梅やももの花の方が好きだし、赤や黄のようにあざやかな色味よりもあわい色の方がかれる。

 コロコロとしたいぬねこを見るとさわりたくてそわそわするし、冬の寒さにふっくらまんまるになったすずめなどはいつまで見ていてもきない。

 だが、そういったこうは、自分の『れい』と言われる容姿にはあわないものらしい。

 物心ついたころから、どれがいいかと問われて答えたしようそうしよく品がこの身をかざったことはない。身の回りにある調度品も白蓮の目から見たらなものばかりだ。もっともこればかりは、こうていに仕える貴族の中でも上位に位置する『家格』というものも関係しているのだろうが。

 これじゃない、と告げても、「似合わない」「みっともない」と眉を顰めて首を横に振られるばかりで、かなったことがない。

 それなりにかしこかった白蓮は、早々に『かわいい』を表にだしてはいけないのだと理解した。以来、自分の容姿に『見合う』言動を心がけてきた。

 それを求められていると、わかってしまったから。

 木蘭が父親に連れられこのやしきにやってきたのは、そんなころだった。

「今日からおまえの妹になる木蘭だ」

 げんよくしようかいされた妹という存在に、白蓮は強いしようげきを受けた。

 なにせ、自分とはまったく違っていたのだ。

 まず、小さかった。木蘭は二歳年下のため当然なのだが、当時の白蓮は自分より幼い子どもをほとんど見たことがなかった。

 なにより、見た目がまわりにいるだれとも違っていた。

 彼女の母親は西域からやってきたペルシアの芸人だったらしく、木蘭はまっすぐで固い黒髪とは違う、ふわふわした金茶の髪をしていた。ぱっちりとした大きな二重の目の色も、薄い茶色でありながら黄みがかった不思議な色合いで、今まで見たことがない。

 そんなひとみが、おずおずとこちらを見上げているのだ。

 ──かわいい!

 さけびこそしなかったものの、ひと目見て心を掴まれた。

 白蓮は見知らぬ場所に連れてこられた上、大人に囲まれて不安そうな木蘭へけよろうとした。が、

「──まったく、忌々しい」

 吐き捨てるようにおとされた聞こえるか聞こえないかのつぶやきに、ぴたりと動きを止めた。うしろから聞こえたそれにそっと振り返れば、おうぎで口元をおおった母親がひどく冷ややかなまなざしで木蘭を見下ろしていた。

 しゆんかん、だめだ、とさとった。

 言葉の意味するところは正確にはわからなかったが、いい意味でないのはわかる。なんといってもあの表情は、白蓮の好きなものを「似合わない」といつしゆうした時と同じだ。

「よくしてやれ」

 母親の態度に気づいているのかいないのか、父親は言い置くとさっさときびすを返した。

 連れてくるだけ連れてきてあとは知ったことではない、と言わんばかりの態度に、思わずまゆがよる。

 心細げに去っていく父の後ろ姿を目で追う木蘭へ、だいじようだと声をかけてやりたいが、母親の不興を買うのは明白だ。それが自分に対するものならまだしも、この小さな妹へむけられる可能性が高い。

 今までもそうだった。

 かつて白蓮の希望通りかわいらしくかざらせてくれたじよは、その後自分のまわりで見かけることがなくなった。子どもだから理解できないと思ったのか、こちらの目をはばかることなくわされていた他の侍女たちの会話によると、母によって白蓮付をはずされ下働きに回されたらしい。

 ただでさえ木蘭が気にいらない様子なのに、下手に自分がかわいがるそぶりを見せればますますこの子を嫌いかねない。

 幼いながらにいだいた白蓮のねんは正しかった。

「この子どもをわたくしに近づけないで」

 母親は心底いやそうに言い捨てると、「いくわよ」と強く白蓮の手をひいた。痛いほどの力にひきずられながら、名残なごりしげにり返った白蓮の目に映ったのは、この先を暗示させるように一人立ちつくす小さな姿だった。

 それが、木蘭との出会いだ。

 その後のことは、今思いだしてもひどかった。

 邸の主人は「よくしてやれ」と指示したが、基本妻のことにも子どものことにも無関心だった。

 長男はまだあとりということで目をかけていたが、娘である白蓮は見目の良さから「家のためのいいこまになる」くらいの認識しかなかったし、木蘭も同様だ。凌国の者とは異なる容姿の彼女を手元に置いておけば将来使えるかもしれない、と連れ帰っただけであとは妻に任せきり、という無責任ぶりである。

 邸の主人がソレで、内向きのことをとりしきる夫人が、夫が外で作った子を毛嫌いしているのだから、自然とていないでのあつかいも決まってくる。

 木蘭の母親が歌とおどりの名手だったらしく、それだけはやはり役にたつかもしれないと父の命で仕込まれていたが、あとはまるで使用人のような扱いを受けていた。

 新しくできた妹のことが気にかかり、人目をしのんではたびたび様子を見にいっていた白蓮は、その姿にがくぜんとした。

「……あの子だって、お父さまのむすめなのに」

 連れてくるだけ連れてきてあとは知らん顔の父にいかりがき、自分よりも小さな子にこんな扱いを許す母におそれともけんともつかない気持ちがうずく。

 父に現状をうつたえたら一時的には改善されるかもしれないが、母がああであるかぎりなにも変わらないだろう。むしろ、悪化しかねない。

 だからといって、このまま見過ごすことはできなかった。見て見ぬふりをするなら、知らん顔の父親となにも変わらない。

 自分になにができるのか。

 子どもながらに必死に考えた末、白蓮は両親が大事にしている家に『見合った』在り方──所謂いわゆるていさいを前面に押しだすことにした。

 ぐうぜんよそおって木蘭がそうをさせられているところへむかい、

「この子は使用人だったの? お父さまは妹だと言っていたと思ったけれど」

 供をしていた侍女たちにたずねたのだ。

 あわてたのは侍女たちだ。まさか白蓮が木蘭のことを気に留めるとは思っていなかったのだろう。

「お、おじようさまは、そのようなこと気にされずともよろしいのですよ。さ、あちらへ」

「妹ということは、あの子も『お嬢さま』ではないの」

 そうとした侍女にたたみかければ、ぐっと言葉につまる。

「それにあのうすよごれた格好。柳家の娘が『みっともない』」

 さらに『見合わない』ことをするたび、母親や彼女たちから言われた小言を返す。

「そ、それは……」

「あれならわたしの使い古しでも着せておいた方がマシだわ」

 あたふたする彼女たちをしりにさっさとへやもどり、自分の衣裳を持っていき、なりを整えさせるよう指示した。

 そうやって、満足に食事をさせていないようなら食べさせるように、読み書きなど貴族の娘としての教養を学んでいないようなら教えるように、『柳家の娘として見苦しくない』よう改善させていったのである。

 一方で、木蘭自身を気にかけるそぶりは見せないようにした。顔をあわせても無視することはしなかった──できなかった──が、皮肉や小言を聞かせ、ちがっても好意を抱いていると思わせないようそっけない態度をとる。

 なのに、木蘭は自分を見かけるとげるでもなく、「お姉さま」と笑いかけてくれるのだ。

 いい子すぎる。

 ただ、それはだれに対しても同じだったようで、もともとの人なつこい明るい性質となにごとにもいつしようけんめいとりくむけなさがあいまって、れ物扱いで遠巻きにしていた者たちにじよじよに受けいれられていった。

 結果、木蘭は使用人めいた扱いを受けることはなくなった。身形にしても、侍女たちの扱いにしても『柳家の娘』にふさわしいとはとても言えないが、母の目があるかぎりこれ以上は望めない。

 だが、いつかはこのきようぐうから解放してやりたい、というのが白蓮の望みだ。

「……それこそ、あの物語みたいに、だれかいい人があの子のことをめてくれたらいいのに」

 はあ、とこぼれた願いは、一人きりの房にやけにさびしくひびいた。


    ●●●


 りようこくこうていを頂点とし、その下に三省りくじくとしたかんりよう制をりつりよう国家だ。

 皇帝のくらいしゆう制で、基本的には長子へと引きがれていく。

 しかし、二年ほど前、世継ぎであるたいびようぼつ。それにたんを発し、皇子たちによる跡目争いがぼつぱつした。

 ある者は他をき者にせんと毒殺をはかり、ある者は地方で乱を起こす。

 なまじ子の数が多く、きんでた後ろだてを持つ者がいなかったからこその出来事だった。

 父親である皇帝が太子を宣言すればことはここまで大きくならなかったはずだが、かわいがっていたちやくなんを亡くした皇帝もまた病のとこせってしまった。

 そうした混乱の最中、皇帝がほうぎよされた。

 国中がに服す一方、目下の関心事は新皇帝はどの皇子になるのか、ということだった。


「お姉さま!」

 こちらの姿を認めるなり、けよってきた木蘭に白蓮はぎょっとした。もちろん顔にはださなかったが、さっと周囲へ視線を走らせる。

 自分たちのほかにひとかげがないことに胸をなでおろす。そのあたりはかくにんした上で声をかけてきたらしい。

 それにしてもどうしたのか、と内心首をかしげる。

 自身が好かれていないとわかっている木蘭は、顔をあわせればがおをむけてくれるものの、こんな風にあちらから声をかけてくることはない。

「大声をあげるなど、不作法な……はしたないとは思わないの」

「聞かれましたかっ?」

 息を切らしてやってきた木蘭に小言をていするが、それどころではないとばかりにつめよられる。

 さすがにまゆひそめた白蓮に、はっとしたように木蘭が一歩下がった。

「あ、ごめんなさい……」

「──言葉は理解できるように使いなさい」

 はあ、とあからさまに息をついて、先をうながす。

 なにかあったことは間違いないし、ぐずぐずしていたらだれかがやってきて話が中断しかねない。それではこちらが気になってしかたない。

「はい、あの、さっきほかの人たちが話しているのを耳にしたんですけど、新しい皇帝がお決まりになったそうです」

「新しい皇帝が?」

 これにはおどろく。

「そうなんです! それで──」

 白蓮の反応に力を得たように強くうなずいた木蘭が、ぐっと声をひそめた。

「その方のお名前が、はくろうさま、と」

「……」

 ぴくりと動きかけた表情を、かろうじて押しとどめる。

 しかし、そんな白蓮には気づかない様子で、木蘭はうれしそうにひとみをきらめかせた。

「このお名前って『あの晩』の、」

 勢いこんで続けようとした言葉を、パシリッ、と手にしていたおうぎを反対の手に打ちつけてさえぎる。

「──あなたがなにを言っているのかはわからないけれど」

 大きな目をしばたかせた木蘭を、静かに見下ろす。

「軽々しく口のにのぼらせていいお名前ではないわ」

「あ……」

「以後気をつけなさい」

 ぱっと口元を押さえてしぼんだようにかたをおとした木蘭へだめ押しで言い置いて、白蓮はわきをとおり抜けた。

 ──ハクロウ。

 不意打ちで耳にしたその名に、どうが速まるのを感じる。


 かぶのは、強くするどいあの『まなざし』──


 むろん、白蓮には木蘭がなにを言いたいのかわかっていた。

 あの上元節の晩、危ないところを助けてくれた人物が、新しくそくする皇帝なのではないか──?

 彼女はそう問いたかったのだ。

 けれど、白蓮はあの晩のことは『なかったこと』にしていた。後日、木蘭に礼を言われた時も知らぬ存ぜぬでとおしたし、上元節が近づくたびむけられる物言いたげな目も無視してきた。

 白蓮にとってあれは不測の事態だったのだ。

 一人抜けだしたことも、だんから冷たく接しているまいをとっさとはいえ助けたことも、すべてが『らしくない』。間違ってもやしきの人間に知られるわけにはいかない以上、あの日の出来事はなかったことにするしかない。

 とはいえ、木蘭が言わんとしたことについては、十中八九間違いないだろう。

 もともと『珀狼』という名の皇子が存在することは知っていた。

 けんぼう術数うずく宮中で、情報は最大の武器だ。宮中にされるにしろ、どこぞの貴族にとつがされるにしろ、うまく立ち回るためには情報収集は欠かせない。ゆえに、そのあたりの知識はすべていれるようにしていた。

 当時、軍に所属していた皇子はいくにんかいたが、うち一人が珀狼皇子だったのだ。

「あの人が、皇帝に……」

 意外ではあったが、驚きはなかった。

 生きる道を、人によらず自らの手で切り開くだけの強さを、あのいつしゆんはだで感じていた。

 そんな人がえがく治世はどんな世界だろうか、と思いをせ──白蓮ははたと足を止めた。

 新皇帝が即位するということは、先帝の崩御によりへいされた後宮が再び開かれるということだ。そのために多くの貴族や良家の子女が集められる。

 ふいに胸をついた思いに、こくり、とのどを鳴らす。


 ──これは、運命なのかもしれない。

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