7 - 調査開始

 翌日、午前の授業を終えた芽衣咲と春香は、早々に弁当をお食べ終えると彩華のクラスに向かった。


 昼の休憩時間は調査をするにはもっとも適した時間だ。授業中はもちろん動くことができないし、短い休憩では話を聞こうにもすぐに次の授業が始まる。



 「誰に話を聞くの?」


 「三浦くんと瀧本くん。もしかしたら、何か知っているかもしれない」



 昨日ふたりは春香を心配してドリンクを買ってくれた。そのお礼を兼ねて、春香はあわよくば話を聞こうと考えていた。


 彼らは昨年クラスメイトであったこともあり、話しやすい性格をしていて、気軽に話しかけられる。


 堂々と動き回ると、虐めをしていた人物が怪しむ可能性がある。そこは芽衣咲が周囲に気を配りつつ、引き際を見極める役割を担う。


 教室に入ると、まだ生徒たちは昼食をとっているところだった。


 芽衣咲と春香をちらちら見ている生徒がいるが、春香はまっすぐ玲央と天の席へ向かう。ふたりは隣の机で弁当を広げていた。



 「三浦くん、瀧本くん」


 「おう、岸か。どうした?」


 「昨日はありがとう。ドリンク」


 「全然、気にしないで」



 このふたりは人気者であるが、人を見て態度や対応を変えることはなく、誰に対してもありのままに接する。故に嘘をつくことはない。



 「ご飯が終わったら、ちょっとだけ話せる? 美術室で待ってるから」


 「ああ、別にいいぜ」



 芽衣咲と春香は教室を出て、先に美術室で待っていることにした。


 昼の休憩に美術室を訪ねる者はいない。室内後方の壁に絵画が飾ってあり、どれもが素人のふたりにわかるほど美しい出来だった。


 春香は中程の席に座り、芽衣咲はそのすぐ隣の椅子を引いた。



 「彩華の日記にあった彼氏は、この学校の生徒なのかな?」


 「わからないけど、虐めは学校で起こったことだし、その可能性は高いと思う」


 「そうだよね。同じクラスの生徒かな」


 「三浦くんと瀧本くんに聞いたら何かわかるかもしれない」



 彩華は目立たないタイプの生徒だったことは春香がよく知っている。中学の頃、ふたりは仲が良かったことで、彩華は周りの生徒と打ち解けることができていたが、彼女と出会うまではひとりで読書をするような娘だった。


 それから五分ほどで、玲央と天が美術室にやってきた。



 「話って?」



 玲央はまっすぐに芽衣咲と春香の席の前まで来て席についたが、天は気を遣ったのか、扉を完全に閉めてから歩いてくる。



 「関口さんのこと?」



 椅子に腰掛けた天は、内容を予測していたのか、春香の目を見て訊く。それに対して、彼女は頷いた。



 「彩華の様子について何か気付いたことないかと思って」


 「あー、そういうことな。呼び出しなんてするから、てっきり告白でもされるのかと思ったわ」



 玲央は無邪気な笑顔で冗談を言う。


 普段の親しみやすさと、バスケットボールをしているときの真剣な表情のギャップが、彼の人気の秘訣でもあった。



 「まあ、冗談はさておき、関口さんは普段ずっとひとりで読書をしていたけど、最近あのふたりがよく話かけてるのを見たよ。ごめん、名前が出ない」



 同じクラスになってからまだ一ヶ月も経過していない。天はクラスメイトの全員の名前を把握していなかった。



 「あの陽キャのふたりな。希空と帆音だっけか? 変わった名前だったから覚えたわ。苗字は忘れた」


 「同じクラスの娘だよね?」


 「そうだよ。ちょっと違和感はあったんだ。どう考えても仲良くなりそうにない組み合わせだったからさ」



 希空と帆音。このふたりが怪しい。



 「ここだけの話、彩華は日記に虐めに遭ってるって書いてたの。そのふたりが虐めてたってことはない?」



 玲央と天はお互いに顔を見合わせて、首を傾げる。



 「いや、別に虐めがあったってことはなかったと思うけど。そういや、関口が授業で教科書を家に忘れたってことがあったな。ノートも持ってないって」


 「時間割を見間違えたか、うっかりしてたか、くらいに思ってたけど、もしかしたら、隠されたのかもしれないね」


 「でも、俺たちに女子の関係なんてわからねえよ。聞くなら女子に聞いた方がいいんじゃね?」



 玲央の言う通りではあるが、女子の虐めは女子が行っていた可能性が高く、迂闊に話を聞くと、その人が犯人、もしくはその友達だということが起こるかもしれない。


 そうなれば、芽衣咲と春香が危険に巻き込まれることもありうる。



 「それはちょっとできなくて・・・」


 「そうだ、関口さん、彼氏がいたみたいなの。男子生徒と一緒にいるところは見たことない?」



 日記に書いていたことで、確認したいことはふたつ。ひとつは虐めのこと、もうひとつは彼氏の存在だ。


 玲央と天は再び顔を見合わせて、「んー」と唸って脳内の記憶を辿る。



 「ないね。関口さんは基本ひとり、あとはさっきのふたりと一緒にいたところを見たくらいかな」



 であれば、彩華の彼氏は同じクラスにはいないのかもしれない。隠れて会っていたなら別だが、残念ながらクラスの男子全員に話を聞くことはできない。



 「それ調べてどうするつもりなんだよ?」



 玲央の指摘に春香は固まった。


 事実が判明したら、誰に相談すべきだろうか。やはり、彩華の担任である保科先生か、それとも、学校として対処してもらうために直接学長に伝えるべきか。



 「いいや、彼氏のことは俺らで探ってみるわ」


 「うん、話の流れで周りに聞いてみるよ。岸さんと清水さんが調べてることは言わないようにするから安心して。連絡先教えてくれる? こうやって直接話すより、スマホで連絡取り合う方が周囲に見られなくていいでしょ」



 玲央と天は春香に同情し、協力を申し出る。


 非常に心強い味方だ。交友関係の広いこのふたりであれば、周囲から簡単に情報が得られるだろう。


 四人はそれぞれ連絡先を交換した。電話番号ではなく、メッセージの交換ができるアプリのアカウント情報をお互いに送信し、いつでも手軽に連絡が取れるようになった。


 このアプリを使えば、音声通話もテレビ電話も可能だ。



 「ありがとう。助かる」



 春香は両手を顔の前で合わせて、玲央と天を拝んだ。



 「他にも手伝えることあったら言ってくれ。女子ふたりじゃ危ないからな。それじゃ」



 玲央は席を立ち、美術室をあとにした。


 天は彼の背中を追って、同じく部屋を出る。



 「あのふたりが協力してくれるのは大きいよね」


 「うん、春香の思いが通じたんだよ」



 現段階でわかったことは、彩華のクラスメイトの希空と帆音が、彼女を虐めていたかもしれないということだけだ。


 しかし、玲央と天の協力を得られたことは、今後に生きてくるだろう。


 芽衣咲と春香は、昼の休憩の調査を終え、美術室の扉を開けた。

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