第七話 怪奇現象がもたらすもの

 団地内で怪奇現象の確認された場所は本当に数えきれないほどで、JK霊能者の訪問がウチに及ぶ頃には既に夕方に差し掛かっていた。

 順番が回ってきて、天ノ宮さんをウチに上げる。

 間近で対面してみると、彼女がコートのように着用しているその着物の内側には何やら筆を走らせた文字のようなものがびっしりと書き込まれていて、一瞬ぎょっとした。


「俺も上がっていい?」


 なぜか佐伯もそう希望してきて、特に問題を感じなかった私は佐伯も家に上げた。

 こいつとウチの旦那は大学時代からの関係で、住んでいるところが近いということもあって今でも時々遊びに来たり飲みに来たりしているので、大して抵抗はない。

 佐伯はともかく、天ノ宮さんはまるで初めて訪れたクラスメイトの家みたいに方々に視線を巡らせていた。

 本棚のラノベ、TVボードの下段にあるゲーム機とそのソフト、壁に貼られた二次元アイドルのポスター。

 結婚してからも、大輝だいきは私のこれらの趣味を最大限尊重してくれた。

 一緒になって楽しんでもくれる。

 夜にはソファに並んで録画したアニメを見たり、面白いと思った漫画やラノベを旦那に推したり、一緒にグッズを買いに行ったり。

 あいつは私に働かなくてもいいなんていうまさかの待遇を用意してもくれたけど、さすがに旦那が働いて稼いだお金を自分の趣味に費やすのは気が引けたので、大学時代に始めていたバイトを今も続けさせてもらっているけれど。

 時折巷で囁かれる、結婚すると態度が変貌する、なんていうこともなく、私と大輝は概ね平凡でありふれた結婚生活を享受していた。

 えぇ、えぇ、認めましょう。結婚して良かったと。

 さすがに最近は立て続けに起きている怪奇現象のせいで精神的余裕がなく、共に趣味を楽しむ時間も減っているものの、それでも今になって後悔していないのだから間違いない。

 高校までの自分では考えられない変貌ぶりだ。

 たぶん、結婚して変わったのは私のほうなんだろう。

 振る舞いや態度ではなく、内面が。


「あっ、VRゴーグルがある!」


 どこか嬉々とした若い声で我に返ると、テレビ横にあるそれに眼を輝かせる女子高生の姿があった。

 怪奇現象云々よりそちらのほうに興味津々のご様子。

 ……何しに来たんだこの子。

 あとなんか恥ずかしいんだけど。

 これまでに何度かこの団地を訪れた霊能者に比べると、なんというか……非常に霊能者らしさというものもない。

 その出で立ちからして、まるでコスプレでもしているかのようだし、振る舞いも本当に女子高生そのものだ。

 彼女の視線の先をたどって観察してみると、なかなか話が合うような気がしてならない。

 えーっと、と、私はそんな女子高生にこの部屋で起きた不可解な現象の数々を説明していく。


「この食器がひとりでに床に落ちて……」

「テーブルの上に置いておいたリモコンが、帰ってきたらなぜか廊下に落ちてて……」


 オタク要素満載の部屋にすっかり気を取られていたらしい彼女は、てへぺろ、と舌を出してようやく仕事を思い出したようだった。

 ふむふむ、と非常に軽くどこか芝居掛かったような相槌を打ちながら私の話に耳を傾ける。

 そうやって居間で色々と説明している内に、キッチンから佐伯の声。


「勝手に点いたコンロってこれのことだよな?」

「あぁ、うん、そう」


 いやもうホントに佐伯は旦那と仲が良いので、我が物顔で室内を歩き回る歩き回る。さすがに寝室には足を踏み入れたりしないものの、冷蔵庫くらいなら勝手に開ける。トイレも無断で入る。私も別に気にしてないけど。


「コンロが勝手に点いたの? どれ?」


 と、私と佐伯のやり取りに反応した天ノ宮さんも追随してくる。

 私は二つ並んでいるコンロの右側を指した。


「こっちのコンロです」

「ふぅん、……ちょっと点けてみていい?」

「? どうぞ」


 このアパートのガスコンロはひねって点火するタイプのものではなく、長押しして点火するタイプのものだ。

 天ノ宮さんはきれいな人差し指と中指でスイッチを押し、数秒ほどカチカチカチという音をさせてからコンロを点火させた。


「ふぅん、ほー、へぇ……」

「…………」


 私には何が何だかさっぱりだけど、何やら得るものがあったかのような様子で頷くJK霊能者。

 私はその眼が妙に鋭く細められているのに気付いて、思わず息を飲んだ。

 まるで獲物を定めた猛禽類のような――。


「あの、何か……?」

「ん? あぁ、大丈夫、別に何でもないよ。


 訊ねた途端、天ノ宮さんは丸くした眼をこちらに振り向かせて、その雰囲気を至って女子高生然としたものに戻していた。

 それは、どんなに力の強い悪霊がいたところで私は除霊するつもりはないから――あるいはできないから関係ないとでも言っているかのようだった。

 やっぱりこの子も……。

 私は全身から力が抜けていくのを感じていた。

 やっぱりこの子にも期待はできない。

 これまでの霊能者と同じ、霊能者なんていう胡散臭い人種を騙るニセモノ。

 結局、この団地を取り巻く怪奇現象は解決されることはない。


「…………」


 居間に置かれているサイドボードの引き出し。

 そこに仕舞ってあるものを思って、私は深く溜め息をいた。



 その後、一度公民館に戻って霊能者を自称するJKの見立てを披露してもらおうということになり、打ち合わせのときとは打って変わって数を増した住人たちがぞろぞろと移動をしているときだった。

 今度はどれだけお茶を用意せんといかんのかと思いながら歩いていると。


「これは何の騒ぎですか?」


 と、濃い化粧で年齢を隠した四十前後のオバサンに声を掛けられた。

 それは以前、風水や陰陽道でこの団地の怪奇現象を見てもらった、二人目の霊能者だった。

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