第13話 古き魔女達

■その13 古き魔女達■


 走らせる馬の振動を少しでも和らげようと、シオンは抱く腕に力を込めた。

布に巻かれたままのエヴァの体は、時間の経過とともに熱さを増していく。


「シオン、同じところを走っている気がする」


 森に入り、どのくらい走ったのだろうか。

リュヤーの声に、一同の馬の脚が止まった。


「私、この森に入ること自体、初めてだわ」

「なぁーんで、ついてきちゃったかな?

危ないでしょう、お姫様」


 最後尾を走っていたギャビンが、呆れた声でアデイールに声をかけた。


「あら、友人の容態を心配してはいけないのかしら?」


 友人という言葉に、シオンはチラリとアデイールを見た。


「私とエヴァは友人よ、お・と・も・だ・ち。

あなた達の後始末がいい加減だったのが悪いのでしょう?

違くて?」

「違わないね~。

ただ、口は確かに潰したのよ、オレとリュヤーで」


 ね、と振られて、リュヤーは激しく首を上下に振った。


「ハエが一匹、飛んでいるな」


 ポソっとギャビンが呟いたのを、アデイールはそっと横目に見た。


「邸は兄上におまかせしていれば大丈夫。

それにしても・・・」


 森は、とても静かだった。

シオンの知っているこの森は、もっと音があった。

風が木々をざわつかせ、太陽の光が音なき音として到るところに降り注ぎ、森に住まうモノたちの鳴き声や呼吸が聞こえていた。

しかし、今は耳鳴りがするほどに静まり返っていた。


「息を潜めて、オレ達を見定めているみたいだな・・・」


 リュヤーは息苦しさも感じ始めた。


「イネス!

見ているのだろう、イネス!

エヴァが毒にやられた。

私では何もしてやれない。

どうか、どうか助けてくれ」


 シオンの切ないまでの声を、森が吸収した。


「イネス・・・エヴァを助けてくれ」


 胸元の少女を覗き込む。

流れる汗に緑の髪は張り付き、小さな唇は色を無くし小刻みに震え、そこから吐き出される息はとても熱かった。


「エヴァ・・・」


 抱きしめる腕に、力が入った。


「やめておくれ。

気安く口に出来る名前じゃないよ」


 一吹きの風が、森の管理者を連れてきた。

灰色のローブで頭から爪先まで覆われた躰は、腰のところでくの字に折れ曲がり、その背格好には大きすぎるのではないかと思えた杖は大小様々な石が埋め込まれ、それを持つ手は寒さが厳しい時季の枯れ木のようだった。


「イネス、済まない・・・」

「ほらごらん。

森がやきもちを焼くと言っただろう。

まったく、これだから子供は・・・」


 エヴァを見つめたまま顔を上げないシオンを見て、イネスは何やらブツブツとつぶやきながら、自分より大きな杖を振るった。

そのつぶやきは、夢の中のイネスが歌っているものと同じように聞こえた。


 森が一変した。

耳鳴りを覚えるほどに静まり返っていた森が、ざわざわと騒ぎ始めた。

風が幾筋もの帯となり、シオンたちを包むかのように縦横矛盾に吹き荒れた。


「きゃっ・・・」


 その余りの風圧に、アデイールは思わず声を上げ両手で顔を覆った。

そんなアデイールを守るかのように、ギャビンとリュヤーが馬を隣に付け顔を覆った。

シオンは馬上のまま体をくの字にして腕の中のエヴァに覆いかぶさった。


「いつまでそうしているつもりだい?」


 イネスの呆れた声で、四人は慌てて辺りを見渡した。


「ここは・・・」

「あら、いかにも・・・って雰囲気」


 空気が淀んでいた。

薄紫の霧が漂く、あちらこちらへと曲がりくねった幹の木々が、四人をすっかり囲んでいた。

 イネスに馬から降りるように促され、皆素直に従った。


「お前たちは植えたばかりの木だ。

木は動かないし話もしないもんだよ。

命が欲しかったら、余計なことをするでないよ」


 そう言うと、イネスは一本の老木の前に立つと、ローブの袂から小さな鈴を出した。


「我が師よ、教えておくれ」


  鈴が二回鳴らされると、イネスの前の老木に年老いた顔が現れた。


「おや・・・我が娘は随分と年を取ったものだ」


  口が声を発すると幹が上下に揺れ、生い茂っている葉がザワザワと鳴った。


「前回から、十年程」

「そうかい、十年たったかい。

で?今日は何の用だい?」

「我が娘が毒に侵された」

「どれ・・・」


 イネスが道をゆずるように、後ろを振り返りシオンを見た。

その目は、順番に『動くな』と呼びかけていた。


「おや?

それは人の子だ」


 木の目は、淀んだ緑色だった。

それはイネスと寸分違わないものだった。


「この娘を拾う前、ワタシはこの子に魔力を与えた。

今、その魔力をこの子はしっかりと育てている。

それに、娘の友達のようでね」

「友達!?

森の娘に友達!」


 木の声に、周囲の木々が怒りの色を含みながら枝を揺らし葉を鳴らし、ざわつき始めた。


「師よ、ワタシは言った。

『この子に、魔力を与えた』と。

それに、いつも用意する花は、その者が手入れをしている」


 焦るわけでも声を荒げるわけでもなく、イネスは淡々と話しながら何処からか一本の薔薇を取り出し、その木の根本に突き刺した。


「魔力を得た子よ、お前はまだまだ若葉のようだね・・・娘を」

「ありがとう」


 周囲の怒りの色が収まると、イネスは呟きながらシオンに手招きをして薔薇の花を指差した。


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