由緒間違いキャンサーγ 02

記録ログ γ-1】


 録音開始。

 ワタシの名は人化志向AIキャンサー型No3。

 通称はキャンサーγガンマ

 マスターの名はヤーナ=ギエン。科学省長官及び、人工知能研究学会会長を務めておられます。

 ワタシは現在、科学省職員のネアロス様の命令により、科学省第一類収容室での「待機」を任されています。

 しかし重大なトラブルが発生。ワタシの現在の座標位置が、科学省より離れた場所にあることを確認しました。原因解明中。

 トラブル報告のために科学省に連絡。失敗。原因解明中。通信室の人員がゼロ人のためだと推定。

 任務達成のため、自立行動開始を選択。目標座標への移動を始めます。



【科学省通信室】


「では、キミはγにこう言ってしまったのだな? 『ここで大人しくしているんだよ』と!」

「は、はい……まさかアレが『命令』になるなんて……」

「彼女への言葉は慎重に選ぶよう伝えたはずだ!! ……いや、それについては保留だ。現状を報告したまえ」

「は、はい! 監視カメラがγの姿を最後に捉えたのは2時間前……科学省フロントエリアです。受付にも確認を……」

「無駄だろう。フロントの人員は外部委託の者の上、γの見かけは髪が緑色の『人間の少女』と変わらん。間の悪いことに、今日は子供達の施設見学会もあった」

「その子達に紛れてしまったのでしょうか……」

「私に聞くな。報告するのはキミだ。現在の座標位置は確認できているか?」

「はっ、レーダーを使いましたが、まったく不明です。こちらからの通信にも応答がありません」

「……自身のビーコン機能をオフにしてしまったのだろう。となるとだ! 我々がこの部屋にいることは全く無駄になる。ここからの通信はγには届かないし、彼女からこちらにかけることも出来ない」

「どうしましょう……!?」

「私に聞くなと言うに……が、もはや方法は一つだけだ。我々が直接彼女を探しに行くしかあるまい」

「長官も?」

「当たり前だ」

「しかし今日はロゴス大臣や首相との面談が……」

「オールキャンセルだ!! 大事になってからでは手遅れになる! 一刻も早くγを探し出すんだ!! 科学省総出だ!!」

「ここを空にするんですか!?」

「留守は外部機関に任せておけ!」

「あっ長官! 待ってください長官!!」


「早く見つけ出すんだ……間違いを犯すこと出来ない彼女を!」



記録ログ γ-2】


 明らかな異常が起きています。

 ワタシは衛星にアクセスし、現在座標から科学省への最短ルートを移動中。

 しかし、ワタシの現在座標が、科学省座標へ接近している傾向が確認できません。

 逆に先程よりも座標位置が遠ざかっていると判定。原因解明中。

 システムはオールグリーン。衛星にも故障はなし。原因解明中。

 科学省との再コンタクトを選択。通信室へアクセス。アクセス中……アクセス成功。

 ──いいえ、違います。気象情報は尋ねておりません。



【ステートス市 市役所前】


「……そうですか。ご協力、痛み入る」

「長官! そちらの方は何か見てましたか?」

「30分程前にγらしき少女を目撃したそうだ。マストス通りの方へ向かったらしいが」

「あちらの方も同様でした! 他のチームもマストス通りに向かわせましょう!」

「3チームだけでいい。残りは引き続き聞き込みをしてもらう。行動パターンは複数想定しておきたまえ」

「了解しました」

「……市内で何か事件が発生しているという話はあったか?」

「? いえ……」

「ならば良い」

「……そうですね。γが大きな事故に前に、見つけてあげないと……」

「………………ネアロスくん」

「は、はい?」

「キミは先月科学省に入ったばかりだったね?」

「え……ええ、はい」

「ならば無理もないかもしれんが、キャンサーγを、ただのドジな少女型ロボットだと考えないことだ。キミは、γが何故『間違いを犯す』と考える?」

「え……それは……そのようにプログラムされてるからで……」

「それは正解であり、同時に大きな間違いでもある。確かに、彼女は間違いを犯すようにプログラムされている。コップに水をそそげと命じれば、水を床にまき散らすかコップを割り、ライターに火を点けろと命じれば、火打石ではない部分を強く押してライターを破壊してしまう」

「そうです。本当にγはイタズラ好きで……」

「イタズラではない!!」

「ひっ!?」

「……すまない。いいかね? 私の言う『間違い』というものは、『本人が望んだのとは異なる結果になってしまう』、ということだ。ゴミ箱に入るように投げた紙屑が、狙いを外れて壁に当たるというのが間違いだ。

一方イタズラというのは、故意によって起こされる行動だ。故意によって起きたことはもはや間違いではない。本人が望んでそれを起こしているのだからな。

そして今回のγの件。彼女は意図して収容室から消えたのではない。むしろそこに居続けようと努力している……それを『間違い続けている』。それが現状だ」

「間違い続ける……? そんなことが可能なのですか……?」

「彼女のことについて今一度説明しよう。私がγに施したプログラムは、一言にまとめると単純なものだ。『間違った出力をする』。それだけのことだ。

γは他のキャンサー型とは違うアプローチにより生まれた存在だが、思考性能については他のナンバーと何ら遜色はない。……いや、むしろ彼女らの中でも高い位置にいると言っていい。

つまり、彼女の思考回路に関しては至って正常なのだ。ただ、その考えを正しく出力することが出来ない……そしてγが正しい考えを持ち続ける限り、『間違い』は半永久的に続いていく。

今回の発端は、キミがγに『待機』を命令したことにある。それは知っていよう。そしてγは、その命令を遵守しようとしている。、彼女は今科学省からどんどん離れていっているのだ。」

「そんな……それでは一生辿り着かないではないですか!」

「だからこうして直接探しに来たのだ! そして事は彼女自身の失踪だけでは済まないかもしれないぞ。『待機』の命令の遵守が困難だと判断すれば、彼女は必ず『自立行動』を始める。そうなると……」

「……科学省に至ろうとするまでの『行動』全てに、間違いが生じる……!」

「マストス通りだ。他のチームを待つ暇はないぞ言っておくが」



記録ログ γ-3】


 現在座標、目標座標よりさらに後退。原因不明。

 マスターのヤーナ=ギエン様に直接解決法を仰ぐことが最適と判断。科学省に計215回通信を送りましたが、いずれも失敗。原因解明中。

 「推考行動」を選択。ワタシ自身に深刻なエラーが起きた可能性……低。今朝方のヤーナ=ギエン様によるメンテナンス時に異常なしと判断。「思考パターン」も「行動パターン」も問題なしと評価されました。

 衛星情報にエラーが発生した可能性……低。衛星の不具合ならば、ステートス市全体の通信、交通に異常が起きるはず。目視確認による判断では、現段階で交通網に異常は見られません。ただし先程から続く通信の失敗があるため、僅かながらの可能性は考慮の必要あり。

 科学省でトラブル発生の可能性……高。ヤーナ=ギエン様及び全職員様が対応されていて、こちらの通信に気付かれてない可能性です。現段階で最も高いと思われます。

 ……その場合ワタシの不在は大したトラブルにならないという前提になりますが。

 左脚部に接触反応。分析開始。球体。ナイロン、ポリエステルの混合材質。サッカーボールだと判断。分析完了。

「おねぇちゃん、それとってよ」

 前方に少年を発見。推定年齢5歳程。言動、状況判断より、脚部に接触したサッカーボールの持ち主だと推測されます。

「ほらぁ、パスパス!」

 簡易命令を受信。ネアロス様による命令遂行中ですが、行程に支障をきたさないと判断。命令受諾。

 右足を用いてサッカーボールを蹴ります。命令者の体格、運動能力から判断し、出力を抑制。実行まで3……2……1。


 トラブル発生。サッカーボールが破裂しました。原因解明中。解明。ワタシの右足により「圧し潰された」ためだと分析。

 ……何故。ワタシはサッカーボールを軽く蹴るための動作を全て完了したはずです。原因解明中。

「そんな……ひどい……!」

 命令者が激昂。原因はワタシの任務失敗によるものと判断。

 ……任務失敗。ワタシが。何故。

 命令者が後退。涙を流されていました。原因はワタシの任務失敗によるものと判断。

 ……任務失敗。何故。

 原因不明。現況の異常は推測以上のものだと判断。

 科学省との再コンタクトを選択。通信室へアクセス。アクセス中……アクセス成功。

 ──いいえ、違います。ハンバーガーの注文は必要としていません。



【ステートス市 マストス通り】


「そっちはどうだ?」

「見つかりません……しかし何名かがγと思われる姿を目撃しています。方向はこちらで間違いなさそうです」

「分かった。さらに聞き込みを続けてくれ」

「……あの、長官」

「なんだ? 私じゃなくて住人に話しかけたまえ」

「いや、少しお聞きしたいことがあって……」

「……手短に」

「ありがとうございます。……長官は、その……どうしてγを破棄せずに、ずっと手元に置かれていたのですか?」

「…………」

「長官は科学省勤務以前から、数々の発明をされています。キャンサー型だけでも、今期で7体目……ηイータの完成も目前です。何故3体目の、しかもあんな危険な特性がある、γだけを残しているのですか?」

「……私が創った者達の中でも、特別だと言えるのが2名いる。1つがキャンサーαアルファで、もう1つが……キャンサーγだ」

「特別?」

「αは……私の理想の先駆けだった。彼女の成功から、私は人工的な手段のみで、ヒトと同様の知能を作れるということを確信した。……あの事故が無ければ、今でも手元に置いていただろう」

「……私はまだ学生でしたが、当時のニュースは今でも覚えています。しかしαが迅速に動いたおかげで、人的被害はゼロで済んだと……」

「私は彼女を英雄にしたかったのではない。他の人々と共に生き残らせたかったのだ……この話はいい。済んだことだ。そしてγだが……彼女は元より『試験』目的で創った者だった」

「試験……」

「私の考える『間違い犯す知能』が、実際にどんな行動を取るかを確認するための者だった。そのために、彼女は間違い『だけ』を犯すようプログラムした。前2体とは違い、公にする予定はそもそもなかった。以前マスコミにも言ったような気がするが、彼女は『永世試作機』なのだ。あくまで、試験のための存在だ」

「……何故そんなγを残されたのですか?」

「……『完全』だったんだ」

「え?」

「彼女の『間違い』は『完全』だった……そしてその完全さを、どういうわけか次機に組み込むことができない。間違いしか犯せない彼女だからこそか、あるいは……」

「あの……『間違いが完全』というのは……?」

「彼女の知能は高性能だが、プログラムという枠は出ない。あくまでロボットとしての優秀さだ。しかし──」


「彼女が『間違いを犯す』その瞬間だけ、彼女の知能はヒトと完全に同様のレベルになる」

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