第十九話 任務

荒隆あらたか? 急にどうした?」

 突然黙り込み、テレビ画面を凝視する荒隆あらたかに、少し離れたところで本を読んでいた双也なみやが訝しげに問いかけた。その場にいた全員の視線がテレビに向かう。

「海外の紛争?」

「ここ、アッシーウ!?」

 テレビに流れる映像を目にした美早みはやが驚きの声を上げた。

美早みはや、知ってるの?」

「少し前に俺と美早みはやが介入した内戦地帯だ」

 永那えいなの疑問に押し殺した声で答えたのは荒隆あらたかだった。

「あの時、任務は成功したのにどうして……」

「その任務のことを詳しく聞かせてくれるか?」

 動揺する美早みはやではなく、平静を保とうと必死な荒隆あらたか双也なみやが問い掛ける。

「あれは、ほんの少し前のことだ」

 問い掛けに促され、荒隆あらたかが静かに語り始める。




     *     *     *




 薄暗がりの空間に甲高い摩擦音が響いている。

「……ここ!」

「甘い!!」

「わっ!? ったたた……」

「精が出るな」

 荒隆あらたか美早みはやが組手を行っていた僅かな明かりだけが灯る訓練ルーム。そこに顔を出した登崎とざきの姿に美早みはやの瞳が輝く。

「パパ!」

「おはよう、美早みはや

「あんたがここに来たってことは、任務か?」

 登崎とざきに駆け寄る美早みはやとは対称的に、荒隆あらたかは壁際のベンチに向かうとタオルを手に汗を拭う。

荒隆あらたかはつれないな。美早みはやみたいにパパって呼んでくれていいんだぞ」

「他の誰もそんな呼び方してないだろう」

「可愛くないなぁ」

「あんた、俺に可愛くあって欲しいのか?」

 心底嫌そうな顔をした荒隆あらたか登崎とざきが笑い声を上げる。

「……永那えいなちゃんたちも任務なのに、荒隆あらたかくんもまた任務に行っちゃうの?」

 そんな二人を後目に落ち込んだ表情になる美早みはやに、いたずら気に笑って登崎とざきはわざとらしく咳払いをしてみせた。

「こほん。これから資料を配るが、ここにある資料は三組。どういうことかわかるかな?」

「もしかして!」

 一転、美早みはやがきらきらとしたまなざしを登崎とざきに向ける。

「おめでとう! 初任務だ!!」

「やった!!」

荒隆あらたかの言うことちゃんと聞いて頑張るんだぞ」

「はーい!」

 嬉しそうに資料を眺める美早みはやを後目に荒隆あらたかがこそこそと登崎とざきに話しかけた。

「おい、いいのか? あいつはまだ……」

「お前もあんなもんだっただろ? それに出会ってからずっと最前線に出せって言い続けてたお前よりは幾分マシな部分もあると思うがな?」

 自らの過去を引き合いに出されて荒隆あらたかはぐぬぬぬと歯噛みする。

「とにかく頼んだぞ、お兄ちゃん!」

「誰が兄だよ……」


 荒隆あらたかの膝で書類が風に揺れる。

「内戦か……」

 二人を乗せたボロボロのジープが車体を揺らしながら、焼け落ちた村の中心を進んでいく。

「結構揺れるねー」

「こんな道しかなくてすみません。何せ隣国は警備が厳しくて……」

「その辺は理解してるつもりだから、気にしないでくれ」

 助手席に座った案内人が美早みはやの言葉に申し訳なさそうな顔をする。内戦や紛争地帯はどこも似たり寄ったりなのを承知している荒隆あらたかが謝る必要は無いと声をかけた。

 やがて焼け落ちた村をしばらく進んだ先の荒野に、大地に同化する色の布で作られた巨大なテントの数々が姿を現した。車はテントの内部に入ると動きを止める。

「お疲れ様です!」

「ん?」

 数名の武装兵に迎えられた二人の耳にこの場で聞こえるはずのない子供の声が聞こえた気がした。

「子供の声?」

「……何か騒ぎでも?」

「それが、難民キャンプから子供が流れてきたみたいで……」

 警備に当たっていた武装兵の言葉に、荒隆あらたかは事前に渡された資料を思い起こす。

(ここから一番近いキャンプでも車で休まず走って一日)

「その距離を流れて……ね」

 何かに気付いた様子の荒隆あらたかがすたすたと騒ぎの起きている場所へと歩き出す。

荒隆あらたかくん?」

「お、お待ちください!」

 美早みはやと案内人が慌ててあとを追う。

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