第八話 真実

「とにかくにげるぞ! おまえもこい!」

「にげる?」

「ここからでるんだ!」

 必死で走り出す少年が荒隆あらたかの腕を引っ張る。

「でも、おれはびょうきで……」

「びょうきなんかない!」

 腕を引っ張る少年の言っている意味がわからなかった。

(おれはびょうきで、ここにいないとだめなのに……)

「みえた、そとだ」

 先を走る少年の頭越しに瓦礫の隙間から見えた光。

 初めて見た青空と外の風景。

「これが、そと……」

 積み重なった瓦礫の山から立ち昇る煙。

 集まり始めた野次馬からも逃げるように五人は移動する。


「ここまでくればいいだろ」

 近くの河川敷。

 橋の下で四人はようやく立ち止まった。

「せんせいたちは!? なにがどうなってるの!?」

「なにもしらないのね」

「おれたちも、こいつがいなければしらなかったことだ」

 荒隆あらたかの質問に後をついてきていた少女が言いにくそうに言葉を濁す。

 どうやら背負われている少女が何かしら知っているようだが、少女は静かな寝息を立てている。

「どういう?」

「あそこはびょういんなんかじゃない。おれたちはじっけんされてたんだ」


――聞かされたのはにわかには信じられないことだった。


 外にいる子供達は番号ではなく名前で呼ばれること。

 親という庇護してくれる存在がいること。

 外の人達から見て、俺達がいる場所は異常だと思われていたこと。


「かえりたいならかえればいい。おれたちはにげる」

 背を向け歩き出した少年のあとに続いていく少女と意識のない少女を背負った少年。

「いいのか?」

「にげるきがないやつは、いらない」

「つれてきたのはあんたなのに」

「……うるせえ」

「……まって!」

 荒隆あらたかの声に、少年たちが立ち止まり振り返る。


――初めて感じた外の匂い。知らなかった世界。それだけで、あの時の俺には十分だった


「おれもつれていって! おれも、もっとそとをしりたい!」


――この日、俺達は一度死んだ。僅かに残っていた社会との繋がりを切り捨てて、生まれ変われることを願った




     *     *     *




 サングラスの下、閉じていた目を開ける。

「俺達は何も知らない子供だった。病気だ、治療だというお前達の言葉を信じ、こんな能力を得た。そしてこの能力で真実を知り、逃げた」

「あの施設を逃げてから、大変だったでしょう? 私達もまさか無事に生き延びて成長しているとは思いませんでした」

 くつくつと笑いながら、煤山すすやまが驚きを口にする。

 その様はどう見ても楽し気にしか見えなかったが。

「けして楽ではなかったよ。だが、お前達にいいように弄ばれるくらいなら、大したことなかったさ」

「そうですか? それは残念」

 残念そうに肩をすくめる煤山すすやまに、荒隆あらたかは真剣な眼差しを向ける。

「最後の質問だ。かつて俺達に何をした?」

「くつくつくつ。さすがにそこまではわかりませんでしたか」

「茶化すんじゃねえ!! お前らのせいで俺達は!!」

樹端たつは

「っ……」

 小馬鹿にした笑いを崩さない煤山すすやまに、耐えかねた樹端たつはが叫ぶ。

 それを名前を呼ぶだけで宥めると、荒隆あらたかは再度口を開いた。

「もう一度聞く。俺達に何をした?」

「くつくつくつ。簡単なことですよ。眠っていた力を呼び覚ました。ただそれだけです」

「何?」

 煤山すすやまの発言に四人は訝しげに目を眇める。

「我々が幻物質を視認するにはある要素が足りなかった。それは眠っている脳の一部によって叶うと分かった。だから目覚めさせた。神経細胞を活性化させる薬剤を脊髄に直接注射してね」

「!?」

 彼らの脳裏に去来したのは、かつて実験施設で行われていた激痛を伴った背中への注射。

 まさかあれが全ての元凶だったとは。

「ただこの方法では投与した一部しか力に目覚めなかったうえ時間もかかった。もっとも改良を重ねた今では八割方の発現率になりましたがね」

「ふざけたことを!!」

 樹端たつはが三度吠えるが、さすがにもう止める者はいない。

 今にも掴みかからんばかりに身体を震わせる樹端たつは程ではないにせよ、皆思いは同じだった。

「ただ発現率は上がりましたが、あなた方ほどの数値は出なかった。発現後どんなに投与量を増やしてもあなた方の半分にも満たなかったのです」

「どういうことだ?」

「この子達はあなた方の半分も幻物質を扱えないということです。つまりあなた方は神より与えられた選ばれし存在なのですよ」

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