6

 杏菜は今日も床で寝ると言ったが、怖いから一緒に寝て、と言ってみると、おずおずとベッドに入ってきた。

 こちらに背中を向けているから、私は寝返りを打って向き直る。丸まった背中に額をつけた。

「杏菜……色々ありがとうね」

「私はなにも……」

 そう答える杏菜の腕を抱くようにして、自分の腕を重ねる。ぴく、とわずかに震えたが、すぐに脱力したのがわかる。抵抗はしてこない。

「ううん。杏菜のおかげ。一緒にいてくれたからなんとかなったんだよ」

「……マリさんが無事でよかった」

 そんな健気なことを言う。どうして私のことをそんなに思ってくれるの。杏菜が優しすぎるから? それとも、前世からの運命で惹かれ合ってる……なんて。

 ぴたり、と胸を背中に密着させ、杏菜の身体を腕の中に収めるようにする。それでも、すこし身じろいだきりで、おとなしくしている。

「あのさ」

 細い首筋に鼻先を埋めて言う。慣れないシャンプーの香りに混じって、よく知った匂いがする。この子の匂い。私の女の匂い。

 ああ、もう、言っちゃおうかな。

「ズルいこと言っていい?」

「……はい」

「私ね、女の子が好きなの」

「……はい」

「気付いてた?」

 杏菜は答えない。でも、腕の中のぬくもりが、すこしだけ温度を上げている気がした。

「私ね、杏菜が好きなの」

「……私達、知り合ったばっかですよ」

「それでも好きだよ。……怖い?」

「……怖くないです」

「嫌?」

「……ズルいですよ、それ」

「嫌ならなにもしない。杏菜を傷つけたくないから」

 たっぷりとした沈黙のあと、ごくごく小さい声がした。

「……嫌じゃないです」

「こっち向いて、杏菜」

 そう言うと、ゆっくりとこちらに向き直る。顔を隠す髪を払って、親指の腹で頬を撫ぜる。つう、と杏菜の目が細められる。

 そうして唇を重ねた。


 服を脱がし、肌に触れれば杏菜自身の匂いは濃くなって、私は久方ぶりのそれにすっかりあてられてしまった。脳みその芯がぼうっとして、それなのに頭のどこかが宙に浮いたようにそこだけ冷静だった。

 その冷静な部分で、私は海に落ちて死んだ女のことを考えていた。

 いや、違う。海に落ちて死んだ女に重ね合わせた、前世の自分のことを考えていた。

 私の場合は彼女とはすこし違う。彼女より恵まれていたと言えるだろう。私は片思いではなく、アンと結ばれていたから。

 アンは変わった子だった。上級生にも敬語を使わない。歯に衣着せぬ物言いで、鼻つまみ者扱いされていた。そんな彼女をにしたいという上級生は当然いなかった。

 でも私は違った。アンを私のものにしたいと思った。だとかだとか、周りの子達がしているような形式ありきのごっこ遊びではない。それは明確な性欲を含んだ恋慕だった。

 私達は隠れて逢瀬を繰り返した。当時、肉体関係の伴う同性愛は禁忌だった。父は私に「マリア」なんて名付けるようなハイカラ趣味で、言ってしまえばプライドが高かった。おそらくアンとのことはバレていたのだろう。でもそのことについて父はなにも言わず、ただ私に、もう決まった縁談を持ってきた。

 縁談のことを言えないまま、またアンを抱いた。普段はあんなにつけつけとしているのに、私に抱かれる時はひどく甘えて、それがまた愛おしかった。

「マリアとずっと一緒にいたい」

 くったりと火照った身を投げ出して、アンが言った。その言葉は私の心臓を締め上げた。

「無理よ」

 あの時代、女二人が一生を共に過ごすのは、どだい無理な話だった。そんなことは、アンだってわかっていた。

「じゃあ、生まれ変わったら次こそは一緒になるのよ。私かマリアが男に生まれて、夫婦になるのだわ」

 わかっているから、そんな悲しいことを言う。

「私はアンが他の誰のものになるのも嫌」

「私だって嫌よ」

 アンが私の腹の辺りにすりついてくる。濡れた感触がした。ごまかすようにふふ、と笑った声も震えていた。

「……アン、ずっと私だけと一緒でいるために、なんでもできる?」

「ええ、なんでもするわ。マリアと一緒になるためなら」

 アンは顔を上げ、濡れた瞳で笑った。

 だから、私はアンの首を締めたのだ。その細い首を両手で掴んで、ギリギリと力の限り。

 どうせ生きていれば、私もアンも好きでもない男に嫁がされ、子供を孕ませられ、老いていくことになる。そんなことは耐えられない。だったら、来世にかけよう。次こそ幸せになろう。

 裸のまま、アンはもがいて、そして動かなくなった。

 アンを一人にしてはいけない。そう思って、すぐに後を追った。なんの躊躇もなかった。

 それが私の心中の一部始終だった。


 だから、車で海に落ちた女の気持ちはわかる。きっと相手を永遠に自分のものにしたかった。それに失敗して、愛した女は他の男の手に渡り、自分は死んで一人ぼっち。どんなに苦しいことだろう。

 あの女に取り憑かれたのも、運命なのかもしれない。結局私も同じなのだ。自分のものにするために、愛する女を手にかけた。


 そう思った時、杏菜がかわいらしい声をあげて果てた。

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