4 たのしい食い倒れ(前)

 テオデリヒとモニカは、なし崩し的に毒杯の常連客になっていった。

 なによりエーリオの存在が大きい。エーリオは数日で終わるような細かい仕事をちょこちょこと斡旋してきて、モニカが最初にこってり絞ったせいか2人からは紹介料を取らない(仮に取ってもその分を飲み代として還元してくれる)。いつかはここからほど近いダンジョンに挑みたいが、まだ装備の揃い切っていない2人にとってエーリオはとても助かる存在だった。仕事の内容がきついのは致し方ないが、最初のパン屋のように食事を支給してくれたりするところもたまにあるので、そのへんはありがたい。そして仕事終わりに毒杯で乾杯して、エーリオと次の仕事の相談をしつつ、サイモンからこの街ならではのあんまり笑えない笑い話をしてもらったりして過ごす。いい時間になったら宿に帰り、食事をして、眠って、また次の日が来る。少しずつではあるが順調に軍資金が確保できて、悪くない生活に思えた。

 そんな話をエーリオにしていたところ、思わぬ横やりが入ってきた。


「宿屋の飯食ってんの? よーやるねー」


 煙管をふりふり茶々を入れてきたのは、2人も何度か見たことがある、おそらくは常連客だった。古代東方風の重たそうな、男か女かもわからない装束を着て、団子にまとめた髪には気障なことに花を挿している。優しげなたれ目の若い男だが、ほかの客曰く中身は爺さんらしい。そうは見えない、見た目に似合った軽薄な人格ではあるが。このくらい変人のうちにも入らないのが、この街の変なところだ。

 その変人はだいぶ聞し召しているのか、ちょっと危ない足取りでテオデリヒとモニカに近寄ってきた。エーリオと和やかにあいさつを交わしていることからして、そんなに警戒すべき相手ではないのかもしれない。変だが。


「宿屋の飯なんてからからのパンに味気ないスープでしょ? 今すぐ素泊まりにしなよ。このへん、おいしい料理屋とか安いけど悪くない屋台いっぱいあるから。あ、おれは子隼。し、じゅ、ん。テオデリヒとモニカだっけ。最近来てるもんねえ、覚えたよ」

「ほんじゃ子隼の坊ちゃん、言い出しっぺに案内を任せても?」

「まかせろよエーリオ、おれとお前の仲じゃない」


 分厚い帯の上をとんとんと叩いて、子隼と名乗った青年はほにゃっと笑った。ついて来いというので、毒杯の勘定を支払った後、2人は彼の後を追った。

 確かに宿の食事は彼が言う通りのパンとスープだし、田舎での食事も似たようなものだ。この変なお兄さんは、いったいどんなところに2人を連れて行ってくれるのであろう。


 ***


「構成はおやつ、おやつ、ごはん、そのあとにお好みでおやつ」

「おやつが多い」

「2人とも若いんだしそのくらい食べられるだろ、おやつ」

「わたし食べます。テオデリヒは食べきれないかも」

「量によるかな……」


 テオデリヒも食べ盛りの男子ではあるが、この街の住人をいろんな意味で信用してはならないということはだいぶわかってきていた。子隼と名乗るこの男が牛1頭を食いきるような化け物である可能性も捨てきれない。

 子隼は2人を屋台の多く立ち並ぶ一角に連れて行った。ここは街の中でもわりと深いところで観光客はまばら、地元民向けの商売をしている店が多い。テオデリヒとモニカは興味を持ってはいたものの、明るい時間帯、遠巻きに眺めることしかまだしていない。

 最初のおやつは肉の串焼きだった。

 3種類ほど味付けがあったが、子隼曰く「なんといっても香草焼き」とのことだったので2人もそれに倣った。分厚く、ほとんど立方体と言っていいような厚さに切り分けられた赤身肉は独特の匂いがあったが、まぶされた香草の香りと互いに引き立てあって実に美味で食べ応えもある。おやつというには何かが違う気もするが、あまり贅沢とは言えない食生活をしている2人は思わずがっついた。


「な、うまいだろ」

「おいしいですけど、なんの肉なんですかこれ」

「……言われてみると知らないな」

「……」


 大丈夫なのか。テオデリヒとモニカのじとっとした視線に応じて子隼が弁明することには、この屋台は少なくとも10年くらい前から同じ味の肉だし、腹を壊したうわさも聞かないから問題ないだろうとのこと。いまいち信用できないテオデリヒだったが(モニカは納得していた)、肉の旨さには抗えない。ひと串きっちり食べて、「次のおやつ」を食べに向かった。


 ***


 次に向かったのもまた屋台であった。しかし、肉の煙ですすけた1軒めとはだいぶ雰囲気が異なる。きらきらしているといえばいいのか、パステルカラーで華やかにかつかわいらしく全体が彩られており、屋台自体も新しいようだ。中で働いている従業員も、そして順番待ちをしている客たちに至るまで、ほぼ女性である。ここに並んだら変な目で見られるのではないか、と内心不安だったテオデリヒだが、ちらりと見られることはあってもその視線はおおむね好意的というか、少なくとも「なんだいこいつ」の眼ではない。子隼に至っては、先に並んでいた女性の一団とあいさつを交わし、きゃいきゃい話し込んですらいる。一団はテオデリヒとモニカに気づくと、気さくに話しかけてきた。


「子隼ちゃんの知り合い?」

「ぼうやカワイイね。幾つ?」

「こっちの女の子もカワイイなー。お友達なの?」


 その遠慮のなさに気おされたテオデリヒだが、彼が何か言う前に彼女らの分の品物が出来上がったらしい。大きめのコップのようなものをそれぞれ受け取って「ばいばい!」「またね!」と機嫌よさげに彼女たちは去っていった。


「……女の人の知り合いが多いんですね」

「うん。常連だからねえ」

「?」

「あれは娼館のおねーちゃんたちだよ。ここから2本奥に行くといっぱい店があってな。テオはまだ行ったことないのかい?」

「しょう……かん……」

「今度連れてってあげようか?」

「……子隼さん、あんましテオデリヒいじめないで」

「あはは、ごめんごめん。さ、どれにする?」


 子隼が看板を指す。これまたかわいらしい色合いと文字でメニューが書かれている。ここは角切りの果物やゼリー菓子を様々な飲み物に入れたものを出しているらしい。「炭酸系がおすすめ」とのことなのでテオデリヒはレモネードと少々迷ったがここはひとつ手を変えてオレンジスカッシュに、子隼とモニカはそれぞれ発泡ワインの白と赤を頼んだ。先ほど見たとおり、大きめのガラスコップに色とりどりの果物が入っているさまは実にかわいらしい。添えられたスプーンですくって食べながら飲み物を飲む、というものだそうだ。ちなみに、コップは持ち帰ってもいいが店に返すと割引券がもらえる。


「あー、見た目のカワイイこと、昼から飲む酒の旨いこと」

「……ワインも甘い。おいしいです」

「入ってる果物も熟してておいしい」


 屋台からほど近いベンチで舌鼓を打つ3人。まだ口に残る肉の脂を、さわやかな甘みがさっぱりと洗い流してくれる。好相性と言えた。


「じゃ、ご飯食べに行こうか。食べられるよね?」

「「はいっ」」

「よーしいいお返事。お兄さんいち押しのお店に連れて行ってあげよう」


 中身が爺さんがお兄さんを自称するのはいかがなものか。

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