第5話 寛解への道(2) ~ハーブティーとアロマ風呂~

「では、区切りの良いところでお茶にしましょうか」

 ワンダが声をかけてくれた。


 そこでもラパンツィスキ様が助言をくれた。

「姫殿下。紅茶にはカフェインという神経を高ぶらせる成分が入っているのでお勧めしません。お飲みになるのでしたら、メモに書いたとおりハーブだけのお茶にしてください。

 今日はペパーミント、ローズヒップ、レモングラス、ジンジャーとカモミールをブレンドした初心者向けのものをお持ちしましたので、試してみてください」


「わかりました。ワンダ。お願いね」

「承知いたしました」


 ワンダは、ラパンツィスキ様からハーブを受け取ると、慣れた手つきでハーブティーを入れてくれた。

 テーブルに並べられたカップからは爽やかな香りが漂っている。


「さあ。飲んでみてください」


 カップを取って香りを嗅ぎ、これを堪能してから一口飲んでみる。これはこれで爽やかな味がしていけるではないか…


「初めて飲みましたけれど、香りも味も爽やかで美味しいですね」


「ハーブの種類と量を変えることで味と効能が変わりますので、いろいろと楽しめます。

 ジンジャーは血流を良くして凝りをほぐす作用がありますし、レモングラスやペパーミントは気分をリフレッシュさせます。カモミールには気分を落ち着かせる作用があります。ローズマリーは美容にも効果があるんですよ」

「それは楽しみだわ」


 それから、ラパンツィスキ様はハーブティーの話題を続けた。


「ハーブティーはとても良い香りがするので、他の飲み物とブレンドしたり、料理やお菓子、フレグランスにも使えるんです。

 例えば、赤ワインと輪切りにしたオレンジを合わせてサングリア風に、炭酸とシロップを加えてスカッシュ風に、林檎ジュースや桃ジュースと割って凍らせ、クラッシュしてフラッペにしたりといった感じですね。

 それからお菓子の材料にまぜてパウンドケーキにしたり、鶏肉を焼いたりするときの風味付けに使うのもいいですね」


「なるほど、創意工夫することで、いろいろ楽しめそうですね」


 私はワンダに向かうと「私もいろいろ考えてみるけど、ワンダも相談に乗ってね」とお願いする。


「もちろんでございます。姫殿下。楽しそうでようございましたね」

「久しぶりにワクワクしてきたわ」


 思わず笑みが浮かぶ。こんなに楽しいのは本当に久しぶりだ。


 だが、ハーブティーの話題が尽きると、話題がなくなってしまった。

 少し気まずい沈黙が二人を支配する。


 私ってラパンツィスキ様のプライベートについて何も知らないのよね。どんな話題を振っていいか迷うわ…


 ラパンツィスキ様の方も、あらかじめ用意していた話題以外に何を話したらよいか考えている様子だ。


 そこはワンダがベテランの侍女らしく、今日お茶請けにしているお菓子の話や、着ている服の話題などを振ってくれたので、何とか間は持った。


 そして、談笑しているうちに夕刻となり、ラパンツィスキ様は言った。

「明日は夜明けともにヨガという体操をしますので、動きやすい服装を用意してください。スカートは厳禁ですからね。

 今日は早くお休みになってくだい。就寝前にはぬるま湯にゆっくりと浸かって、軽くストレッチをするといいでしょう」


「いろいろとお気遣いありがとうございます。

 でも、就寝前の遅い時間にお風呂の用意をさせるのはメイドたちに悪いわ…」


 私の部屋にも浴室が付いているのだが、お湯は他の部屋で沸かし、メイドたちが運んでくるというシステムになっていた。これはこれで結構な重労働なのだ。


 ラパンツィスキ様は、少し考え込むと思いついたように言った。

「では、私が頃合いをみてお伺いして、魔法でお湯を張りましょう。それだと一瞬でできますから」

「でも、そこまでしてもらうのは悪いわ」


「いえ。お気になさらないでください。護衛魔導士といっても暇ですから」

「そこまでおっしゃるのでしたら…」


 夕食が終わり、人心地ついたところでラパンツィスキ様がやってきた。

 侍女のワンダは別室に下がっているので、私の部屋の前で控えている護衛騎士のロタールが案内してくれた。


「ラパンツィスキ様がお見えでございます」

「いいわ。通してちょうだい」


「姫殿下。夜分に失礼いたします」と言いながらラパンツィスキ様が入って来る。

 手には荷物を持っている。また、何か用意してくれたのだろうか…?


 ちなみに、部屋のドアは完全に閉じずに少し開けてある。密室で若い男女が二人きりというのは、あらぬ疑いを受けるからだ。

 万が一何かあれば、廊下で控えている護衛騎士のロタールがいつでも踏み込んでくるということに他ならない。


「こちらこそわざわざご足労いただいてすみません」

「いえ。お気になさらないでください。では、もうお湯を張ってしまってよろしいですか?」

「ええ。お願いします」


 ラパンツィスキ様は早速風呂場に行くとお湯を張ってくれている。

 その一方で私はワンダが用意してくれていた着替えを取りに行ったのだが、ハッと気づいた。


 ラパンツィスキ様の前で、ネグリジェ姿になるというのはいかがなものだろう。

 別にセクシーなデザインでも何でもないのだが、殿方の前で見せるようなものなのか…


 でも、ここまでやってもらっているのだから、甘えさせてもらおうか…

 ラパンツィスキ様もふしだらな目で私を見たりしないだろうし、万が一の時は護衛騎士のロタールもいる。


「姫殿下。準備ができました」

 とラパンツィスキ様が風呂場から出てきた。

 それとともに、良い香りが部屋に広がった。


「あら。いい香りですね」

「ええ。風呂にラベンダーの精油をいれさせてもらいました。臭覚というのは、脳に直接繋がっていますので、アロマオイルの香りはリラクゼーションに最適なんですよ」


「わざわざお気遣いありがとうございます。では、早速お風呂をいただきますね」

「では、私は部屋の方で控えております」


 私は着替えを持って脱衣所に入ると、服を脱ぎ始めた。

 普段はメイドが手伝ってくれるのだが、今日はなんとか自力でやる。


 湯船に浸かると熱すぎずちょうどリラックスできそうな湯加減だった。ラベンダーの良い香りが鼻をくすぐり心地よい。


 人心地ついたところで、湯船から上がり、体を洗おうとしたところで戸惑ってしまった。

 私は皇女という箱入り娘のため、体を洗う時はいつもメイドに手伝ってもらっていた。


 前の方はともかく、一人で背中を洗うやり方は見当がつかなかった。

 こればかりはしょうがないので、申し訳ないが、メイドを呼んでもらおう。


 私は体にバスタオルを巻き付けると、風呂場から顔だけを出してラパンツィスキ様にお願いすることにした。


「あのう…私、背中の洗い方がわからなくて…」

(メイドを呼んでくださるかしら)と続けようとしたところで、被せるようにラパンツィスキ様が答えた。


「では、私が背中をお流ししましょう」

「へっ!?」

 私は驚きのあまりおかしな声を上げてしまった。


「大丈夫ですよ。ちゃんと目隠しをしてやりますから。今からメイドを呼ぶのも悪いでしょう」

「そ、それは…そうなのですが…」


 いくら目隠しをしているとはいえ、夫婦でもない殿方に背中を流してもらうというのはどうなのだろうか?

 想像すると顔が赤くなってしまった。


 でも、ここまで至れり尽くせりのことをしてもらって、今更好意を断るというのも…

 結局、私は折れた。


「わ、わかりました。お願いします」


 するとラパンツィスキ様はタオルで目隠しをして、手を差し出した。


「本当に前が見えないので、風呂場まで誘導してもらえますか」

「はい」


 私は、ラパンツィスキ様の手を取ると風呂場まで誘導し、バスチェアに腰掛けて後ろを向いた。そして体に巻き付けていたバスタオルを外す。

 手を握るのも恥ずかしかったし、見えていないとはいえ、殿方の前で全裸になるのはもっと恥ずかしい。


「では、準備ができたら、石鹸で泡立てたタオルを渡してください」


 私は指示どおりにタオルを石鹸で泡立て、手渡した。

 すると、ラパンツィスキ様の手が私の背中に触れた。


「ひゃっ!」と私は思わず驚いた声を上げてしまう。


「申し訳ありません。背中の位置を確認したかったものですから。できるだけ肌には触らないようにしますね」

「はい。そうしていただけると…よろしくお願いします」


 はあ。びっくりした。

 普段は殿方に触らせたりする場所じゃないから…

 たかが背中、されど背中…


 それからラパンツィスキ様に背中を流してもらう。

 強すぎず弱すぎずちょうど良い加減で気持ちが良い


 ──この人はなんでも小器用にこなすんだな…


 そんなことを考えていると、洗う部位が徐々に下に下がっていき…

 ちょ、ちょっと待って。それ以上下がったら、ほとんどお尻だから!


「あ、ありがとうございます。後は自分でできますから」

「そうですか。では、失礼しますね」


 ラパンツィスキ様は誘導もしないのに危なげもなく風呂場を出て行った。

 先ほど誘導したから位置関係は覚えているということなのだろうけど、本当に見えていないのかしら?

 ちょっとだけ疑ってしまった。


 そして私は残りの部位を洗い、もう一度ゆっくりと湯船につかると、ネグリジェに着替えて風呂場を出るのだった。

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