ツツノシン その6

 僕は一人で『星の泉』を後にした。顔出しNGを条件にツツノシン、いや、筒井曽野と動画に出演することを承諾した四分谷は、撮影の打ち合わせをするためにもうしばらくこの喫茶店に残るそうだ。僕にも何か協力できないか、筒井曽野に聞いてみたが、


「あー、ヨモギダ君は帰ってくれていい。いや、語弊があった。邪魔だから帰ってくれ。会計は俺がしておくよ。君は広めたい都市伝説を考えておきたまえ」


 僕はヨモギダではない、柳田だ。話はとても上手く纏まった。僕のシナリオ通りと言っても過言ではない。しかし、なんだか蚊帳の外だ。少しだけ寂しい気分で僕は一人、帰りの電車を待っていた。喧騒な駅のホームで僕の孤独はプールの上みたいに浮かんで漂っていた。突如、水面に波紋が広がる。スマホが僕のポケットで震えている。着信だ。四分谷だろうか? 期待と不安が入り混じりる中、僕は目を細めて画面を確認した。そこには『影山先輩』と表示されている。今日は土曜日だが、学校は開放されており、先輩たちは土曜日に集まることも多い。オカ研の用事だろうか、いずれにせよ影山先輩が電話をよこすのは珍しい。僕は考えを巡らせながら電話に出た。


「もしもし、柳田です」


「あ、、、、あ、、、ん、、かか、影山です、あ、あの、やや、、、、柳田くん?」


 影山先輩は普段からぎこちない声で話すが、電話の時はそれに拍車がかかって何を言っているのか非常に分かりづらい。駅構内の騒がしさも相まってもはや変質者のいたずら電話のようだ。


「柳田ですよ。どうしたんですか?」


「あ、、、きょ、、、、あ、、ん、、、、、き、、、きて、、、」


 影山先輩の声がどこぞの卑猥な動画の男優のように聞こえてきて、僕は吹き出しそうになったが、どうにか堪えて影山先輩が何を伝えようとしているのか探ろうとした。


「来て? そちらに行けばいいんですか? 部室でしょうか? 一人ですか?」


 一度にいくつも質問したのは失敗だった。影山先輩の喘ぎ声は一層激しくなってきた。


「だ、、、め、、! ちがう、、、、そこ、、、、、、あ、、ああ、、、いい、、、、しらせぇ、、、んふぅ、、、」


「なんなんですか? 良い知らせ? 落ち着いて話してください、それか、メールでも構いませんよ!」


「き、、、、きた、、、、し、新入部員、、、」


 新入部員? いま新入部員って言ったのか? 電話の奥でガサガサと音がする。ほんの少し無音になった後、聞き慣れない声が聞こえた。


「もしもし、お電話変わりました。本日付で三ツ山大学オカルト研究会の部員となった花守波瑠です。以後、よろしくお願いします」


 ツンケンとしたハスキーな声だ。この花守という人物が、オカ研に入部したのか? ならば僕は、四分谷に協力する意味が……。



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