思い出をデキャンタに閉じ込めて その5

 程なくして僕たち『三ツ山大学オカルト研究会』は、大学の最寄り駅からすぐ近くのファミレス『GASUCO』にたどり着いた。店内には近場ということで三ツ山の大学生が多く、僕の嫌いな、妙に万能感に溢れた大学生特有の、高慢ちきな賑やかさで充満していた。僕たちは四人がけのテーブルを繋げて三人ずつ席に着いた。一人暮らしをしている僕は、今日の夕食メニューを考えることから開放されて妙な開放感があった。席につくやいなやメニューを取るカバオと只野部長。それを尻目に浮島先輩が四分谷に話しかけた。


「今日は突然ごめんね、璃子ちゃん。親御さん、晩ごはん準備してたりしたかな?」


 浮島先輩は申し訳無さそうに、四分谷を気遣っていた。浮島先輩の言う通り、只野部長はいつも急に予定を立ててくる。今日のように食事ならまだマシで、夜にいきなり呼び出されて心霊トンネルに連れて行かれたこともある。只野部長は僕と同様、免許を持っていないので足に使われるのはいつも浮島先輩か影山先輩だった。恐らく来年からはカバオがこき使われるのだろう。


「大丈夫ですよ。私、一人暮らしなんで。今日も適当に済ませようと思っていたので助かります」


 四分谷が一人暮らし。可愛い後輩が一人暮らし。それは制作費何百億を謳い文句にしたどんな映画広告よりも、健全な男子大学生をワクワクさせるものなのだ。しかし、そんなことで浮足立っていることを悟られるのは非常に格好が悪い。僕は上がりかけの広角を隠すために頬杖をついた。一方、そんなワクワクを一切隠そうともせずに、すかさず反応する男がいた。


「え、なに、璃子ちゃん一人暮らしなの? うひょ~、今度遊びに行ってもいい? 俺、意外と料理とか得意なんだ。璃子ちゃんの好きなものとか振る舞うよ! それとも、ゲームとかする? switchのパーティーゲームなら色々あるよ! 今週の土日とか開いてない?」


 手に持ったファミレスのメニューなどそっちのけで、鼻息荒くカバオが興奮している。そんなカバオに対して四分谷は眉一つ動かさなかった。


「そうですね、今週の土日は大した予定もありませんけど、蒲田先輩を家に上げることも来世までありませんので、switchだけ郵送していただけたら幸いです」


 ゲーム機は欲しいのか、四分谷。


「ぉおい、お前ら全員、ドリンクバー頼んどくぞぉ。あとは、ポテトとシーザーサラダだ。唐揚げもいいなぁ」


 痺れを切らした只野部長が呼び出しボタンを押した。僕は慌ててカバオが持つメニューを覗き込んだ。


「あああ、ぼ、ぼくはたこ焼きも食べたいなぁ」


「四分谷ィ、今日は俺たち先輩が奢ってやるぞぉ。好きなものを頼んで食え、胃袋から大腸の先まで満たされるほどに喰らい尽くせぃ。遠慮などという無駄なことはするなよぉ」


「ありがとうございます、只野部長。それでは遠慮なく選ばせてもらいますね」


「はいはーい、部長、俺たちも奢りですよねー!?」


 遠慮のないカバオがこういう時は頼もしいものだ。僕も正直、今月はあまりお金が残ってないのだ。


「ったく、仕方がないがぁ、お前は極限まで遠慮しろよぉ、カバオォ!」


「へいへい、それじゃあまず、ミックスグリルに……」










 



 テーブルの上には僕たちが注文したメニューが所狭しと並んだ。その量もさることながら、僕たちを困惑させたのは四分谷が注文したメニューだ。


「し、四分谷、お前、本気か?」


 僕は思わず四分谷に訪ねた。四分谷が注文したメニューの数々、その匂いたるや、目が眩む。チーズINハンバーグにチーズフォンデュをトッピング、GASUCO特製三種のチーズハンバーガー、カマンベールチーズ入りクリーミーフライ、チェダーチーズたっぷりのシーザサラダ、なすとトマトソースのモッツァレラチーズ焼き。右も左もチーズばかりだ。


「ちょっと多かったですかね、只野部長、すいません。さすがに遠慮が無さすぎました」


「……いや、それはいいんだがなぁ、四分谷ィ、食事バランスは大事だぞぉ」


 あの只野部長がマトモなことを言っている。それほどまでにテーブル上のチーズ臭は強烈なのだ。


「まあまあ、璃子ちゃん、気にしなくていいんだよ~。今日は無理矢理誘ったんだから、気にしなくていいからね。それにしても、チーズが好きなんだね~」


 こんな状況でもマイペースを崩さない浮島先輩は、もしかしたらオカ研で一番変な人なのかもしれない。


「それで、璃子ちゃん、彼氏とかいるの?」


 そして無遠慮な質問をぶちかますカバオに僕は口にしていた烏龍茶を吹き出しそうになった。どいつもこいつも、オカ研は甲乙つけがたい、おかしなヤツばかりだ。


「今はいませんよ。あと、募集もしてませんのであしからず」


 ? そうか、僕は何を期待していた。これだけの美貌を持ち合わせているのだ、河童を追いかけてる少しばかり変な女の子でも、彼氏の一人や二人、できない筈がない。男どもが放っておくわけがないのだ。それに、今はいない。夢を見るには充分じゃあないか。僕はTVの向こう側のアイドルに処女性を求めるほど子供ではない。いや、というか、別に四分谷とどうこうなろうなんて思ってもいない。


「じゃあさ、初チューはいつだった?」


 おい、誰かこのバカを止めろ。いやいや、僕が止めればいいじゃないか。これでは内心、僕も知りたがっているみたいじゃないか。たしかに気にはなる。だけど幾ら何でもその質問は早すぎるだろう。気になる、気になるが止めなければ。四分谷にオカ研にもマトモな人がいると思わせねば。


「まだです。付き合ったと言っても、みんな一ヶ月も続いていないですし。つまらないデートを何度かしたくらいです」


 僕がカバオの口を塞ぐのに有効な言葉をチョイスしている内に、四分谷は簡単な数式を解くように答えた。そして、その答えは正に、美しい公式のようだった。


「ぉおい、カバオォ、そんなことはどうだっていいんだぁ。四分谷ィ、お前も答えなくていいんだぞぉ」


 どうした、只野部長、また真っ当なことを言っている。意外と美人に弱いのか……?


「四分谷ィ、お前はソロモン72柱ではどれが好きだぁ? 俺は64柱のフラウロスだぁ。こいつは豹の姿をしていてだな……」


 困惑する四分谷、それを意に介さず、ソロモンの悪魔の講釈を始める只野部長。全く、いつも通りじゃないか。











 かれこれ一時間程いたのだろうか、テーブルの上に並んだ数々の料理たちは消え失せ、フライドポテトを一皿残すだけになっていた。かつてそこに存在したチーズは臭いだけがそこに佇んでいた。なにはともあれ、四分谷もオカ研のメンバーとすっかり打ち解けたようで、初めてあったときのようなしかめっ面も影を潜めていた。今日は楽しく過ごせる、そう思っていた。では。



「あれあれあれあれ、リンタロー君じゃないか~? それに、オカ研の皆さん、お揃いのようですね~?」


 調子のいい、軽薄な声が僕を呼んだ。そこには蟹のように尖った金髪の男がいた。『現代怪談同好会』の創設者であり、オカ研から総勢六人の部員を引き抜いた僕の因縁の相手、河村弘人かわむらひろとだ。


「なんだ、河村か。何か用事でもあるのか?」


 僕は平静を装って返事をしたが、胃の奥がキリキリと痛み、喉が乾いた。その原因はこいつではないのだ。この河村という男、最初からいけ好かないやつだった。妙に調子がよく、馴れ馴れしい。中身のない会話しかできないが、口がうまいのか妙に女子に人気のある男だった。嫉妬も多分にあったのだろうが、僕やカバオはどうにも仲良くできなかった。カバオの場合、同族嫌悪に近いものがあったのだろうが。とにかく、こいつのことが僕は嫌いだ。色々会ってもっと嫌いになったのだが、もともと嫌いなのだ。この男に対してはむしろ胃がムカムカするのだ。では、何が僕をこうも緊張させるのかと言うと、河村がこの場所にいる、ということは、高確率で『現代怪談同好会』のメンバーがいるという事だ。そして、そのメンバーの中には恐らく、がいる。



「リンタロー君、ヤッホー」


 茶髪にツインテール、大人しそうな顔立ちに幼い声質。秦野早織はたのさおり、僕の最初にして最後の元カノだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る