美女と河童と偽りのない思い 5

 『三ツ山大学オカルト研究会』の部室は1号館から南西に位置するテニスコートの横に建つ部室棟の二階だ。僕と四分谷は棟の入り口の前にある喫煙所を通り抜けて部室へ向かった。喫煙所では軽音部と思われる男が三人、何やら楽しそうに雑談をしていた。目の前を通過しようとすると、何やらこちらを見ながらヒソヒソと会議を始めた。きっと四分谷を見て驚いたに違いない。僕が彼らのことを軽音部だと知っているように、彼らも恐らく僕がオカ研に所属していることを知っている筈だ。見たこともないような美少女を冴えないオカルト研究部の部員が引き連れているのだから、無理もない。僕はなんだか勝ち誇った気分になり、意気揚々と鼻息で彼らが撒き散らす副流煙を鼻で吹き飛ばした。


「なんだか上機嫌ですね、先輩」


「そうかな? まぁ、新入部員がたくさん来たんで廃部の危機も去ったしね。肩の荷が下りたと言うか、なんというか」


 ハミングを口ずさみたい気分をぐっとこらえながら僕は階段を登った。しかし、楽しい気分もここまでだった。部室の前までたどり着いた僕は愕然とした。


「ここが部室ですか? 中からカーテンでも閉めてるんでしょうか、真っ暗で何も見えませんね」


「ま、まずいぞ。部長だ。また変な儀式をしている……!」


 中から嗅いだことのないお香のような匂いが立ち込めている。四分谷も異様な雰囲気に少なからず動揺をしている。僕はドアを開けるのに少し躊躇したが、見学に向かった他の新入生が心配だ。僕は四分谷に外で待つように告げ、意を決してドアを開いた。


「只野部長! 何しているんですか!?」


「マカマカハンダラ、ウンダラカンダラ」


 部屋の中には円状に並ぶロウソクが、奇妙な呪文に呼応するように、ゆらゆらと輝いていた。円の中心には先程見学に向かったであろう新入生たちが横たわっている。頼りない蝋燭の火は、目を閉じたままの彼らをただ、怪しく照らすだけだった。


「主、バエルよ。かの者たちを生贄とし、降臨せよ」


 僕は注意深く部屋を見回した。これは何かの儀式だ。そして実行しているのは只野先輩で間違いない。目を細めて部屋の角を凝視すると、わずかに人影がある。別の角にも誰かがいる。部屋の四隅にそれぞれ誰かがいるのだ。只野部長とカバオ、それと影山先輩だろう。となると、あと一人は誰だろうか、浮島先輩だろうか。いずれにしても今はこの儀式を止めるのが先決だ。僕は入口の横にある部屋の電源スイッチをオンにした。


「やめろリンタロー! 今儀式を中断したら俺たちは皆、悪魔に八つ裂きにされるんだ!」


 部屋の左奥の角にいるカバオが慌てふためいている。左手前の角には影山先輩が青ざめた顔でこちらを見ている。右奥には女性が羨むキューティクルなロングヘアをなびかせた只野部長が、大きな六芒星が表紙に描かれた分厚い古書を片手に佇んでいた。


「儀式は失敗だなぁ。おぉ、偉大なる悪魔バエルよ。怒りを鎮めたまえ。どうどう、よぉーしよし。ふぅ。さぁて、良くも邪魔してくれたな、リンタロォ。生贄になる覚悟はできてるかぁ?」


 部長は鋭く尖った八重歯を見せつけるように笑った。非常にまずい。このままでは本当に悪魔召喚の生け贄にされてしまう。腰が引けた僕に右角の手前側にいた人物が庇うように僕の前に立ちふさがった。


「真人ちゃん、後輩をいじめるのはやめなぁよー。リンちゃんガクブルじゃん? ちょっとかわいそだよ。マジウケル」


 恰幅のいい,ぽっちゃり系から少し道を踏み外したような、小麦色の肌をした女性は、山茶花ミキ子だった。ミキ子は四六時中ゴスロリ風の格好をしている只野部長のガールフレンド、彼女、恋人だ。オカ研に所属はしていないがよく部長と一緒に部室に来ているので僕やカバオもよく知っている。なにか話すと必ず最後に『マジウケル』と言い残すのが口癖のである。決して悪い人ではないし、割と気のきく面もあったりするのだが、彼女のギャル口調が僕は少し苦手である。


「おいおい、子猫ちゃん。そんな事言うなよぉ? 俺は可愛い後輩をいじめるつもりはないぜぇ。先輩として不作法を躾けているだけだぁ。とはいえ、お前にそんな事言われちゃあ仕方がない。おぃ、リンタロォ。命拾いしたなぁ」


 全く、躾に命拾いとはどういった了見だ。呆れた目で只野部長を見つめていると、足元で何かがモゾモゾと動き出した。部屋の中心で倒れていた新入生が意識を取り戻してきたようだ。


「う、ううん」


「何が起きた……?」


「何か、妙なお香の匂いをかがされて、それから……」


 只野部長が変な薬で眠らせたに違いない。バレたら部の存続どころではない。なにかしら法に触れているはずだろう。騒ぎが大きくなる前になんとか取り繕って彼らを部室の外に出した。外では四分谷がハチ公のようにピンと立っていた。


「終わりましたか、先輩?」


 部室から吐き出される新入生には目もくれず、彼女は僕を見つめていた。その瞳は曇りのない、外国製の人形のようだった。


「あぁ、とりあえずはね。ところで四分谷。ここはオカ研だ。少々変わった人がいることは十分に承知してくれ」


「さっきも聞きましたよ。私は大丈夫ですから、早く案内してください」


 なんだろう、四分谷は少し機嫌が悪そうだ。外で待たせていたからだろうか。それとも同じことを何度も言うからだろうか。あるいは両方か。いずれにせよ女心は宇宙の果てのように僕にとっては未知で、不可思議で、途方も無いものだった。きっと僕が生きている内に解明されることはないだろうし、一つの理解の先に新たな謎が十増える、それは深淵なのだ。決して覗いてはならない。


「あら~? リンタロー君、そんなところで何してるの~? あらあら、かわいい子を連れて、やるじゃん、このこの~」


 後ろから僕を呼ぶ、スローペースな口調。その声の正体は浮島先輩だ。


「あ、浮島先輩! おはようございます。ちょっと新入生の見学案内に来たんですけど、中で部長が変な儀式をしていまして……」


「あら~、真人ったら、また私だけ仲間はずれにして、ずるいわね~」


「いや、そうじゃなくて」


 そうだ、浮島先輩は只野部長に並ぶオカルトマニアだ。ついでに只野部長とは幼馴染で、小さい頃から二人で怪しげな遊びを繰り返していたらしい。そんな先輩に儀式の話なんてしたら、羨ましがるに決まっている。


「はじめまして、四分谷 璃子です」


「あら~、璃子ちゃんね。とっても可愛らしいお名前ね。私は浮島 楓っていいます。よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします、浮島先輩」


「企業の説明会は終わったんですか?」


「そうなんだけど、レポートも書かなくちゃいけないから、ちょっとだけ顔を出しに来たの~」


 四分谷も同性の先輩がいることに安心したのか、険しい表情が少しばかり緩んでいた。



「あー! 璃子ちゃんだ! おーい!」


 開いたままの部室の奥からカバオの大声が聞こえる。やれやれ、これ以上四分谷やカバオ達を待たせてもしょうがない。僕は大きく息を吸い込んだ。




「ようこそ、『三ツ山大学オカルト研究会』へ!」




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