第3話:朝食を食べながら
「…………おかしい」
吾良千輝と顔合わせしてから一日たった今日。
朝食を吾良千輝と食べつつ、ぽつりとつぶやく。
「味は別に普通だが」
吾良千輝が私の作ったみそ汁を食べつつ、答えてくる。
普通っていうなよ、こっちは超おいしい料理を目指してるんだから。──じゃなくて。
「狙われすぎです。心落ち着く暇がない!」
ダンと机をたたいて抗議する。
何故こうも何かしらのハプニングが起こるのか。
「おかげでせっかく習った髪型アレンジを実践する暇もないじゃないですか!」
結ぼうとしている間に敵襲があるんだもん。おかげで今日はおろしっぱなしだ。服だって乱闘に対応できるようラフなものだしさ。
私の訴えに、吾良千輝はシレッとした顔で言う。
「自分の身くらい自分で守れると言ってるだろ。無視しておけばいい」
「できませんよ。普段からこんな生活してるんですか?」
妖怪退治屋『シン』の次期当主っていっても、新年度からやっと中学生になる男の子だよ。
なんで皆してためらいなく命を狙ってくるわけ?
「普段はそうでもない。今が特にひどいだけだ」
「今? 何かあるんですか?」
「三月三十日に現当主の誕生会がある」
あ、そっか。
その日まで護れって言われてるもんね。
でも誕生会と吾良千輝と何の関係が?
首をかしげながら吾良千輝を見たら、吾良千輝は小さくため息をつきつつ答えてくれた。
「そこで正式に俺が跡取りだと発表される」
「あー、それで跡取りの座を狙うやつらが最後のあがきに出てると」
「発表されたら絶対覆らないからな」
日本屈指の妖怪退治屋。
たくさんの部下がいて、たくさんのお金が手に入る。
普通なら幽霊や妖怪が見えるなんて言うと馬鹿にされるけど、『シン』の当主ともなればむしろそれがステータス。
変な力を持って生まれた人間が自分を偽らずしっかり生きていけるうらやましい立場なのかもしれない。
……。
……。
……そのわりには、吾良千輝はいまいち嬉しそうではないんだよなあ。
まあ、地顔が不機嫌顔なだけかもしれないけど。
「で、今日の予定はどうなってるんですか?」
「ついてくる気か?」
「ついてこさせない気なんですか⁉」
何で不思議そうにしてるんだ。
こっちはびっくりだよ。
「ふつうあそこまで狙われてたらついてこないだろ」
「ふつうあそこまで狙われてたらついて行きますよ」
護衛しに来てんだってば。
「それとも私について来てほしくない事情でもあるんですか? ──あっ!」
ふっふっふ、ピンときちゃいましたよ。
「デートですね!」
女の勘をなめちゃいけない。
からかわれるのが嫌でごまかそうとしてたんだろうけど、私にかかればその程度の嘘すぐに見抜けちゃうんだから。
昨日は着物だったのに今日は洋服なのもそのせいなんでしょ。わかってる。
「大丈夫です。デートのお邪魔にならないようこっそり陰からついて行きますから」
「そういうときは遠慮しろ。第一デートじゃない。妖怪退治だ」
「本当ですか! では堂々とついて行きます!」
デートについて行くより俄然楽しみな予定ができた。
ここに吾良千輝がいなかったら小躍りしたいくらいだ。
やる気満々な私を見て、吾良千輝は眉を顰める。
「おまえ、なんでそんなに楽しそうなんだ」
「なんでって、妖怪退治なんてめったにできるものじゃありませんし」
「……」
あ、妖怪退治屋のくせに何言ってるんだこいつ、みたいな顔してる。
「ウチは吾良様のところと違って依頼がめったに来ないんです」
「だからといって喜ぶほどか? ……お前、実戦経験はちゃんとあるんだろうな」
「!」
ドキィッ。
痛いところをつかれてしまった。
「あ、ありますよお」
声が裏返ってしまう。
実をいうと、まともに退治したこと二回しかないんです。
あー、妖怪退治屋のくせに妖怪を退治したことが二回しかないなんてバレたら護衛やめさせられちゃう。
そしたらバリバリ活躍してめちゃくちゃ有名になってじゃんじゃか依頼が来るようにするって目標が達成できなくなってしまう。
四兄妹の末っ子で活躍の場がなかっただけだから。
術の練習はちゃんとしてたから。
笑顔でごまかせ。
ニコ。
「吾良様のこと、ちゃんとお守りしますよ」
「……まあいい。せいぜい足は引っ張るなよ」
ふうっ、私の渾身の笑顔でどうにかごまかせたようだ。
朝食をすべて食べ終わった吾良千輝は「ごちそうさま」と手を合わせ、食器を持って立ち上がる。
「あ、待ってくださひ。わたひもふひへいひ、ングッ!」
慌ててご飯を口の中にかっ込んでたらのどに詰まった!
ぐ、ぐるしぃっ。
「おい、バカッ、飲め!」
渡されたコップを受け取って、ごくごくとお茶で流し込む。
「っはあー、危なかった。ありがとうございます」
「食いながらしゃべるな。食事はよく噛んでから飲み込め」
「はい……。すみません……」
怒られてしまった。
「あの、食べ終わるまで待っててもらっていいですか……?」
「……ハア、待っててやるからゆっくり食べろ」
吾良千輝はため息つきつつも、座ってくれる。
吾良千輝は存外いい人だ。フヘヘと笑ってお礼を言う。
「ありがとうございます。お礼に今夜は吾良様の好きな物つくりますね。カレー? ハンバーグ? あ、私、肉じゃが何かも作れますよ。吾良様は何が好きですか?」
「うまい物」
「え……」
さっき私の料理は普通って……。遠回しに断られた……。
「あ、じゃあ逆に嫌いな物ってありますか?」
「特にない」
「すごいですね。私なんかいまだにピーマン苦手なんですよ。苦いのがだめで。甘いピーマンがあったら食べられると思うんですけど。あ、でも辛いのは大丈夫なんです。わさび入りお寿司は食べられ──」
「静かなのが嫌なら俺が喋ってやるから黙って食え」
あう、また怒られた。
私のせいで遅刻とかなったら申し訳ないので、喋りたくなる気持ちをグッとこらえて黙々と食べていく。
「……」
「……」
カチャ カチャ
「……」
「……」
カチャ カチャ
「……」
「……」
…………。
喋らんのかいっ!
代わりに話してくれるという発言はいったいどこに?
静かな食卓が嫌とは言わないけど食器の音だけってなんか気まずい。
吾良千輝は普段からこんなかんじで食べてるのかな。ウチとは大違いだ。吾良千輝が会話のない食卓を望むならそれにあわせるけどさあ。
空になった茶碗を机の上に置き、吾良千輝に話しかける。
「吾良様はご飯を一人で食べる派ですか?」
「は?」
「私は人と話しながら食べたい派なので無意識に会話始めちゃうと思うんですよね。だからもし迷惑なら場所を移して食べようかなって」
完全別室だといざというとき反応できないから、廊下で食べることになる。
吾良千輝は何かを考えこんだ後、
「人と話しながら食べる習慣はない」
と答えた。
まあそうですよねー。にぎやかな吾良千輝ってちょっと想像つかないもん。
廊下で食べる用の机を作らなきゃだな。
「ここっていらない木材とかありますか?」
「はあ? 訳の分からないこと言ってないで、食べ終わったならさっさと出かける準備をしろ」
「はっ、そうでした。すぐ済ますので玄関の前で待っていてください!」
待ってもらってる身なんだった。
吾良千輝と私、二人分の食器をもってバタバタと厨房に走って行き、水をつけ、全力ダッシュで自分の部屋に戻って出かける用意した後、もう一回廊下を駆け抜け屋敷の外に出る。
かかった時間、五分弱。
結構頑張ったぞ、私。
玄関の前で待つ吾良千輝に、笑顔で話しかける。
「お待たせしました」
「案内する。ついてこい」
フッフー! 妖怪退治、楽しみだ!
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