第1章

第1話:吾良千輝との出会い

 今日の服装のコンセプト?

 「田舎育ちの小娘だとなめられない」です。


 よそ行きの可愛いワンピースを着て、髪の毛を鈴音に結んでもらって、万全の態勢で単身吾良家に乗り込む。


 一人で来いってことだったので三人は置いてきたけど、うん、大丈夫、私一人でも何とかしてみせる!


 なんたって私、この仕事にウチの命運かけてるからね。


 ウチは半年に一回依頼が来るかどうかの弱小退治屋だけど、『シン』からの依頼をしっかりこなせば仕事もきっと増えるハズ。


 肝心の吾良千輝が来るまでの間、出されたお茶を飲みつつ笑顔の練習をする。

 印象をよくするには笑顔が一番。

 ニッと口角を上げたり、目を細めたりしていると、障子越しに声がかかる。


「失礼する」


 声とともに障子がスーッと開き、一人の男の子が部屋に入ってきた。


「──!」


 き、着物!


 やってきた少し目つきの鋭い男の子、吾良千輝ごりょうかずきは着物を着ていた。

 くそぅ、着物とは不意打ちだ。

 インパクトで負けてしまった。


「待たせて悪いな」


 障子を閉め、吾良千輝は慣れた所作で机を挟んで真向かいに座る。

 普段から着物なんだろうか。

 同じ小六とは思えない貫禄がある。


「遠路はるばるご苦労。夏休み中に呼びたててすまない」


 話し方も威厳があるというか、……偉そうだなあ。


 のどまで出かかった言葉をグッとこらえて、軽く頭を下げた。


「初めまして、田那辺莉子たなべりこと申します。『シン』の次期当主である吾良様をお守りする大役、見事果たしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」


 相手はお客様だからね。

 同い年と言えどクラスの男子に接するようにしてはいけない。


 ゆっくりと顔を上げると、バチッと目が合った。


 吾良千輝が真剣な顔で私を見ている。


「えっと、……何か?」


「いや」


 ウソだあ。

 何もないって顔じゃないじゃん。

 まさか私に一目ぼれしたんじゃないでしょうね。


 なんて、ありもしない想像を膨らませていたら、吾良千輝が口を開いた。


「『死神』などと呼ばれている割に存外普通だな。期待外れだ」


「なっ、なんですか、それっ!」


 死神~?

 存外普通~?

 期待外れ~?


 どれもこれも聞き捨てならない言葉なんですけど。


「私はっ、今日吾良様に会うために何日も前から服選んで、清く正しく特訓して、ピーマン食べてきたんですよっ。訂正してください!」


 立ち上がってビシッと指をさす。


「……座ったらどうだ」


 吾良千輝は少し考えた後、それだけ言う。


「座りますよ」


 座る私。

 お茶を飲む私。

 ちょっと落ち着く私。

 …………自分のしたことを自覚する私。


「あ、あの、吾良様?」


「なんだ」


「今のはほんの冗談でして、その、ご期待にそえるよう頑張りますのでどうぞよろしくお願いしますね」


 ホホホホホと、笑ってごまかす。

 でもごまかせないのはわかっているので、手と頭を畳につけて謝った。



「すみませんでした! どうかクビだけはご勘弁を!」



 ぐわー、やらかしてしまったよー。

 こういうことになるから、考えて行動しろと言われて育てられてきたのに。

 でも最近は考えるより直感で動けと言われてたから。


 いや、言い訳は良くない。


 額を畳につけたまま、吾良千輝の機嫌が直るのを待つ。


「──頭を上げろ。依頼を撤回することはない」


 許しが出てガバッと頭を上げる。


「ありがとうございます」


 安堵のあまり吾良千輝の手を握りそうになったのをこらえ、依頼の話へと戻した。


「私の役目は『今日から三月三十日までの五日間、吾良様をお守りする』でいいんですよね?」


「ああ」


「確認なのですが、吾良様を狙ってきそうなやつに心当たりはありますか?」


「たくさんある。人にも妖怪にも恨まれる仕事だからな」


 むぅぅ。

 お兄ちゃんから、跡目争いなんかで人間関係がいろいろごちゃごちゃしてるとは聞いていたけど、厄介そうだなあ。


 ウチなんか兄が三人もいるのに全員「今時妖怪退治なんて流行らないから」って跡目を末っ子の私に押し付けてるっていうのに。


「『死神』が知りたいというなら、怪しい奴の名前を全員上げてやる」


「だっ──」


 いかん、落ち着け。

 さっきの二の舞だ。


 いったん深呼吸をしてから、穏やかに話を切り出す。


「先ほどから仰ってる『死神』って何なんですか?」


「退治屋『タナベ』の別称だ」


 別称:別の呼ばれ方。

 え、ウチ、そんな呼ばれ方してたの?


「全然身に覚えがないのですが」


「死のにおいがするところに三人のお供を引き連れやってきて、混乱を巻き起こし、大量の死体の山を見て満足そうに笑って去っていくと専らの噂だ」


「えー、こわ。なんですか、その怪しい奴は」


「お前の話だ」


「私?」


「お前ひとりではなく『タナベ』の人間はみんなそうだと聞いている。吹けば飛びそうな弱小の退治屋なのに誰もちょっかい出さないのはみんな噂を恐れているからだ」


 ……なんか、なんというか。

 噂だけが独り歩きしている感じ。


 三人のお供は、後継ぎになると自動的に同い年の護衛が三人つくからソレなのかもって納得できるけど、他は全然違う。

 死体見て笑うわけないでしょ。


「良い機会なので変な噂を払しょくしたいと思います」


「それは次の機会によそでやれ」


「へ?」


「今回は噂通りに実行しろ」


「え? え?」


 言われてる意味が分からず聞き返す。


「噂通り? ん、え、それだと死者が出ることになるんですけど」


「出せ」


「いや無理ですよ。ウチはそういうのとは真逆で──、というか吾良様を護るのが仕事なんですから平穏無事の方が良いに決まってるじゃないですか」


 私が言えば、吾良千輝はつまらなさそうに小さくため息をついた。


「護衛をるけろと言われてるからつけただけだ。自分の身くらい自分で護れる。山を築けないのならせいぜい場をかき乱せ」


「──」


 なっ、なんなんだ、こいつ。

 山を築くって、死体の山か⁉

 できないならばをかき乱せぇ⁉


 平穏無事が良いって言ってるだろうが。


 だいたいっ、私はあんたを護るために来たんだから。


 くそぅ。

 こうなったら何が何でも護ってやる。

 吾良千輝が文句言えないほど完膚なきまでに護ってやるんだから。



 黙って私に護られてよね!

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