第16話

 机上の真ん中には、昨日とは打って変わってスノードームだけがポツンと置かれてある。

 ケイスはそれを手に取り、逆さにした。

 再び天地を元に戻すと、ラメは煌めきながら静かにサンタ人形に降り注ぐ。

 正直、ワイルドな出で立ちのこの男には似合わない行動だ。


 ケイスは2年前のクリスマスの日に、その似合わないサンタの恰好をして家族サービスをした事を思い出していた。「パパ、サンタに見えない。それじゃただの泥棒だわ」と、笑いながら逃げるケイリーの姿が目に浮かんでいた。逃げた先のソファーの上には、あの青いワンピースを着た人形が置かれている。


「ケイスさん。良かったらそれあげます。アタシ、もう一つ持ってますから」


 不意に後ろから声をかけられた。

 振り向くといつの間にかジェミーとベニーの2人が立っていた。「立っていたのがモルティングマンなら殺されていたな」と、ケイスは心の中で呟く。昨日の件からケイスの研ぎ澄まされた感覚と集中力は欠けていた。


「ヨッヨッヨッ、オイラもそのスノードーム持ってるよぉ。去年のクリスマスに所長のアルバート教授がプレゼントとして皆んなに配った物なんだ」


「アタシ、ミネハタ博士から2つ貰ったんです。たぶん博士は、いらないから自分の分もくれたんだと思います」


「ああ、そうなのか。けど、なんで所長はスノードームなんかを職員に配ったんだ?」


「都市が少しづつ消えて行って、不安がってる人も多かったから、心を癒やす為だと思います。『来年には神様がモルティングマン事件を解決してくれるだろう』と、おっしゃられていました。アタシは、まだその頃は対岸の火事みたいに思ってて、心配しなくても近いうちに軍がモルティングマンを全て退治してくれるだろうと、どこか高を括ってたんです……まさか事態は、あれから更に悪化するなんて……」


「そうだな……」


「ヨッヨッヨッ、兄さん。さっきロッカーを整理してたけど、まさか出て行く気じゃないよねぇ?」


「すまない。そうするつもりだ」


「ええ?!本当ですか?!」


 ジェミーとベニーは2人とも目を丸くして驚いた。ジェミーは理由が分かるだけに泣きそうになる。ベニーもオーバーアクションしながら悲しそうな顔をした。


「何でだよぉ?会ったばっかりで、まだ一緒に酒も酌み交わしていない。オイラはもうすぐできる新兵器を是非とも兄さんに使って欲しいんだぁ」


「あれは本当に秘密兵器だったのか?でもサリンみたいな毒ガスでも、奴等には通用しないんだろ?いったいどんな秘密兵器なんだ?」


「知りたいのならココを出て行く事を許しません」


「リンナ……」


 リンナがヒットガイと共にオフィスルームに戻って来た。

 ヒットガイは珍しくエアライフルを持ってるが、どうやらリンナが使用する為の銃みたいだ。


「ケイスさん。貴方との契約は1年です。契約を破るのなら貸してある武器と乗り物を全て返還し、契約違反の賠償金を払って貰います」


「リンナ、分かってくれ。ブロンドは俺が出て行かないかぎり、この街から離れない。俺が街を離れたらブロンドもシケイダも居なく成る。街が平和に成るんだ」


「ケイスさん。貴方は一人でブロンドと戦うつもりですね?昨日の姿を見て分かるとおり、ブロンドはキメラ度が増しています。一対一なら死にに行くようなものです。戦闘機や戦車を使っても勝てないかも知れないんですよ」


「承知している……」


 ケイスは現在まで53体のモルティングマンを倒してきた。その中にはツータイプキメラも2体含まれている。これは一人で倒した数で言えば、驚異的な数字である。ヒットガイでさえ11体なのだ。軍関係者を除けばトップクラスだろう。彼をここまで駆り立てたのは仲間と家族の側に居れなかった自責の念である。



 一年前、ケイスは3日間の休暇中で、友人達と沖釣りをしている最中だった。ケイリーは学校が有るので連れて行けず、妻のアヴァ共々「土産を沢山買ってくるから」と、言って宥めてから、逃げるように出掛けたのだ。

 そして、それは2日目の昼下りの事だった。ケイスの携帯に突然、緊急事態による招集命令の連絡が入る。内容は街全体が謎の攻撃を受けてるとのことだ。ケイスの所属するSWETチームは既に出動したらしい。ケイスと友人達の乗せた船は急いで船着き場に戻り、友人達には緊急安全確保の指示が出てるので、遠くに逃げるよう伝えてからケイスは一人で街に戻る事にした。

 だが車は街に向かう途中で渋滞に巻き込まれる。街の方から大量に車が流れて来ていて、反対車線にまで溢れているからだ。どうやら焦って逃げている為に、事故も多発しているらしい。抜けるにも細い裏通り側も人が溢れていてパニック状態になっていた。

 ケイスはチームの仲間に状況を確認しようとしたが、誰も出ない。家族との携帯電話も繋がらない状態だ。余程の災害だと思い、ケイスは最低限の物だけ所持し、車を捨てて走って現場に向う事にした。

 すでに夕刻、ケイスは息を切らしながら街の近くまで辿り着く。大通りには戦車が待機され、道は封鎖されていた。街の方角を見ると、到る所から煙が立ち上り、上空には無数の軍のヘリコプターが飛んでいる。

 ケイスは軍隊に自分の身分を証し、詳細を聞いた。街は謎の生物に襲われ壊滅状態だと聞く。逃げ遅れた住民はヘリコプターで避難所に運ばれたが、情報収集は難しい状態らしい。そして街に居たSWETなどの部隊は全滅したと聞かされる。ケイスはショックで肩を落とし、その場にへたりこんだ。

 その後の数日間、ケイスは軍に協力して街の捜索を行なった。生き残りの人間と、謎の生物が潜伏してないかを調べる為だ。

 街は思った以上の惨状だった。火災などはまだ続いており、かなり危険な状態だ。大きな建物も倒れ、道もボコボコ状態である。沢山の車が死体を乗せたまま、あらゆる建築物に突っ込んで放置されている。まるで大地震の後みたいだが、決定的に違うのは無数の人間や動物の抜け殻みたいな物が落ちている事と、細切れにされた粘液塗れの死体が散らばっている事だ。足場も無いほどに……。

 ケイスは自宅にも行ってみたが、想像通り家は半壊していた。中を隈なく探したが、妻も娘も見当たらない。リビングに大きな鳥の抜け殻が落ちていて冷や汗を流したが、救いは血痕が一切見当たらない事だ。ケイスは家族が軍のヘリコプターに救済されている可能性が高いと踏んだ。近くにヘリが降りれる広場も有るからだ。いや、ケイスはそう願うしか無かったのだろう。「自分が遊びに行ってる間にこんな事に成るなんて……」特殊部隊員としても家族の長としても大失態である。悔やんでも悔やみきれなかった。

 それからケイスはこの災害を起こした犯人が、後にモルティングマンと呼ばれる怪物だと知り、旅をする決意をする。市民を誰一人助ける事も出来ず、仲間と合流して戦う事も出来なかった自分を恥、治安を守る警察官として今後は一体でも多くのモルティングマンを倒し、一人でも多くの人を救う事を誓った。そして、旅は行く先で家族の安否を確認する為でもある。

 家族の無事の知らせを聞くまでは死ぬに死ねなかった。彼は特殊部隊で培った戦略を駆使し、群れなどの勝算の無い戦いは避けて、できるだけ一対一で戦って勝利してきた。人工物にも変態できるモルティングマンに出会ったのは最近の事なので、運も良かったのだろう。

 無謀な戦いを避けるのは、家族と再会したい思いが有ったからだ。だが昨日、その夢はついえた。ケイリーが殺されているのなら妻のアヴァも一緒に殺されているだろう。

 彼の目的は変わった。

 刺し違えても家族の仇、ブロンドを倒す。

 キメラであるブロンドを倒せば、その後の被害も減るはずだ。

 ケイスは、自分の使命はブロンドを倒し、この街を救う事だと考えた。



「ケイスさん。ブロンド一体を倒しても街は救えません。いずれは、この街にも大群が押し寄せて来るでしょう。貴方の力はその時に必ず必要です。でも、どうしても街から出て行くと言うなら、飛行機に乗って海外に逃げて下さい。ブロンドが追いかけられない所まで」


「いや、俺は最後まで戦う!!」


「なら単独行動はせず、一緒に戦いましょう。人類は協力し合いながら戦って生き残るか、逃げて少しだけ死を先送りするか、もう2択しかないと私は思っています。大丈夫です。国も軍も何度も出し抜けをされる訳にはいかないでしょうから。もし、モルティングマンの次の標的がこの街なら、必ず全員で力を合わせて勝利しましょう。貴方の亡くした大切な人達の為にも」


「リンナ……」


 ヒットガイがケイスの側に寄ってきた。


「我、必ず『ブロンド』倒す。我の村の仇、『荒ぶる野牛レイジングバイソン』はケイスが倒してくれ」


「ヒットガイ……ああ、分かった。そいつは俺がバーベキューにしてやるよ」


 後ろのジェミーが拍手をし、ベニーが2人に抱きついてきた。ヒットガイは仏頂面のまま軽く抱き返す。それを見てケイスが笑う。リンナはその光景にも微笑まず、話は終わったとばかりに淡々と情報整理の仕事を始めだした。


 ケイスは思い留まる事にした。

 自分一人だけココを離れたら、二の舞いに成ると思ったのだ。

 この新しいチームと共に戦い、今度こそ必ず街を守ってみせると、胸の中で固く誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る