第11話

「こんにちは、ケイスさん!」


「よう坊主!久しぶりだな」


 ツートンカラーの少年は、ケイスが近づいて来ると、爽快な笑顔を見せながら声をかけてきた。

 男女問わず、万人が心ときめく笑顔だ。

 願わくばこの可愛いらしい少年が、モンスターに化けないよう心から祈りたい。

 公園側からやって来たケイスは、崖の先端に居る少年とは数メートルの距離を置いた地点で立ち止まり、会話を続けた。


「何してんだこんな所で?」


「モルティングマンを見に来たんだ。ケイスさんもでしょ?」


「ああ、俺は仕事だからな。坊主は危ないから帰った方が良いぞ」


「大丈夫だよ。あっ!ケイスさん!ケイリーちゃんは見つかったの?」


「いやーそれが、まだなんだよ」


「早く見つかると良いね」


「そうだな――」


 ここで突然ケイスはホルダーからオート拳銃を取り出し、素早くスライドを引くと海に向かって一発放った。

 銃声が辺りに響く。

 そして銃口は次に少年に向けられた。

 少年はキョトンとしている。


「坊主っ!なぜ俺の名前を知っていた!答えろ!」


「レストハウスで下に居るお姉さんが、そう呼んでるのを耳にしたんだよ」


「何故あの時、煙のように消えた?」


「近くに乗り物を置いてたよ。ケイスさんが見失っただけじゃないの?」


「そうか……銃を向けて悪かったな。事態が事態なんだ。勘弁してくれ」


「大丈夫。気にしてないよ」


 ケイスは拳銃をホルダーに戻した。

 そしてその行動は、下に居るリンナに対して『少年がモルティングマンである可能性が高まったので全員に戦闘態勢に入るよう伝えてくれ』という合図でもあった。


「坊主、名前は?」


「シケイダ」


「それは本名か?」


「自分で付けたから本名だよ」


「なるほど。シケイダはブロンドのモルティングマンと会えたのか?」


「さっきまで、この近辺に居たモルティングマンの事だよね?残念だけど会えなかった。会いたかったなあ……ケイスさんと、そのブロンドさんは知り合いなの?」


「ああ。2回ほど食われかけた」


「本当に?!ブロンドさんはケイスさんを食べようとしたの?」


「勿論。人を食わないモルティングマンが居ると思うか?」


「さあ?中には居るかも知れないよ」


「……なあ、シケイダ」


「何?」


「シケイダは人間とモルティングマンが対話で平和的解決が出来ると思うか?」


「平和的解決?」


「モルティングマンは環境を破壊した人間を恨んでいるんだと思うんだ。だから人間を殺し、都市を破壊する。確かに人間も悪いとこが多々有ったと思う。だけど、人間だってモルティングマンの住処を奪う為に文明を発達させて来たんじゃない。分かるだろ?このまま戦闘を続けてもお互いの為に成らない。なら、双方のリーダーが歩み寄り、今までの事は水に流してお互いの未来の為に話し合いをしても良いんじゃないかと思うんだ」


「そうだね。でもケイスさん。もし、モルティングマンが逆に人間が大好きだとしたら?」


「はあ?どういうこった?餌としてか?」


「そうじゃないよ。話し合いは良いことだと思うよ。けど、未来を話し合うって事は……」


「どうした?」


「ケイスさんは生物の定義は何だと思う?」


「生物の定義?下のお姉さんが得意そうなクイズだな。うーん……『勝手に動く物』かな?」


「それじゃあ植物や固着性の生物はアウトだね。実は生物の定義って、まだ定まってないんだって。科学者によって違うらしいよ」


「ほう。そうなんだ」


「生物は細胞を持っていて、代謝ができて、自己繁殖ができるってのが、一応の基準らしいんだ。でもウイルスがこれに当てはまらないから、粘菌や無精卵などが曖昧に成っちゃう。NASAは生物の定義を『進化ができて、自己維持ができる科学システム』って感じで地球外生命体が見つかった時の基準を考えてるみたいなんだけど」


「……モルティングマンは今言った条件には当てはまるから一応生物だな。どうやって繁殖するかは知らんが。海の中で卵でも産んでるのかな?」


「そうかも知れないね。それでね、ケイスさん。僕はこの『進化できて、自己維持できる科学システム』という考え方を気に入ってるんだ。それで考えると地球最初の生物は地球で、僕達は地球から分裂し、繁殖し、進化し、そして地球とういう生物を維持する為に産まれてきた物質なんだと理解できるんだ」


「確かダ・ヴィンチが地球は生物だとか言ってたかな?でも、残念だが地球は生物じゃない。地球が生物だと、生物と非生物の境界が更に曖昧に成る」


「いいんだよ。もともと生物だの非生物だのを気にしてるのは、。他の生物はそんな事を気にして生きてないんだ」


「……」


「ケイスさん。もうすぐ地球が動き出すよ」


「はあ?」


「転換期を迎えるんだ。その為に僕は……」


 シケイダは急に後ろを振り向き、海全体を見渡した。

 それを見て、後方の木の陰に隠れているヒットガイやエリック達は動こうとしたが、気配を感じたケイスは後ろ手で『まだ動くな』のハンドサインを送る。


「随分集まって来たね。いっぱいレーザーが僕の方に照射されてる」


「シケイダ。もし間違いなら、本当にすまん。けど俺は確信している。お前がモルティングマンのリーダー格だと。お前が皮を脱いだ瞬間、一斉攻撃が始まる。お前がキメラでも無事ではすまないはずだ。勿論そうなれば俺も一緒に木っ端微塵だがな」


 シケイダはそれを聞いても爽やかな笑顔を崩さない。まるで最初から分かっていたかのようだ。


「お前は包囲されている。逃げ場は無い。殺さないから大人しくついて来てくれ。其れなりに用心はさせてもらうがな。そして人間のリーダーと対面しろ。要求が有るならちゃんと言え。人類の知恵で解決できる事なら呑んでもらえるかも知れない」


「人間は頭が良い。抽象的思考が出来るって、本当に凄い事だと思う。けど、頭が良いからこそ間違っている事に気付けない事も有るんだ。でも、きっと解ってくれると思う。僕達は家族なんだから」


「そうだ。生物としては20億年前に別れた家族だ。話し合いをすれば解り合える」


「ケイスさん。僕はあなたが気に入った。だから近いうちに必ず迎えに現れるよ。それまで待ってて」


「シケイダッ!!」


 ケイスが叫んだ瞬間、シケイダは崖から飛び降りた。

 ケイスは「しまった」と呟きながら走り、崖の下を覗き込む。

 シケイダの身体はそのまま波飛沫が飛ぶ海に音もなく沈んだ。

 こうなる事も想定して下にはホーバークラフトに乗った兵も待機していたが、シケイダは浮上してくる気配がない。

 海上に居る全員で辺りの捜索が始まった。


「ケ、ケイスさん。彼は本当にモルティングマンだったのでしょうか?もしも人間の少年なら、この高さから落ちたのでは助からないのでは?」


 ケイスの後ろから駆けつけたエリック隊長が心配そうに聞いてきた。シケイダが普通に会話をしてるばかりか、表情も豊かだったので、かなり不安がっている。


「俺も経験の積んだプロだ。あの年齢のガキが拳銃をいきなり向けられて全く動揺しないのは明らかにおかしい。会話内容も不自然だったし、間違いなくモルティングマンだ」


 ケイスは襟に仕込んでいたマイクのスイッチを切り、ポケットから無線機を取り出した。


「リンナ。聴いてたか?」


「はい。会話は全て録音しときました」


「捜索している兵には親玉級だから十分注意するよう伝えといてくれ。海中は奴の庭だから捕まらないかも知れないが……クソッ!まさか奴が全く変態せずに逃げるとは思わなかった。すまない」


「いいえ。向こうも最初からそのつもりだったのでしょう。会話の内容からして、シケイダの方もケイスさんとコンタクトを取りたかったのかも知れません。だから態と姿を見せたまで有ります」


「結局奴がブロンドと同一個体なのかも不明のままだ。もっと上手く聴き出しゃ良かった」


「それより、かなり気になる事を言ってましたね」


「ああ、『地球が動きだす』とか言ってた。ブラフじゃ無ければ、あれは何だと思う?」


「大地震でしょうか?彼等は海底に住んでいたから逸早くプレートの動きに気付いたのかも知れません」


「なるほど。有り得るな。奴等は大地震に乗じて陸地を乗っ取りに来たのか、それとも海底火山で住処を失いそうだから一旦海から逃げて来たのか……どっちにしろ大津波が起こるような大地震ならヤバイな。モルティングマンの被害だけでも相当なものなのに」


「まず、シケイダの話を何処まで信用していいか解りませんし、生物の定義の話を持ち出してきたのも謎です。暗号解析班にこの会話を送って、何か別のメッセージが隠されていないか調べて貰います」


「最後に俺を迎えに来ると言ってたが」


「何かの理由でケイスさんに興味を示しているのは確かのようです。だから対話もしたのでしょう。彼が言った通り、再びケイスさんの前に姿を見せる可能性は高いです。但し、次に現れる時は後に数十万のモルティングメンを引き連れてるかも知れません」


「…………」


 その後、厳戒態勢の中で軍やレンジャー隊の捜索は朝まで行われたが、結局海上の船が襲われる事は無く、少年の遺体が見つかる事も無かった。

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