いつだって助けてくれるのは君だった。

 粟谷に手を引かれて都内のショッピングモールを歩く。


「次、どこに行こうか?」

「どこでもいい。用事がないなら帰らないか?」

「あはは、相変わらずだね。じゃ、ご飯食べようか。」


 俺が無駄を嫌うように彼女もまた合理主義である。目標を取り違えることのない性格は、当時は一緒にいて楽だったと思っていたが、今となっては裏があるようにしか思えない。


「量くん、何食べたい?」

「丁度あそこに定食屋があるぞ。そこにしよう。」


 だらだらと本題から外れたような事を言うのは、おそらく彼女の作戦なのだろう。合理と非合理をうまく使い分けるのが得意だった粟谷は、何一つ変わっていなくて、そのことがまた不気味だった。

 彼女に脅迫の材料を握られている以上大人しくしているのが良いだろう。


 ベラベラとくだらない話を続ける彼女を無視して食事を進める。

 しばらくすると、不意に粟谷の雰囲気が変わった。

 それは、俺が恐れていたもの。そこしれない彼女の奥深くの部分。ストレス発散に白鯨をいじめていたときの雰囲気そのものだった。


「量くん、ここ出ようか?」


 いつの間にか彼女の皿は空いていた。俺も急いでご飯をかきこんで店を後にする。


「高校時代から変わったね。前の量くんなら、手段を選ばなかったのに。」

「何の話だ?」


「は、量さん……⁉︎その女性は……?」


 俺たちの前に現れたのは、悠だった。驚愕のあまり固まっていると、粟谷が俺の腕に手を伸ばして掴んでくる。とっさに引き剥がそうとしても遅かった。


「初めまして、量くんの彼女の、粟谷です‼︎ところで、どちら様?」


 ハメられた‼︎

 この女は最初からこれが目的だったのだ。冗談交じりに復縁を求めていたのは、本気だったのだ。

 そのために、邪魔になる存在である悠をわざわざ呼び出して見せつけるような真似をした。もし万が一、粟谷を引き離して彼女を追いかけたとしても、ショッピングモール内なら少し騒ぐだけで注目が集まる。


 そうなったときに圧倒的に不利なのは俺だ。


「ふふふ、追いかけられるなら、追いかけてみなよ。」

「粟谷……」


「私は納得してないんだよ。あんなブタ男のせいで私たちが別れるなんておかしいじゃん。あの程度のこと、誰だってしてることでしょう?」


 涙を零してその場を離れる悠を追いかけたかった。けれど、合理的な俺がそれを許さない。


「悠……‼︎」

「ほら、非合理をうまく抑えられないとこうなるんだよ。諦めちゃいなよ。」


 必死に手を伸ばしても届かない。

 粟谷の手を放せてしまえればどれだけ楽だろうか。非合理に飲まれてしまえば楽になれるのだろうか?


「助けて……」

「あい、わかった。あとは我に任せるでござる。」


 俺の背を突き飛ばしたのは、見慣れた黒縁メガネの小太り男。


 獅子龍白鯨だった。


……to be continued

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