腱鞘炎から始まる縛り生活。

 白鯨の雑談に付き合いながらパソコンをカタカタと打ち鳴らす。作業も佳境に入っており、今手を付けている仕事が終わればしばらくは休めるだろう。


「あーもう無理。手痛すぎンゴ」

「脳みそ溶けてんのか?俺も痛いわ!!」


 もう何時間もパソコンの前に張り付いて、入力しては消して、という作業を繰り返している。腰も手首も目も全部が痛い。とくに指の付け根が悲鳴を上げているほどだ。

 会社員時代より作業量が少ないのが、まだマシか。


「あー、指つる。つるでござるよ。」


 引きこもりのプログラマーなんて、不健康の日本代表みたいなものだ。

 不摂生や栄養不足が常の俺たちにとって、体を壊すことは日常茶飯事である。けれど、痛みに慣れるということはない。不便なものだ。


 ぶつぶつと文句を言いながら痛む右手をこらえて作業を進める。


「これが通れば、ひとまず終わりなんだが……。」

「今のところ、大丈夫そうでござるな。さっき問題が起きたところは?」

「すでに通ってる。ただ、ここの挙動怪しいかもな。あ、行った。」


 想定よりもいい動きをしてくれたおかげですんなりと終った。

 クライアントへの提出は白鯨がしてくれるらしいのでデータだけを送ってパソコンの電源を落とした。暗い画面に、俺のげっそりとした顔が浮かび上がる。


「ううーん。腰いてぇ……」


 ぽきぽきと指を折り曲げていると、不意に筋が切断されたような激痛が走る。


「うん?んんんん!?」


 右手がけいれんし始め思うように動かせなくなる。半開きの状態のままで、ほんの少し動かすだけで痛みに悶える。


「量さん?大丈夫ですか。」


 俺の悲鳴を聞きつけた悠が部屋にやってくる。

 かすかに髪が濡れており、首にタオルをひっかけていることから風呂上がりのようだ。


「悠、ヤバイ。手が動かせない……」


 右手を丸めていないと痛みが走るのだ。指を動かせない以上、立ち上がることすらままならない。何とか悠の手を借りてダイニングまで行くが用意されていた食事を食べることはできなかった。


「箸が……使えねぇ。」

「だ、大丈夫ですよ。ほら、口開けてください。」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、一口サイズにした生姜焼きを口元に持ってくる。悠の補助を受けて食べろということだろう。


「いや、それはちょっとどうなんだ……?」

「でも食べないわけにはいきませんよね。」


 悠の料理を残す罪悪感と、悠に食べさせてもらう恥ずかしさを天秤にかけて、当然のように恥ずかしさを選んだ。彼女の料理を残すなんてありえない。

 悠の微笑みにやられながら、少しずつご飯を食べていく。


 ときたま「美味しいですか?」と聞いてくるのでうなずいて返す。


「ご馳走様でした。」

「フフ、どういたしまして。これ、結構楽しいですね。」

「いやいや、勘弁してくれよ。」


 この後、一緒に風呂に入ろうとしたので全力で止めた。


……to be continued

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