ショート:最終回と言いつつもまだまだ続く予定です。多分?

「じゃあ、今までお疲れさまでした。」


 呆けた表情のまま椅子に座る俺を抱きしめる。悠の心臓の音と暖かさを感じていると、目頭が熱くなってくる。抑えきれない涙が零れて、彼女の胸を濡らした。


「俺…頑張ってたよな。」

「頑張ってました。私が見てました。」

「どうしようもないのに……。何の意味もないのに。ずっと。」


 辛いことも苦しいことも、全部我慢してきた。逃げ出したくても耐えてきた。気づかないふりを続けてきた。合理の鎧で自分を守れていると言い聞かせてきた。

 けど、悠の前では、そんなことをしなくていい。それを彼女は教えてくれた。


 一定のリズムで俺の背を叩き続ける彼女の優しさを受け入れて、端を捨てて彼女に抱き縋る。ひどく情けないと分かっているが、それでも、悠の優しい笑みは俺を癒してくれる。


「ご飯にしませんか?お腹が空いてると、嫌なことばかり考えてしまうでしょう。」

「うん。一緒に食べよう。」


 テーブルに置かれているのは、ハートが描かれたオムライス。


「ああ、とても…おいしそうだな。」

「そうですか?ありがとうございます。」


 泣きはらした目をこすりながらオムライスを一口。

 丁寧に下ごしらえがされたであろう玉ねぎの甘みが口に広がり、ほのかに弾力のある鶏肉、ふんわりとしつつも液っぽさの無い卵がすべてを包み込んで、味のバランスを整えている。


 美味しい。けれど、それ以上に悠の愛情が感じられる。


「旨い……。美味しいよ、悠。」

「ああ、泣かないでください……。今日はいつも以上に甘えん坊ですね。」


 また涙を零してしまう俺を抱きしめ、何度も頭を撫でてくれる。心にしみる彼女の優しさに触れていると、あの会社に飼い殺されようとも耐えられる気がしてきた。


「悠。聞いてほしい話があるんだ。」

「はい、なんですか?」


 会社を首になった経緯と、専務からの提案。全てを洗いざらいぶちまけた。


「……というわけで、正直辛いけど、悠がそばにいてくれるなら頑張れる気がするんだ。だから、あの会社の下請けのどこかに再就職をすることにした。」

「いままでより、給料は下がるかもしれないけど、二人の生活は守れるから!!これからも一緒にいてほしい。この家にとどまってほしい。」


 何も言わず、口を挟むことなく黙って聞いていた悠の顔を見てみれば、いつかの能面と同じ。嫌な予感がして、次に彼女が口を開くことを恐れていると……


 パチンッ!!


 頬をぶたれた。

 それも、思いきり。


「どうして、量さんはいつも頑張るんですか?」

「え、それは、君のために……。」


「頼んだ覚えなんてないじゃないですか!!」


 初めて聞いた、彼女の怒鳴り声。

 空っぽの皿と、無音のリビングの空気が重く俺にのしかかった。


「私は、量さんが傷つくのを見たくないんです。どうしてそれをわかってくれないんですか!?」

「わかるわけないだろ!!俺は大人で、君は子供だから。君が大切だから守りたいんだよ!!」


 また静寂が生まれ、今度は悠が涙を浮かべる番だった。

 まるで一つの芸術作品かのように頬を歪めて一言。


「もういいです。」といって、彼女はマンションを出ていった。

 追いかけることも出来ず、一人きりの部屋で、立ち尽くす。


 彼女のいない部屋で。


 ……to be continued

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