一つの荷物から始まる簡単で残酷な地獄。……ただのお中元の話です。

 その地獄は一つの荷物から始まった。


 ある休日、悠は自室で課題を進めて、俺はリビングで炭酸水片手に昼のニュースを見ていたころだった。有人ロケットが月へ行ったという話にロマンを膨らませていると、ピンポーンとチャイムが鳴る。


 さすがの白鯨も突然来るほど非常識じゃない。というかそもそも、アイツはついさっきまで一緒にゲームをやっていて今から寝ると言っていたはずだ。

 だからこそ、心当たりのない来客に微かな不安をよぎらせていた。


 玄関まで出ていき、ドアの覗き穴に目を近づける。なんてことない宅配便だ。


 へんにビビっていた自分を可笑しく思いながら玄関を開けた。


「ちわーす。宅配便です。泉 悠さんのお宅ですね?」

「はいはーい、サインで……。え?」


 悠宛の荷物?

 彼女の住所登録をここに直した覚えはないが、引き取ったときに全日本児童健全育成委員会とやらの女がそんなようなことを言っていたような気もする。だが、父も亡くし、悠の母親とも連絡が取れない状況で、誰が彼女に荷物を送るというのだろうか。


 怪訝に思いながらも、サインを書いて受け取った。

 悠の部屋をノックすると、青いブラウスの彼女が「どうしました?」と出てきた。


「なんか、悠宛に荷物が届いてたよ。」

「荷物…?特に何かを頼んだ覚えはないんですけど……。」


 彼女は俺と違ってネット通販を利用することは稀である。というか、俺と一緒にネット通販で買い物を一緒にしたことはあるが、彼女一人で利用したことはなかった。

 悠が、「送り元は……KC株式会社?」と呟いた。彼女に許可を取って見せてもらうが、その一文が書いてあるだけで、住所は明らかにでたらめな場所だった。一応ネットで調べてみたが、当てはまるような会社はない。


「さっきの配達人、どこの奴だったかなぁ?」


 どこかで聞いたことがあるような声だった気もするが、どこにでもいるような声でもある。背丈も普通の男という以外特徴なんてなかったし、顔を隠すような帽子のせいでほとんど見えず。会社のワッペンなどを付けていたかもしれないが、配達業者にありがちな藍色の作業着でこれと言って印象はない。


 明らかに怪しい荷物を前に、二人して後ずさりをした。


「どうする?」

「……変なものだったら怖いですし、開けないでおきましょう。そのうち捨てておきますね。」

「そうするか。もしなんかおかしなことがあったら、すぐに言ってくれよ。」


 ひとまず荷物のことは放って、悠はまた自室に戻ってしまう。

 興味本位で荷物を持ち上げてみると、かなり重い。開けてみたい欲に駆られるが、いくら同居人とはいえ、根幹は他人。勝手に彼女宛ての荷物を開けるのは良くないことだと言い聞かせて、荷物から離れる。


 気にしないふりをしながら、部屋に戻ってゲームの電源を付ける。


 こういう時は忘れてしまうのが一番だ。


 ゲームが白熱してくると荷物のことなどすっかり忘れてしまう。いつの間にか夕食の時間になっており、部屋をノックする悠に気がついて辞めた。


「おお、今日はスパゲティか。」

「このミートソース、手作りなんですよ。」


 レトルトのミートソースよりもコクが深く、ひき肉の味もしっかりしている。トマトの独特な酸味も抑えられていて、それらがパスタと程よく絡み合ってとても美味しかった。

 俺でも作れる簡単な料理だと馬鹿にしていたが、手間暇をかけるだけでここまで変わるとは…。


 ただ一つ、文句があるとすれば…

「なんか、今日多くないか?」

「そ、そうですかね?」


 悠の皿に乗っている分だけで、普段俺が食べる分量ぐらいはあったような気がする。最初は気がつかなかったが、明らかにいつもより多い。すでに満腹が近いというのに結構な量が残っていることに違和感を覚えたから気付けたのだ。


「うう……。腹が苦しい。」

「あ、洗い物はいったん後にしますか……。」


 だが、地獄は終わらない。


 次の日、いつものパワハラに耐えながら仕事から帰ってくると、珍しくダイニングには皿が並んでなかった。何か悠を怒らせるようなことをしただろうかと怯えながら彼女の部屋をノックすると、慌てたような顔をして悠が出てくる。


「す、すみません!!学校の課題に夢中になっていたら、夕食の準備が出来てませんでした。」

「ああ、そうなんだ。悠も食べてないの?だったら外食にしようか……。」

「すぐに作るんで大丈夫です。お風呂入ってきてください。」


 勉強をしていたという割には、白紙のままのノートを見て引っ掛かりを覚えるが、慌てる悠が可愛らしく、ごまかされてしまった。


「……今日もパスタ系か。」

「はい、すぐに作れるもので、魚介系がそろっていたのでシーフードパスタです。」


 昨日とは打って変わって、あっさりとした塩味のシーフードパスタ。カットされたイカや貝類は歯ごたえがしっかりとしていて、きちんと味付けがされている。


「……短時間で作った割には、下処理ができすぎてる気もするが?」

「ほ、本当は、それを使ってパエリアを作ろうと思ってたんです。けど、お米炊くの忘れちゃってて。」


 気まずい顔をしながら目を逸らす彼女が、何を隠しているのか気になったがあえて触れない。……けど、パエリア食べたかったなぁ。


 更にまた次の日


「今日はピリ辛のペペロンチーノですよ。」

「……」

「……は、量さん?」


 相変わらずてんこ盛りに盛られたパスタの皿を眺めながら、テーブルには座らない。

 俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと皿を置いて観念したかのようにキッチンへと向かっていった。下の収納スペースからいつか見た段ボールを取り出すと、その中身を見せる。


「……帝泉グループから?」


 同封されていたであろう手紙を読んでみる。


『この度はご逝去の報せを受け、驚くばかりです。ご家族の皆様のご心痛、お察し申し上げます。

 ご尊父様にはわが社一同何度もお世話になっておりましたが、恩返しもかなわぬままとなってしまったことを残念に思います。また、ご息女様への御挨拶も大変遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。先日の葬儀の際には、是が非にも駆け付けたいところでございましたが、わが社でも動揺が大きく、いとまがございませんでしたので手紙でのご挨拶となってしまいました。ご息女様に置かれましては、大変な時期だと思いますので、ささやかながら粗品を送らせていただきます。』


「なんだ、これ?」

「たぶん、私の父の仕事の知り合いからだと思います。」


 彼女の父がどこかの会社のお偉いさんをやっているとは知っていたが、まさか帝泉の社長というのは知らなかった。だが、それ以上の驚きは箱一杯に入れられたパスタ類だ。


「おいおい、少し非常識な量じゃないか…?」

「これ、父が好きだったものなんです。茹で時間も短くて、すぐに食べられるからって。一応生でも食べられるようになっていて、仕事が忙しいときはそのまま食べてました。」


 悠曰く、会社にも大量のストックを残していたはずだから、送ってきたのだろうと。

 だとしても、それを娘に押し付けるのはどうなのだろうか。言葉は悪いが、イカレてるとしか思えない。


「しばらくは、パスタ地獄だな。」


……to be continued

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る