女子高生のファッションセンスって謎なところが多い。けど、おしゃれに見えるよね。

 空腹に耐えかねて目を覚ます。

 傍らにはまだ夢の中にいる悠が寝ており、彼女の部屋の壁掛け時計は午前五時を指していた。昨日夕食を食べずに寝たことを思い出して、何か胃に入れようと立ち上がった。


「んん…?量さん…?」


 呆けた声で寝返りを打つ彼女を見ると、とたんに眠気が襲ってくる。腹の虫の悲鳴を聞こえないふりをして、また悠の隣に寝転がった。丸まった彼女を抱き枕のように抱きしめて目を閉じるとあまい匂いと共に夢の中へと沈んでいく。


「量さん。起きてください。もう八時過ぎてますよ?」


 規則正しく起きる悠に揺らされて二度寝から引きはがされる。俺が寝ている間に普段着に着替えていたようで、その上からエプロンを羽織っている。


「朝ごはん何がいいですか?トーストにします?」

「ううん。んー、ご飯がいい…。」


 窓から差し込む朝日がまぶしく目をすぼめると、「可愛いですね」と耳元で囁かれた。

 思わず飛び上がって起きるも、すでに悠の姿はない。恥ずかしさと照れくささで顔が熱くなる。完全に意識が覚醒してしまっており、もう一度横になったところで眠れないだろう。


「恥っず…。」


 真っ赤になった顔を冷やすために洗面台へと向かうと、何もなかったように平気な顔をしている悠が朝食の準備をしていた。


「量さん、今日はお野菜のセールがやってるのでお買い物に行きたいんですけど…。」

「ああ、車出せばいいんでしょ。分かってる。」


 この娘は、俺に頼みごとをするのに抵抗がない。

 変に遠慮をすることが無いのは、俺の合理主義に合せてくれているのだろう。それも、彼女の父の影響によるものだと思うと、かすかに申し訳なさを感じるが…。


「ごちそうさまでした。量さん、洗い物お願いしていいですか?ちょっと買うものをリスト化したいんで。」

「あ、ああ。おっけー。」


 スマホを片手に冷蔵庫や洗剤置き場を歩き回っている。


「缶ビール、買いますか?」

「ああ、三本ぐらいでいいよ。そんなに飲む方じゃないし…。」


 白鯨に誘われた時しか飲まないので、あまり備蓄するということはない。


「あと…ゴミ袋と、歯ブラシ…。」

「そんなに買うのか?」

「量さんの歯ブラシ、ちょっと毛先開いてますよね。」


 自分が使っているものなのに、気にも留めていなかった。まるで母親のように小言を言いながら特売のチラシを見ている姿は、とても女子高生には見えない。


 ふらふらと揺れるポニーテールに触れてみると、鬱陶しそうに手を弾かれてしまう。


「なんですか?髪、触りたいんですか?」

「うん。まあ、ちょっと…。」


 俺の記憶の中の母親は、今の彼女と同じぐらい長かったような気がする。


「ほら、ふらふらーふらふらー。」


 くすくすと笑いながら髪を払う悠は、とても無邪気で子供らしい顔をしている。俺の母親とは大違いだ。


「つっても、何一つ覚えてないんだけどなぁ。」


 しばらく遊んでいると、不意に悠が立ち上がる。どうやら買いたいものをまとめ終わったようで、彼女の部屋からエコバックを持ってやってきた。

 近くのショッピングモールまで車を走らせると、慣れた手つきでカゴとカートを押して店内を進んでいった。まっすぐ青果コーナーに向かったかと思うと、ブロッコリーとレタスを取った。


「今日は鉄板ハンバーグにしましょう。」

「鉄板…?ああ、なんかの景品でもらったやつか?」


 一度も使ったことがなく、キッチンの戸棚の奥深くにしまっていたはずだ。

 そのまま精肉コーナー。パン粉、油、牛乳と必要になりそうなものを一通りそろえると、レジに向かっていく。


「牛乳、そんなに小さいので足りるか…?」

「あんまり入れないですし、大丈夫だと思いますよ。」


 大きなものを買って、余った分は飲めばいいだけの話だが、彼女なりの考えがあるのだろう。パンパンに膨れたエコバックをもってモール内を歩いていると、ある有名なスイーツ専門店で足が止まった。中で食べることもできるが、一部の商品はお持ち帰りもやっているらしい。


「なんか、食べたいのか?」

「いえ、買い物しちゃってるんで、また今度出大丈夫です。」

「持ち帰りならいいだろう。俺は、シュークリームにするけど、悠はどうする?」


「じゃあ」と言ってショーケースの前に立つと、真剣な表情で色とりどりのスイーツを吟味し始めた。あまりに切羽詰まった目つきに苦笑いを浮かべて他の客の邪魔にならないように一歩引くと、太った男とぶつかってしまった。


「ああ、すみませ…白鯨!!」

「ややや!!量殿でござらんか。おぬしも買い物を…?」


 対人恐怖症で引きこもりの彼が外出など珍しい。と感心していると、俺の背後から夏も終わり気味だというのに太ももを晒した奇抜な格好の女が彼の隣に立った。


「ああ、姫蘭。昨日ぶりだな。」

「あ、量お兄ちゃんか。変な人に絡まれてるのかと思ったー。」


 それは、昨日白鯨のビデオカメラにチラリと映った、彼の妹姫蘭であった。手には、この店の紙袋を持っており、かすかに生クリームのにおいが漂っている。


「量殿もパンケーキを?」

「パンケーキ?俺たちは家で食べる用のスイーツを買おうとしてるところで…」

「量さん、決まりました!!」


 悠がニコニコとした笑顔を浮かべながら持ち帰り用のパンケーキを買ってきた。姫蘭が怪訝な顔を浮かべると、素早く白鯨が耳打ちする。

 何と説明したのかは分からないが、納得したらしく明かるげな顔で悠に声をかけた。


「私西高の獅子龍 姫蘭。名前なんて言うの?」

「あ、泉 悠です。」

「悠ちゃん!!ラインやってる?交換しよ。」

「あ、うん。」


 たどたどしくスマホを操作しながら姫蘭と連絡先を交換できたようで、画面を見つめながら嬉しそうな顔を浮かべた。


「てか、そのスカートめっちゃ可愛いね!!どこで買ったの?」


 ネイルで飾った指で指し示しながら女子高生らしく服の話を始めた。思わず白鯨と目を見合わせて苦笑いを浮かべるが、そこまで急ぐ用事があるわけでもない。こうやって同学年の友達を作らせるのは彼女の人生にとっても合理的だろう。


 …いや、ただ、普通に染まっていく悠がうれしいのだろう。


「じゃあね!!今度遊びに行こ―。」

「うん。またね。」


 一通り喋って満足したのか、白鯨を連れてどこかへ行ってしまう。まあ、家に帰ったのだろう。


 姫蘭に振っていた手をぎゅっと握りしめて、見つめている。悠が何を思ったかは分からない。けれど、その不可解さがなぜかうれしくて仕方なかった。


……to be continued

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