第14話 ネカル

 それからさらに四か月が経ち、この星での生活が十一か月目に突入する頃。


 俺が超パワーの練習をしているときに、ネカルがやって来た。


「お、やってるね昴介青年」

「ネカルさん」

「『さん』とかやめてくれ。呼び捨てでいいから。話すときもタメにして。僕がなんとなく嫌だ。あ、でもリゲル会長には敬語にしときな。あの人怒るとマジ怖いから」

「わかりま、じゃなくて、わかる。ウィリアミーナとか、エニフさん、イザールさん、ミラさんは自然な感じで話せたけど、リゲルさんは取り巻く空気が引き締まってて絶対に敬語を使わないといけないと感じてしまう」


 ウィリアミーナに関しては自然な感じというよりも、最初からどこか慣れ親しんだ存在のような雰囲気を感じていたからだろうけど。なぜかはわからないが。


「そうなんだよ。リゲルさんは雰囲気が本当に怖くて、毎日怯えながら仕事をしてるんだ……。去年なんてな、リハの時に演出のボタン押し間違えただけでめちゃくちゃ怒られたんだよ。いや確かにね、練習も本番のようにって考え方はわかるよ。でも練習でのミスを練習で良かったと思えるような心の余裕も必要だとお思うんだよ。それなのにリゲルさんはさあ。もう本当に鬼だよ。魔女じゃなくてただの鬼」


 『星の国』ではあまり話さなかったからわからなかったが、思っていたよりもよくしゃべる人なようだ。イメージと全く違う。もっとインテリな感じかと勝手に想像していた。


「全部丸聞こえだからなネカル」


 リゲルさんが姿を現し、俺たちの方へ近づいてくる。


「げ」

「げって言うな」


 ネカルの頭に拳を落としたリゲルさんは、


「『星の祭典』のときにちゃんと紹介していなかったな。私の右腕のネカルだ」

「右腕っていうわりには扱いが雑ですよね。足で踏まれている気分なんですけど」

「まあ、こういうひねくれた奴だが、超パワーの腕は間違いない」

「超パワーの腕『も』ね。よろしく」


 ネカルは俺の手を自分で取り、握手をしてくる。その握る力が既に強く、超パワーの使い手の鱗片が感じられた。


「あ、悪い! よく握手をすると力が入ってしまうんだ」

「大丈夫! こちらこそよろしく」


 挨拶を終えると、


「それじゃあネカル、早速だがお前の腕を見せてやれ」


 リゲルさんが空を指差す。その指先にはとても大きな岩が浮いていた。おそらく千メートルくらい上空。ネカルもそれを見上げた。


「あんなところに。相変わらず訓練用にいじられた星でも、この違和感には慣れませんね」

「色々言わずに早くやってくれ」

「了解」


 リゲルさんにネカルから距離を取るように言われたので、足早に離れる。


 ネカルは二、三回軽くジャンプをすると、その場に屈みこむ。次第に彼のふく

らはぎが光りはじめ、地面にひびが入る。さらにネカルの体からは蒸気のようなものが出始め、その瞬間は突然やってきた。


 脚を伸ばしたネカルが目にも止まらぬ速さで上昇する。あまりの速さにこちらにまで爆風が襲いかかる。


 一瞬で目標の岩まで到達したネカルはさっきのふくらはぎのように右の拳を光らせて、岩にぶつける。粉々になった岩の破片が俺たちのいるところにまで大量に降り注いだ。


 着地を決めたネカルはドヤ顔でこっちを見る。


「ざっと、こんな感じ」


 あまりの力強さに俺は無意識に拍手を送っていた。リゲルさんも拍手を送りながら、


「ここまで出来るようになれば文句なしだ。まあ、こんなに速く動けなくても、あの岩を壊せるくらいの力は身につけてほしい」


 と、俺に説明する。予定の一年まであと二か月。そんな短い期間で俺はこの力を仕上げなければいけない。


「昴介青年は焦っているだろうけど、焦ってばかりじゃ力はつかない。確実に一歩ずつものにしていこう」


 こうして俺の修業にネカルも加わり、最後の追い込み期間に入った。


 いつもの体力づくりトレーニング、火炎魔法、氷結魔法などの訓練に加えて、ネカルの特別講習。


 絶対に琴を助ける。その想いだけを胸に修業へ打ち込んだ。


 そして、修業を始めて一年がたつ。


「さて、昴介青年。最終試験だ。俺がここに来たときと同じ大きさくらいのあの岩を超パワーで壊してみるんだ」

「おう」


 脚に力を入れ、地面を力強く踏む。脚の全神経に意識を集中させ、力がみなぎったところで跳ね上がる。一秒で岩までたどり着き、余っている力を拳に集め、岩を粉砕した。超パワーを使って月くらいの大きさの岩石を破壊することに成功したのだ。ついに完全に習得したのだ。


 粉砕した拳を見る。随分と角張っていた。一年前とは全然違う。


「二か月でこんなに……昴介青年は成長が速い。本当に人間? 実は星でしただなんてことはない?」


 ネカルは目を丸くしながら俺に冗談を言う。そんな様子を見ていたリゲルさんも、


「よく頑張ったね」


 と、俺を強く抱きしめた。この一年間、リゲルさんは厳しい母親のような存在として俺に接してくれた。感謝してもしきれない。


「ありがとうございます。リゲルさんのおかげです」

「何言ってるんだい」


 とリゲルさんは笑う。

「ネカルも今日までありがとう」

「こちらこそ。愛の力、見せてもらったよ」


 ネカルは俺の胸に拳をぶつける。なんだか照れ臭かったが、これからが本番だ。


「予定の一年で全ての魔法を習得した。つまり、これからでもシェリーのところへ行けるということだ。どうするかい?」


 俺はリゲルさんの瞳を見ながら力を込めて言った。


「今すぐ行きましょう」


 喜ぶのはシェリーを救い出してからだ。


 ネカルと別れ、俺とリゲルさんはスラファト一家がいる星へ行くために。再び

銀河鉄道へ乗り込む。


 ウィリアミーナは一年ぶりの俺を見て、「頑張ったんだね」と言ってくれた。その言葉はいつもと違って彼の本心からの言葉のように思えた。


 訓練をするときも、食事のときも、寝るときも、いつも琴のことを考えていた。何時間、いや何百時間だろうか、長い時間だった。


 培ったこの力で必ず琴を救い出す。ようやくそれができるのだ。


 恒星・スラファトに着いたことを伝えるアナウンスが車内に響き、停車する。


「それじゃあ、行くよ」


 リゲルさんが立ち上がり、俺もそれに続く。


「はい」


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