探しモノ

この浜には変な男が来る。


水草のようなじっとりと湿った長い髪をして、いつも海に向かって網を投げている。上背も相まって初めて見たときは妖怪かとも思った程だった。そんな姿をいつもなんとはなしに眺めてはいるけれど、魚を取って帰ることはない。網にかかった魚はいつも、その太い指からは想像できないほど丁寧に外され、海に帰していた。


ついに気になって何をしているのかと声をかけた。水草のような髪は近くで見れば見るほど水草そのもののように見えた。


「俺の髪をこんな風にしたやつを捕まえるのさ」


男はちらりと視線をこちらにやってそれだけ言うとまた網を投げ、回収する作業に戻っていった。それからは時々、私は男に話しかけた。男の口数は決して多くはなかったが、ぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。


例えば、男は鍛冶屋だということ。

例えば、いくらか前に恋人に逃げられたこと。

例えば、その恋人のために指輪を作っていたということ。


ある日網にこんな所ではありえないほどの大物がかかった。男の太い腕でさえ引き上げるのがやっとなほどの大きな獲物だ。跳ねた尾びれから見るに人ほどの大きさがあるだろう。男はその獲物が足の着く深さのところまで来るとジャブジャブと濡れるのも構わず海に入っていく。


獲物を抱きかかえる男を見てそれが男の探していた相手なのだとわかった。どんな相手なのだろうと覗き込むとそこにいたのは女だった。濡れた髪も朱のさす頬も人のそれであるはずなのに、足は見えずただ大きな尾びれがあるだけだった。


女は逃げ出そうと藻掻くが男の腕はそれを許さない。長い間探していた相手なのだから当たり前だ。


男が女に何か言うと女は驚いたようにおとなしくなる。やっと観念したのだろう。男の手が女の首に伸びる。しかしそれは締められることはなく離れていった。


その首には細い鎖に通された指輪。男はそれを見て泣き出した女に強引に口づけると、こちらを振り返って手を振った。私もそれに振り返す。


それから男も女も浜へは上がってこなかった。


代わりに一度だけ沖の方で二つ並んだ尾びれが小さく見えた。

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