第42話 道程

それはイシェスに攻め込む、その最前線

テントの中にて


「マリアあああああああ!!」


「ちょ、や、離して下さい!カーネリア!」


前世の名前で呼び合う二人がそこに居た


「いい加減にしないか、ナターシャ…」


「だって、だってよ!マリアにまた会えるなんて…」


「エリーシュは私の妹なんだがな…」


「それはそうだけどおおお」


はあ、とため息をついて放置することを決めた


「あのぉ、アエリア様…前世の記憶っていうのもわかりましたけど、あの二人の関係って?」


「マトラ、君の持ってきた絵本には書いてあっただろ?」


「ええ、まぁ…こんな感じだったのかと少し‥」


「それはまぁ、な」


カーネリアはアリエッタの軍において防御力が非常に優れていた

ゆえに、回復や強化魔法をかけるマリアを護ることが多かったのだ


そしてそれは絵本の中でも美談として書かれていることが多かった




「女騎士カーネリアは己の負傷など気にもせず、万の軍勢から聖女を護り通した

それも一度ではない


五度、少なくともそれだけは確実だ


その最初の一度目はグランフラッド防衛戦だったという…」


そうマトラはそらで読み上げた


「さすがよく覚えているな、マトラ」


少し恥ずかしがってから、咳込む


「はい、好きなお話ですし」


「まぁ殆どその通りだったよ。万は居なかったとおもうがそれでも数千の軍勢だった。あの頃は今よりも人間が多かったからな…戦争も大規模だったよ」


「400年前の時代、ですか」


「当然、人間が多ければその分優秀な人間も出てくる。先日の逃走の鬼の様にな…」


「そうですね、ん!もうちょっと離れてよ!もう!エイル・マルスェルトは多分生きてます。手ごたえはありましたけど、死体は確認できていませんから」


「え?そうなんですか!?フリッツとソニアの尋問と、その調子からすっかり死んだと思ってますよ?」


闘争と逃走の鬼の名は伊達ではないらしい

圧倒的な戦闘力をもちつつ、分が悪いとみると撤退、しかも確実に逃げ切っていたという


「まぁ傭兵の類ですけどね。だからもうイシェスからは離れているでしょ…今頃、ノーチェスに自分を売り込んでいるかもしれませんね」


「そうなんだよなぁ。手傷は負っているだろうから隠れていると見せかけて、気づいたらあいつ、こっちの陣営にいたりするんだ」


「戦えればそれでいい、って娘でしたからね」


「ちなみに私との相性は最悪だったわよ?盾の聖剣が苦手みたいだし」

割り込んできたのはナターシャだった


「そうだな。私の盾でも退くくらいにはカーネリアの盾が嫌いのようだ」


ナターシャ=カーネリアの聖剣はシールドタイプだ。

トラウマになるほどカーネリアにはやられたらしい


「まあ何にせよ、私とエリーシュ、ナターシャが揃ってしまったな」


「あとはエズラですね。彼女はもう参戦する理由はなさそうですけど」


そうエリーシュは言った

エリーシュはまだ15であるが、前世の時はこの中でも一番年上だったのである

その序列は今でも有効の様で、アエリアもナターシャもエリーシュが話す時にはよく耳を傾ける


まあ、ナターシャはエリーシュ、が大好きだった事もあり、よく甘えるのだが……

親子逆なんじゃないの、とマトラは思った


「まあラライラも前世の記憶がありはするだろうが、呼び起こされる様な事がないと願うよ……死にかけないと戻らない記憶だし、そもそもラライラは戦闘は得意ではなかったからな」


そう言えば以前、アエリアについて行くと決めた時にその話をされた覚えがあった


「ん?ラライラちゃんも誰かの転生なの?」


そうか、二人は知らないのだったなとアエリアはリメイの話をする


「リメイさんでしたか……まあ、圧倒的なカリスマ性が彼女の持ち味ですからね…」


「そうだなあ、それに優しすぎる」


「まあ、たとえ目覚めてもリメイは聖剣魔法が使えなかった。ならば今でも十分だ。ラライラの聖剣魔法は特別だからな」


「確かに、聖剣魔法が使えても飛ぶだけ、なんて如何にも彼女らしいとも言えますね」


エリーシュは笑ってそう言った





さて、その翌日である


イシェスにある最初の砦だ

グライドルの砦と呼ばれるそこはかつての戦場後だと言う


そこに居たのはたった一名の騎士だった



「ようこそ、お待ちしてました」



背の高く、短く切りそろえられたその黒髪はイシェスの人間だとわかる


「一人か、なぜだ?」


アエリアが問う


「まぁ、うちの王様の指示でね…アリエッタとカーネリア、マリアが相手ならば数は意味がないと言われまして」


「ほう」


「それで一つ、私が出張ってきたわけです。騎士である、サージェと申します」


「いいや、違うだろう?お前が王だ」


アエリアはそう言い切った

それにビクリとする


「なぜそうお思いに?」


「そうさな、私には魂が見えるんだ、色だったりとか、匂いのようなモノだとか」


「それで何がわかったんでしょうか」


「悪いな、イスカルテ…お前だと直ぐに分かったよ」



後ろでマトラが驚く

イスカルテ・ドルムントの事ですか!?と、それはアリエッタの絵本の中でも後半である20巻に記載されていた「敵」の名前だった


確か、巨大な熊の霊獣を従えた天才剣士の名だった


「分かっていましたか…アリエッタ」


「当たり前だ、何度戦ったと思ってる?そのたびに逃げられて戦争が終わらなかったからな」


「思い違いでしょう、逃げていたのは貴女だ」


イスカルテは笑いながら言った



「イスカルテ、何が望みだ」


彼が一人ここに居ると言う事は何が目的があっての事だとアエリアは思った


「簡単です。私が勝てば貴女を貰いうける、私が負ければ首を撥ねるなり、棄てるなり、こき使うなり好きにして下さい」


アエリアはため息をついた


「はあ、後悔するぞ?」


「それは貴女です」


二人は魔力を練り上げる


「「聖剣解放」」


同時に声が重なった

そして戦いの火ぶたは落とされる



「なぁマトラ」


「なんです?ナターシャ様」


「イスカルテの敗因は何だと思う?」


今剣戟を始めたばかりの二人の戦い、それの、しかも相手の敗因を述べろと言う

しかしそれにマトラは答えることが出来た


「非常に分かりやすい答えがありますね…イスカルテは…強いけど、今のアエリア様からすれば弱すぎます」


「それは何故だと?」


「だって、アエリア様が彼に勝って手に入れた聖剣がありますから。それを使うのであればイスカルテに勝ち目はありませんよ」


「正解だ。ほら、もう決着がつくわよ」


言葉の調子がナターシャの物に戻った

見ればもう、目の前は決着がついていた


ものの1分程度、それだけだった



「なん、で…それを」


「お前から貰った剣だよ。単純にこれは私と相性がいい、炎の剣だ、ありとあらゆるものを焼き尽くせる。だからお前の剣を焼くのも簡単だろう?そしてそれが相打ちだったのならば、私は他の聖剣を用いればいいだけだ」


「なるほど…合理ですね。さて、負けましたので殺してください」


「なぜだ?お前には働いてもらわねばならん。子悪党程度なら切って捨てるが、イスカルテ、なんせお前は優秀だからな、働いて貰いたいのだよ」



「何をする気です」


ゆっくりと起き上がるイスカルテ


「新しい大陸を見たくないか?」


その言葉にイスカルテは目を見開く


「まさか、噂は本当なのですか?ノーチェスがはるか南にあるという」


「ああ、本当だとも。後ろに居たマトラとラライラ、そのラライラの父親が霊鳥を飛ばしてきた。その方角と、速度、かかった日数を計算して出した」


「なるほど…ふふふ、我々が争って、利などなにもないと」


「その通りだ、頭のいい奴は理解が早くて助かるよ」




そして、その後アエリアはイシェスを傘下に収め、そのままサウセスはなし崩し的に傘下に収めた



今回、アエリアは二年もかけず、大陸を統一してしまった。

それは前世の経験あっての事であるが、殆ど死人が出なかった統一戦争だった



再びこの大陸に女帝が現れた瞬間であった



4大国を統一してまず始めたのは暦の統一だった

大陸歴とし、その元年となる

そして通貨の統一、図りや長さ、距離、速度などもすべて同じものを使用することにした

それによって、技術という技術の相互共有も図られる


この大陸にすむ人間が一つになって南の大陸を目指すという目標に向かって歩き始めた年でもあった








「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」


産婆が赤子を抱き上げる


「元気な女の子ですよ、アエリア様」


子供を産むという、前世でも出来なかった大仕事にアエリアはうっすらと涙を流した

ランスロットとの子だ


「すごいな、赤子というものは…こんなに小さいのに大きな声で泣く」


「ふふ、ちょっと元気すぎますけどね。抱かれますか?」


「ああ」


アエリアは気を使って、大切に我が子を受け取る


「ふふ、くしゃくしゃじゃないか。女の子か、名前はランスロットともう決めてある」




「君の名前は、アルネリアだ。元気に育て」




アエリアは、泣きじゃくる我が子を抱いて優しくそう言った




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