嫌われ令嬢の前世は最強の女帝

第35話Lancelot vol.3 Prince of Aeria

長男ランスロット、長女マリアに続いて次男になるライザッハを産み落とした後三人の母であるナターシャは命の危機に陥る

もともと体はさほど強い方では無かったが、弱すぎると言ったことも無いはずだったのだが、ライザッハ出産時における出血多量で意識不明になる

そこで父であるライアンは必死に様々なつてを頼り、回復魔法が使える者、また様々な回復薬をと、方々に手を伸ばしナターシャの命を救う為に奔走した

結果、ナターシャは無事に命を取り留めた

ひと月程眠っていたナターシャが目覚めて、そしてその第一声は

「お腹空いた……ごはん……」

だった

みな、笑いながら泣いていたのをランスロットは覚えている

ランスロット、12歳の時の事である

それからしばらくの後、ナターシャが少しづつ回復していた時ランスロットは庭で剣を振っていた

道場では既に敵無しだった彼は、一人で鍛錬する事が増えていたのである

そしてそれを果物を食べつつ眺めていたナターシャ、そして母に良い所を見せようと鍛錬を見せつけるように頑張っていたランスロットにナターシャが言った

「ね、ランスロットは何を目指しているの？騎士にでもなりたい？」

「ええ、そうです！僕はこう見えて強いんですよ！」

当時のナターシャがランスロットの練習風景を見るなどは無かった

それが今日はナターシャが見ているため、ランスロットはうれしくてそう答えた

「そうなんだ。そんなお遊びみたいな剣で騎士になれるものなの？」

ナターシャはそんなランスロットに冷たく言った

これには、ランスロットも顔を赤くしてカチンとくる

「お母さまには分からないのかもしれませんが、お遊びとは心外です。道場にはもう僕の相手になる者がいないのでこうして一人で訓練しているのですよ」

語気を強めそう言った

それに対して、あっさりととんでもないことを言い出すナターシャ

「ふうん。だったら、お母さんがおしえてあげようか？」

ランスロットは一瞬、母が何を言っているのか分からなかった

母は体が弱い。それは体力的な部分も含めてであった

母が武芸を嗜んでいるなど聞いたことも無いし、そもそも母は花が好きで育てている姿しか覚えがない

「え！？そんな、出来るわけないじゃないですか！危ないので止めてください！」

しかしランスロットの静止も聞かず、その場に在った本物の剣と重さだけは同じである刃のない剣を持つと

果物の残りをしゃくりと食べきる

「さて、久々だから加減できるかな？」

そう言ってランスロットにぬるりと歩み寄るナターシャ

ぞくりとしてランスロットは思わず剣を向けて、さらに振り、しまったと焦る

当たってしまう！

そう思った瞬間だった

ナターシャがそのままゆらりと剣を躱して側面に回り込まれる

それに追随しようとしたランスロットの身体は硬直したように動けない

目や、頭は反応できているのに体が動かないのだ

それが技術によるものだと気付くにはランスロットはまだ未熟すぎた

そして、ナターシャの剣がランスロットが必死に防御に回した剣の上からたたきつけられて

「ぐっ！！！」

ランスロットはなすすべもなく簡単に吹き飛ばされる

なぜ、こんなに力が強いのかランスロットは混乱する

「あら？これに反応できるのね。ランスロットも筋はそこそこいいじゃない」

そんな事をあっけらかんとナターシャは言う

ランスロットはみじめにも吹き飛ばされているというのに

「ほら、ランスロット構えなさい。もうすこし遊んであげるから」

それが、いまだお遊びの域にあるとでも言わんばかりの言い方で

ランスロットはよろよろと立ち上がり構えるが、心の中はふざけるなと怒りに燃えていた

そんな、ナターシャとランスロットのお遊びが暫く続いた

一年もする頃にはそのお遊びに慣れて打ち合う事も出来るようになる

ナターシャは強い

ランスロットは体に、心にそれが染みついた

それはたまに行われる道場での試合にも現れている

いかに勝利しようともランスロットは笑顔を見せなくなっていた

それどころかいつも何かに怯えている様にも見えたのだ

そんなある日のこと、ナターシャがランスロットに一つ魔法を教えると言った

「聖剣顕現」

ナターシャの周りにふよふよと1枚の盾が浮いた

ランスロットがいかに攻めようといくら剣がその盾が全てを弾いた

「これが聖剣魔法ね。その上にもう一つ開放があるし、なんならそこからの派生もあるから」

ランスロットはその後、めきめきと剣の腕を上げていく

そして100年に一度の天才と周りからは言われるものの、その心の中ではナターシャに勝てない自分が強いとはどう考えても思えなかった

目標は、母を超える事。そして、認められたいとも思っていたのだが

アエリアに再び出会うまでは…

母に似た雰囲気があったといえば、あったのかもしれない。底の見えない強さを感じる事もある

だが、それ故にか彼女に惹かれている自分が、そこに居たのは間違いないのだった

それが、母親に、ナターシャに気づかれる事でこんな事になるとは

◇

「え？私の名前はナターシャよ？カーネリアだなんて…あなた、誰？何者なのかしら」

嗤うその顔はまるで鬼神の様な闘気を孕んできていた

「そうか、久しいなぁ…私もカーネリアにはずいぶんとしごかれたモノだが…」

それに怯えることも無くアエリアがそう言って剣を構える

それはナターシャにも見覚えのある剣術の型だった

「いいわ、私が少し遊んであげる…聖剣顕現」

ナターシャがそう言うと盾がふよりと浮き上がる

いきなりの顕現、ナターシャは油断していない。目の前の少女がそれをするだけの力があると構えだけで見抜いているからだ

アエリアはそれを見て

「一枚、か。舐められたものだ」

「なんですって？」

「その盾、せめて10枚は必要だろう？私の相手をするのならば、な」

アエリアの背に、幾つもの武器が浮き上がるそして、ナターシャとまったく同じ盾が二枚、左右に浮かぶ

それを見たナターシャは嬉しそうに、泣きそうな顔で…いや、涙を流して泣いていた

無詠唱で行われた聖剣顕現、見覚えのあるそれを使う人間は一人しかいないから

「ああ、本当にそうだ。1枚では足りそうにないね…いくよアリエッタ、聖剣開放・華」

「来るがいいカーネリア。聖剣開放・業火」

ナターシャの生み出した盾が肥大する。そして、何枚と数える事すら出来ない枚数で展開されていく

さくりと生み出される盾の枚数は実に50枚を超えた

対してアエリアの背にあった武具は消滅し、1つの盾と1本の剣を残してその背に燃え盛る炎の翼が生える

「鉄甲・黒鉄」

ナターシャの追加詠唱でその両手には黒い手甲が装着された

盾は死角を覆うように展開されており、鉄壁の守りを実現する

鉄壁の護りとそれを文字通りの盾とする戦い方がナターシャの戦法だ

そのままアエリアに殴りかかり、アエリアの前にある盾を粉砕

隙が出来たとばかりに追加詠唱「剣」でその手に大きなバスターソードが握られる

そこにアエリアの炎翼が目くらましとばかりに膨らんでその炎は盾の隙間を縫って侵入し、盾に囲まれていたナターシャの傍で爆ぜる

ナターシャの服を焼くが、焼かれた衣服の下からは白い鎧が現れた

それはランスロットの鎧とよく似た輝きを放っている

アエリアのその手に握られた剣でバスターソードを音もなく切り取ると返す剣でさらに盾を切り裂いてそこの隙間に追加詠唱「矢」で炎の矢が撃ち込まれる

ナターシャはその矢を、切られたバスターソードの柄を投げつけて相殺、その隙に瞬時に盾を復元する

意識を削がれた隙を使われた、ナターシャの目の前に居たアエリアが居ない

「後ろぉ！」

ナターシャは叫びながら回転・そのまま手甲で殴りつけるがアエリアの復元された盾で防がれた

この間、わずかに数十秒

視覚を強化していたその場にいたマリア、マトラとラライラ、爆音で気が付いたランスロットがその戦いを目にしていた

「なに、あれ…」

マトラが呆然とする。アエリアの炎の熱がすぐ近くまで焦がしている、そんな力があるのかと

「くっ…お母さまとアエリア様が戦っているのか…あの動き、信じられん…ほとんど見えいとは……」

「ランス兄さん！大丈夫ですか!？」

「すまない、かなり回復した…お母さまの、いや、あの人の周りには…盾による常時展開の結界で重さが数倍になっているはずなんだ…相対した相手はかなりの重さにさらされている、それなのに対等に打ち合えるなど」

「お、重さですか？」

マトラは驚く

それは重力魔法だと気づいたからだ

風の魔法で空を飛ぶマトラ、しかしもっと速く何にも影響を受けず飛ぶ方法がある。それが重力魔法だ

その扱いは難しく、失敗した場合のダメージも大きい

その力が、あの一帯に掛かっていると言う

「そうは、見えませんね…」

「俺の聖剣魔法は速度の向上だ、それがあの結界にかかると一般人並の速度に落とされる、だからその力の合間を見つけて縫うように、一撃与えて離脱を繰り返していたんだが…あれを見る限り、それは間違いだったようだな」

「あー、ほんとだ、力に隙間がある」

呑気なラライラは言った

「ラライラ、見えるの？」

「うん。それに…アエリア様は…、ひょっとして時間の流れを操ってる？」

ラライラには見えている、それが彼女の持つ才能、力なのだろうか？よく見ればラライラは聖剣顕現を行ってマントを纏っていた

その力で二人の戦いを見ている

なるほどとマトラもマリアも聖剣顕現をする

ようやく二人の戦いが視認できる眼になった

見ればー

「え、歪んで？」

アエリアとナターシャの周りの空気というのか、空間が歪んでいるように見え始める

「まさか、力場が光さえ歪めているの！？どんな魔力よ！」

音さえ届かなくなるその強力な力場がどんどんと力を強めていくのがわかる

「アリエッタ、この時代にいたんだな」

「お前もなカーネリア、居たのか。ランスロットの魔法がなぜあの時代の聖剣魔法なのか分かったよ」

「ふ、ん、まだまだ未熟だけどね」

「その様だ！聖剣開放、煉獄」

その炎は全てを焼き尽くす

放たれた魔法さえ、その与えられた魔力さえ全てを

しかしナターシャの魔力はその炎に抗う

「甘い！私の盾全て焼ける程の力を感じない、鈍ってるわね！」

「さて、それはどうかな！」

アエリアが剣を振るう度、その舞う数十枚の盾は音も立てず霧散してゆく

その度に盾の生み出す力場は少しづつ無くなっていく

そしてアエリアは力場から解き放たれ、速度が上がるそのままにナターシャの首筋に剣を向ける

ズンッ

轟音と共に、二人を中心に大きくクレーターがその力の大きさを表すように生まれた…