第21話ツィーグ・ミオマ

最近はどんどん脳筋になりつつあるマリアだが、アエリアと出会った頃は短かった髪も随分と伸びて女性らしくなってきている


そんな事もあってか、アエリアからも髪飾りを贈られた


まあ、髪飾りに剣と盾の意匠が掘られているあたりよくマリアの好みが分かっているのだが




そんなアエリアとマリアの二人は今、ミオマ領ツィーグの畑をウロウロとしていた


「あ、居たぁ!叔父さーん!」


アエリアがぶんぶんと手を振る

そんなアエリアの少女のような振る舞いにマリアはぎょっと驚く


「アエリア様…そんな顔できたんですね…」


「何を言う。これが素だぞ?」


アエリア本来の、とは言わなかった


「今私は恐ろしい物を見ている気がする…」


そんなアエリアの無邪気な姿なんて初めて見るマリアは怯えてしまう

違和感が物凄いのだ

体がふるえ、眩暈がして、人間不信にすらなりそうな予感が


「お前、今何を考えている」


「ハッ!すみませんアエリア様」


すこしばかりおどけながら、二人はツィーグに近づいていく

麦わら帽子をかぶりしゃがんで土いじりをしている姿のままのツィーグにはよく聞こえなかったようだ


「叔父さん、来ました。お久しぶりです」


後ろから話しかけるアエリアに、立ち上がって振り向く


「んぁー、アエリアか?よくきたなぁー・・・・・・」


手に持っていた、今抜いていたであろう雑草のたばをぼとりと落とす

そしてそのまま後ろ手にぺたんと座り込んでしまった


「こ、こりゃぁとんでもねぇ。ば、化けて出たんか…姉ちゃん…もしかして姉ちゃんのケーキ食べたこと、まだ恨んでるのか?」


真っ青な顔をして震えるツィーグ、その表情は真剣だ


「化けて出てませんよ、私です、アエリアです…といいますか、ケーキ食べられたくらいで恨んで出ませんよ」


そう言ってくすくすと笑うアエリア


「いんや、嘘だ、姉ちゃんは俺がクッキー食べただけで土蔵に3日閉じ込めた!信じられんな!」


「お母様…何やってるんですか…」


「ふふふっ」


「マリア、笑うんじゃない」


「は、はい…でも、ひひっ!だ、だめ!面白すぎて!」


「はぁ、もういい。とりあえず叔父さん、立ってください」


そう言ってアエリアはツィーグの手を引っ張り上げて立たせた


「うおっ!しかしまぁ、ほんにアエリアかぁ…二年前にあったときはめんこく肥えてたのになぁ‥まさか姉ちゃんそっくりになっちまってるなんて」


「やっぱり似てますか、嬉しい事です」


「ああ、姉ちゃんが生き返ったみてぇだな…」



そう言ってじわりと瞳を潤ませ、そして泣き始めた

アエリアはツィーグを落ち着かせるまでそれなりの時間がかかったのだった






三人は屋敷に案内される、家に入るとそこにはツィーグの妻のサァラが出迎えてくれた


そして軽く歓迎を受けたその夜の事に落ち着いて依頼を告げる



「ほんで、アエリアはワインが欲しくてここにきたんかい?」


「ええ、そうです叔父さま。この地に伝わるヴィスワイン、確か作っておられましたよね?」


「ああ、作っとるで。今年は豊作でな、なんぼでもあるで。んで、どんくらい欲しい?つっても、まだ今年はまだ瓶詰しとらんからなぁ」


「なるほど、では樽で4つ。それでお願いします」


「ほええ。えらい飲むんじゃな、ヴィスワインを指名しとるってことは、あまり日持ちせんということも知っとるのか?開けたらすぐ飲んでしまわんといかんぞ?樽のままなら良いが、ありゃ開けて1週間もすれば酸っぱくなってしまうでな」


「かまいません。あと、輸送は心配しなくても大丈夫です。私が手配しますので」


そこまで言ったところで

マリアは以前の事を思い出す

ああ、またスケルに背負わせるんだなと…


「そうけ、なら明後日には用意させよう。そん代わりと言っては何だ、明日の宴会にはでてくれな?」


「ええ、かまいませんよ」


叔父はとても善い人だ。善すぎると言ってもいい

そんなだから、アエリアはツィーグに懐いている


離れの屋敷に行っていた間もツィーグは2,3年に1度は会いに来ていた

母の弟、というのもあったかもしれないが父よりもアエリアを心配していたし、理解してくれていたように思う


感謝している、だから叔父の頼みは聞けるだけ聞くと決めていた





翌朝早朝、中庭にてマリアは剣を振っていた

ただただ無心に


そしてそれが2時間もする頃には流れていたはずの汗も無くなる

それでもマリアは基本の型を繰り返していた



「なかなかマリアの自力も上がってきたな」


一通りマリアの型をみて、アエリアは言った


「そう、ですかね」


「魔刃ももう問題なかろう?」


「ああ、それはそうです。さすがにアエリア様にあれだけ指導していただきましたし」


「じゃぁ次の段階に移ろうか」


「次の、ですか?」


「魔力による身体強化だな」


「ええっと、身体強化(フィジカルブースト)ですかね?それなら使えるんですけど」


「あんな魔法、役に立たんだろう?いちいち魔法を唱えないといけないし、強化倍率も一定だ。無駄が多い、もしかしたら詠唱破棄できるかもしれんが、それでも一定倍率以上には強化できんから意味がない」


「意味がない、とは?強くなるんですし、無意味とは言えないのでは…」


「ふむ、それじゃあ見ておけ、これが私の言う魔力による身体強化だ」


そういうとアエリアの体がうっすらと蒼く光った気がした

その光が収まるかというわずかな間にアエリアを見失う



(いない!?どんな速度で動いたのよ!?)


くるくると周りを見回すが、アエリアは居ない

それどころか足音すら聞こえなかった気がした


「ほら、マリア。見えなかったのだろう?」


「え?あ、あれ?」


いつの間にか元と同じ場所にアエリアは立っていた


「そもそもだな、魔法の身体強化というのは筋力や持久力は上がる。しかしながらこれには大きな欠点がある。それが理由で、強化の倍率を上げることができない」


そのままアエリアの説明を聞くと、要はこういう事だった


動体視力、つまり目の強化は別で行わなければいけないということ


身体強化(フィジカルブースト)とは別の魔法で目も同時強化など無駄も良いところだと


ところが、アエリアのやり方であれば全てを強化できるという事だった

それこそ反射神経、脳の応答速度すら


「であれば、無敵の様にも思えますね」


「そうだな相手がこれを知らない場合はな」


「これが出来ればランス兄にも追いつけますかね…」


時折見せる、ランスロットの加速、剣の速度…それは未だにマリアには見えない


「不可能ではないが、それでようやく同じステージに立ったといえるな」


「そ、それはどういう意味ですか?」


「それはランスロットもこの身体強化をしているという事だ。アレは本当に天才だとおもうぞ?話に聞く限り、おそらくはだが幼少の頃から使えていた節がある」


それは無意識にという事で、鍛錬すらせずに習得しているという事である

もしマリアが使えるようになっても、練度という部分では追いつけないという事でもあった


「まぁとりあえずは教えてやる。いつでもできるようになればそれこそこの先もあるからな。アノ天才を超えるにはそこまでやるしかないだろう」


そう言われてマリアは失いかけたやる気が戻ってきた

我ながら現金なものだなと、自嘲する


そしてその朝に、マリアは魔力による身体強化を覚えたのであった



以外にすんなりと出来たと思うが、ただ練度と言われる意味が分かりもした

全身均等にとかが難しいのである

魔法であれば綺麗に全身を覆う力であるが、それをすべて自分でとなるとなかなかに難しかった

こればかりは修練でなんとかするしかない



夕方になり、いつの間にか庭に作られていた宴会会場にちらほらと人が集まってきている

今回の主賓であるアエリアは屋敷内にてツィーグの妻のサァラに着飾られているところである

ついでにとマリアも巻き込まれているのは同伴している以上仕方ないのだが、私は結構ですと逃げ回っていたのにアエリアに付き合えと捕まって、結局同じように着飾られた


ツィーグとサァラには二人の娘がいるのだが、今は王都にて学園に通っているため不在でありその代わりにされた感は強い

だが、ツィーグやサァラにとってアエリアは姉の忘れ形見であり、娘と同じように一番大切な存在であった


だからアエリアは、喜んで着飾られていたのである

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