第6話公爵家当主と騎士の姉

エリーシュとライが帰って行ったわずかその翌日


まだ夜明け前だと言うのに、ジンは慌てて指揮を執る


「ワインは全て地下のセラーへ、食材…野菜などは全て厨房で構いません」


朝早くから馬車が数十台、使用人が追加で30人は来ている

急に慌ただしくなった事にもちゃんと対応できるあたりやはりシャル家の執事は優秀だった


これらの騒ぎはこれからこの離れの屋敷にその本来の主人が訪れるからだ


当主であるシルバはこの国の公爵である

上に大公爵がいるとはいえ、それでもかなりの権力者であることに間違いはない


持ち込まれている酒や食料、それらは誰も手をつけないかもしれない

それでも、主を満足させるためだけに用意されるのだ



涙を堪えたメアリの前には、10人ものメイドがずらりと並んでいる


本屋敷から送られて来たメイド達だ


その中の1人がぺこりと頭を下げて


「メアリ様、本日から暫くの間ですが宜しくお願い致します」


そう言ったメイドは長年シャル家に努めるメイド長だ

だがこの離れの屋敷では、メアリの方が立場が上になってしまう

元々居たメイドはすべてアエリアが解雇してしまっているためにメアリがそんな立場に置かれているのだ


「は、は、はい!宜しくお願い致します!」


メアリもぺこりと頭を下げる


本来ならば指示する立場になったメアリだが、人を使う経験などないため結局メイド長が指示を出すことになるのだが、いかんせん経験がなさすぎる

だからメイド長はちょうどいい機会とメアリにメイドとは何かを叩き込もうと思っていた


また庭師や大工など様々な人材と、物資が送られてきていた

痛んでいる屋敷に主を迎える訳にはいかないのだ




アエリアはといえば何もする事がない

気持ち的には手伝いたいという事があるのだけれど、それは彼らを緊張させてしまうし下手をすれば彼らが当主シルバに叱られる可能性もある


でも見ていればやりたくなってしまう


それでどうしたかといえば、図書室に逃げ込んで目に触れないようにして我慢していた


ただまつのも暇なので話し相手を探していたところ、ちょうど良い人間がいたのでひっぱりこんでいる


雑用係のルドルだいつも庭の手入れや大工仕事を担っていたが、今日は本職が来ている

だから所属不明のルドルは今日においては暇だったのだ



「まったく、お父様にも困ったものだよ……今日来るからと使用人をこんなに大量に送り付けてくるなんてな」


「はあ……わも、こんなに他の人見たの久々です」


「すまないなルドル、愚痴に付き合わせて」


「いえ、いいんです、わは、人多いの苦手なので」


ルドルは田舎生まれの女の子だ


初めはメイドだったのが、庭師が消え、大工が消えていくのでその代わりができると言う事で雑用係になった経緯がある


ここ最近はアエリアが庭の手入れをする手伝いとか、主にアエリアの手伝いをするようになっていた

今のさっぱりとした性格のアエリアは彼女を気に入っているし

そしてルドルもアエリアを慕うようになっている


「しかしルドルは凄いな、植物の扱いに大工、狩猟でも罠を使う、生活能力が高い」


「小さな頃からしとりましたから、田舎の子なら誰でも出来ます」


「そんなものか?」


「はい、そんなものです」


ふうんとアエリアは笑う


「ところて、良い人はおらぬのか?そろそろ年頃だろう?」


「わみたいな、田舎娘なんて相手にしてくれる殿方はなかなかいません。だから、もし貰ってくださる方がおるんならもう嫁いでおります」


「そうか、探してやろうか?」


「いえ、ええです、その」


何となく想う人がいるのだろうとアエリアは思ったのでこの話はここまでにする

本来であればルドルの立場で当主とこんな会話をする事はない、というかできないのだがここには5人ほどしかいない

家族みたいなものだよとアエリアは皆と仲良くしている


すでに家庭を持っているジンや料理人のドワイフには家族を呼び寄せたらいいのにと言うし

まだ若いメアリとルドルに対してはその恋愛関係を心配していた





「それにしてもここまで急ぎ来ることもあるまいにな……」



アエリアがそう言うと、ギィ、と図書館の入口が開いた








「ジン、お久しぶりです」


「貴方までおいででしたか…ナール」


「ええ、アエリア様が…シルヴィ様に似ていると聞かされれば来ない訳にはいきませんよ。先程アエリア様を見かけましたが、あれは本当に、なんと言いますか……」


「そっくりでしょう?」


元々ナールはアエリアの母のシルヴィ付きのメイドだった

それを今回シルバは気を使って誘ったのだという



「たしかに姿はよく似ておられましたね。本当に生き写しかと、ただ…それ以上にあの佇まいは異様でした。まるで国王のような威厳をお持ちになっているとは」


ナールは元々王宮勤めのメイドだったが、シルヴィがシルバと結婚した際にシルバが不足無いものをと引き抜いて公爵家でメイドをするようになっていた

今ではメイド長になっている



「国王、ですか。言い得てますね、しかしね、私は国王と言うよりも将軍の様にも思えております」


「ジンがそう言うのであれば、そうなのでしょう。貴方はもともと王国の軍属でしたね」


ジンは引退はして執事をしているが、その元々は国王軍で騎士、部隊長を務めていた男である


「それで、当主様はこちらにいつ?」


「実の所……はぁ、もう来ております」


左手で額を抑えるような仕草をするナールの表情は本当に困ったという感じである

それにすぐ驚きをあげるジン


「なっ!?」


「今はマリア様と共に変装して、屋敷や敷地を回っている様ですね」


「なんと、マリア様もおいででしたか」


「昨日戻られたエリーシュ様から話を聞かれた後、いきなりココに行くと申されてから私達は大慌てで準備、そして昨夜出立しようとした所、馬車に潜り込まれて居られた様です」


本当であれば、当主は今頃出立をする頃で昼頃に来るはずであった

だからこそ、ナール達は先んじて到着し、準備をしているのであるがその当主が潜り込んで着いてきているという。これではきちんとして主を迎えたかった使用人の立つ瀬がない



「それでは、もしかして」


「もう、出会っておられるかもしれませんね」







開いたドアから、まず一人の少女が入ってくる


アエリアはその少女と目があう

アレは見覚えがあるな……確か、ライの姉か


そして続けて一人の大男が入ってくる


美しい金髪の美男子

だが、その目は鋭い


はあ、とため息をつく

まだ心の準備が出来てないと言うのに仕方のない方だなとアエリアは思った


「お久しぶりですね、お父様」


アエリアは音もなくすっと立ち上がり二人を出迎える

ルドルはあわわと頭を下げている


「ルドル、ここはもういいからこっそり出ていきなさい」


小さい声で、ルドルを裏口から逃がしてやる

さすがに当主の前は緊張するだろうと気をかける


ゆっくりと近づく二人に、アエリアは目を細め、出迎える



「久しい、ですねアエリア。もう会うことはないと思っていました」


そう言うシルバの目は、大きく見開かれている


「似てる、と言っていたがここまでとは……」


「エリーシュに、何度か母様と言われましたからね」


「あ、ああ…」


これ程に驚いて貰えるのなら、早く会っても良かったかも知れないとアエリアは思う


「それと、マリアでしたか?ライの姉君だったか」


そうアエリアがマリアを見る目は優しい


「え……覚えて」


「最後に会ったのはもう10年前だったろうか?あの頃よりも随分と成長されたようだ」


「それはどういう意味で?この通り体は余り大きくなっておりませんよ」


「嫌味ととられたか?そうではないよ、その剣気、余程精進されたかと」


そう言い足すとマリアの表情が険しく変わる


マリアはすっとシルバの前に出る


「ご当主、これは本当にアエリア様でしょうか?」


怪しい、と言っている

当主のシルバに取り入ろうとするものは多い。それだけに警戒をする


「そう、か?」


未だシルバは、妻であったシルヴィに似ている姿に放心しているようだ

その姿をみてアエリアはくすりと笑う


それを見たマリアはさらに気に入らないと、気を、視線を強める


「アエリア様、わが愚弟から貴方がガドエス剣術を使うと聞いております、ひとつ御指南いただけないでしょうか?」


そう言ってすらりと腰のにある剣を抜くが


「ふむ、マリア、ここは本を読むところだ剣を抜くところでは無い。表に出ようか、庭の横に訓練場がある」


もっともの事を言われてマリアは不作法をしたと思い慌てる

その隙にアエリアはすたすたと外に出て行く


「うそ…」


マリアは斬るつもりで抜いた

殺気もだ

しかしうまく気をそらされてしまう

何も無かったかのように霧散させた、それがマリアには信じられ無かった


受け止めるではなく、無かったかのようにされるとは



そしてアエリアに着いていくと、そこは確かに訓練をした後がある


「ほら、木剣で良いだろう?」


放り投げられた木剣を受け取ると、マリアは少し離れて


「では、御指南お願い致します。聞けば奥義を使われるとか」


「奥義?そう言えばライもそんな事を言っていたな。だが、私の剣は我流みたいなものだ。ガドエスの剣には覚えがあったので、真似事をした迄だよ」


それにマリアはカチンと来てしまった


ガドエス剣術の、真似事だと!どこで知った、それにそんな簡単なものではないと頭にくる


「行きます」


マリアはその怒気をはらんだ剣をアエリアに向けると駆けだそうと前に重心をかける


「ほう、ライよりもかなり速いな」


その声は真横から聞こえた


目前に居たはずのアエリアはいつの間にか、右にいて


「そら、一撃目だ」


マリアはソレを何とか受け止める

アエリアはするりと左手に移動した

特殊な歩法で、ライはこれを見て体が硬くなった


だがマリアは体をアエリアに合わせ、回転する


「ついてくるか、成程。ライよりは随分と出来る」


「あの愚弟は才能にあぐねて稽古に身が入っていない、それで伸び悩んでいたからね!だが貴方がその壁を壊したというのか!」


二人は再び構え直す


「うむ、良い才能だな、あれは。さて、奥義だったな……どれの事か。まあいい、例えばこれか?」


アエリアが剣を縦に振り下ろす、鋭い一撃だ

それをマリア物足りぬといなすように、そっと剣を合わせる


「ほら、それでは斬れてしまうぞ?」


そういわれた刹那に


ザンッ


マリアの手にもつ木剣が、綺麗に切れてしまっていた

まるで真剣で斬られたように


「なっ!」


「甘いな、ほら、これで終いだ」


マリアの首筋にアエリアの木剣が突きつけられていた


「ガドエスは獲物は選ばんのが有名だ、そこらに落ちている棒でもまるで真剣の様に扱う」


「そんな……」


「ただ1つの魔法技術によって、それを可能にしたのがこれだ」


「それは裏奥義…魔刃…」


「こんなモノが奥義など笑わせる。こんなものガドエスの基礎の中の基礎ではないか」


「え」


「なんだ、知らんのか?伝わってないのか?まあいい、どの道これすら出来ないのであれば、この先は習得出来んだろうしな」


それを見ていたシルバは、アエリアの戦う姿に見惚れて、そして困惑している


あれらの母を思い出させてくれるその姿が、シルバの心を掴んでしまう

それと共に、マリアを打ち合うあれがアエリアかと思ってしまうのだ


そこから昼までの数刻であるが、マリアはアエリアに指南を求めた


マリアが魔刃と言ったその魔法を教えてくれと


しかしながら、マリアはその魔法の難易度ゆえに覚えることが出来ない


魔力と剣気を混ぜて発動するなど、そんな事が出来るかと匙を投げそうになる


しかし目の前のアエリアがいとも簡単に成し遂げる物だから、負けじと努力をするのだった



朝食を食べるのも忘れて鍛錬をしたので、さすがに昼食の時刻となり執事とメイド長が呼びに来た


そして今日は天気も良いと、そのまま庭で食べようとなったのだった


「アエリア、済まなかった」


改めてシルバは言った


「どうしたのです?お父様、謝らないで下さい、それに謝るのならば私の方のはずですが」


「いや、その、ここに閉じ込め、学園にも行かさず、社交界にも出さず」


「それは全て私の不徳が致す所、お父様が気に病む必要はありません」


「しかしだな、エリーシュには婚約者がいて、お前には」


「お父様、先程戦う私をご覧になられて婚約者が必要に見えましたでしょうか?」


シルバはぐっと押し黙った

確かに、あの剣技と力…強すぎるのだ

マリアが手も足もです、それどころか教えを乞うレベル


そんな女性がありていな貴族の令嬢として生活している姿など想像ができない

王国騎士団に入ったとして、その地位は筆頭を争うほどではないのかと思う


そうしてシルバが思案していると


「父上!こんなところに居られましたか!!」


走って駆け寄ってくる、一人の金髪美男子が居た

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