8日目 鎖なんてなくたって、これからもずっと ⑤

「ゴチャゴチャと喋ってんじゃねーよ!」

 強盗犯弟は僕から坂町警部に銃口を向け直した。

「やれやれ、どうしようもない野郎だな」

 坂町警部も強盗犯弟に拳銃を向けた。

「――あぁそうかい。なら貴様からぶっ殺してやるよ!」

 強盗犯弟が放った銃弾が坂町警部めがけて飛んできた!

 そして、彼の右頬をかすめた。

「フン、下手くそが」

 坂町警部の右頬から赤い雫が流れている。

 警官二人が彼の名前を叫んで身を案じるけど、それでも坂町警部は動じることなく、

「拳銃ってのはな、確実に対象に銃弾当てねーと意味ねーんだよ」

 銃弾を打ち放った。

「――いってぇっ!」

 銃弾は強盗犯弟が持っていた拳銃に当たり、衝撃で奴の手元から吹き飛んだ。

「これでお前の武器はなくなった。観念しろ!」

「……クソッ!!」

 坂町警部に再度銃口を向けられ、今度こそ手札を使い切った強盗犯弟はその場に崩れ落ちた。

 いづみさんと平林所長が奴を取り押さえた。

 一同が坂町警部のところに集まる。

「坂町警部、ありがとうございました!」

「いや、むしろ刑事課の失策だ。地域課の面々を危険な目に遭わせてすまなかった」

 坂町警部は面々に頭を下げて詫びを入れた。

「頬の傷は大丈夫ですか?」

「こんなモン放置しときゃ勝手に治る」

「諸々の書類作成はこちらでやっておきますので」

「重ね重ね悪いな。頼む」

 平林所長と坂町警部が話し合っている横で、

「――うぅ……あれ、私、どうして」

 いづみさんにおんぶされている平木田さんの意識が戻った。何事もなく済んでよかった。

 と、ここで坂町警部が僕に視線を送ってきた。

「蓑田君。またしても巻き込んでしまって本当に申し訳なかった」

「いえ、僕が勝手についてきただけなんで」

「なんにせよ全員無事でよかった。悪質な兄弟だったが皆のおかげで緊急逮捕できた」

 銃弾を飛ばされても一切怯まぬ坂町警部の度胸には感服しました。

 コンビニ強盗犯が人質を取りはじめてその人質が実はグルで殺人未遂を犯すというこじれた事件だったけれど、最後は丸く収まった。

 その後、奴らの部屋を家宅捜索した結果、コンビニから奪った現金五十万が発見され、無事コンビニ店長へと返金された。

 今度こそ本当に一件落着。


    ◆


「皆さん、お疲れ様でしたッス!」

「意外と大変な事件だったな」

 鶴見つるみ交番に戻ると、村上さんと岩船さんが出迎えてくれた。

 帰り道で平木田さんに事の顛末てんまつを説明すると、興奮した様子で「坂町警部と蓑田さんのカッコいいところ、私も見たかったですっ!」と不満をあらわにされた。

 強盗犯弟は坂町警部がミニパトで新鶴見しんつるみ警察署まで連行した。

 各々おのおのが作業を再開したので、僕は引き続き交番内の掃除と事務用品の整頓をはじめた。


    ◇


「私、不謹慎ですけど中条先輩が羨ましいと思っちゃいました。もしも中条先輩じゃなくて、私と蓑田さんが手錠で繋がっていたら今頃どうなってたんだろうって考えちゃいます」

 鶴見つるみ交番の奥には二つの扉があり、それぞれ別室へと繋がっている。

 私がそのうちの片方の部屋で定型書類を探していると、平木田さんの声が聞こえてきた。

「私、また大事なところで見逃し三振してしまったのかもしれません……」

 歯がゆい心情を吐露とろするように、弱々しい声で彼女は嘆く。

「君はまだ若い。これから人生経験はいくらでも積める。その出来事に縛られることなく、前へ、未来へと目を向けてごらん。きっと新しい出会いや刺激がお前を待ってるよ」

 この声は平林所長だ。平木田さんを優しくさとしている。

「過去やたらればに縛られて下や後ろばかり見ていたら、また大切なものを見逃しちゃうかもしれない。前を向いて歩いていこう」

「……はい」

 壁が薄いから隣の部屋の話し声が筒抜けだわ。

 薄々感じてはいたけれど、平木田さんも蓑田君に好意を抱いてたのね。

 それは恋愛感情なのか、そうでないのかまでは分からないけれど。

「……私も利己君に甘えるばかりでなく、自立しないと」

 改めて気を引き締めるのだった。

「――あれ? この鍵……っ!」

 定型書類を持って落とし物BOXの中身を一瞥いちべつすると、見覚えのある鍵がそこにはあった。

「中条さん、どうかしたッスか?」

 落とし物BOXの前で足を止めた私に村上さんが声をかけてきた。

「この鍵がどうしてここにあるんですか!?」

 利己君を誤認逮捕した際に使った手錠の鍵がなぜここに!?

「どうしてって、以前オイラが拾った奴がソレッスよ」

 村上さんはあっけらかんと答えた。

「……これ、私がなくした手錠の鍵です」

「なんと!?」

 私と村上さんは二人仲良くポカーンとした。

 なんということでしょう。あの時ちゃんと鍵をこの目で確認しておけば、すぐさま気がついて手錠の鍵を開けられた話だったんだ。

 でも早くに気づいて解錠していたならば、今の利己君との関係はなかった。誤認逮捕の恐怖も残ったままだったと思う。

 巡り合わせというものは本当に不思議ね。

 だからこそ、愛おしい彼と私を結んでくれた手錠とこの鍵に、不謹慎ながらもちょびっとだけ感謝したい。


    ◆


 淡々と時間が過ぎ、定時となった。

 いよいよ鶴見つるみ交番ともお別れだ。

「一週間弱の短い間でしたが、大変お世話になりました!」

 僕は面々に深々とお辞儀をした。

「お世話になったのはこちらだよ。今日のファインプレーもそうだし、なにより中条の側にい続けてくれてありがとう」

 平林所長が手を差し伸べたので、僕は手を取って握手を交わした。

「また暇だったらいつでも遊びに来るッスよ!」

「中条のこと、これからも任せたぞ」

 村上さんや岩船さんともお別れの挨拶を交わす。

「蓑田さんっ、またご縁があったらお会いしましょう!」

「うん、また会おうね。友達として」

「……はいっ! 友達として!」

 最後に手を振ってくれる平木田さんに応えた。

 いづみさんが不安を感じてしまわないように、友達を強調しておいた。もっとも平木田さんもそのつもりだろうけど。

 わずか一週間そこらだったけど、僕にたくさんの大切なものをもたらしてくれたかけがえのないこの場所には感謝の気持ちしかない。

 大学の近くにある交番だからまた顔を合わせる機会はありそうだけど、ひとまず一区切りということで。

「お先に失礼します」

「失礼します! ありがとうございました!」

 僕と今日まで定時帰宅を許されたいづみさんは交番をあとにした。

 こうして、僕の交番見学は終わりを告げた。


    ◆


 帰宅し、夜分となった。

「利己君、としきく~ん♪」

 最愛の人が僕の胸に顔をうずめてきたので、僕は彼女の頭を撫でた。

 今までの反動だろうか。いづみさんはすっごく甘えてくる。

「ねね、ちゅーして?」

「はい」

 これでもかと、今までできなかった分を巻き返すとばかりに。

「今日もお仕事お疲れ様でした」

 今日は本当に疲れる一日だった。警察官という仕事の大変さが身に染みて分かったよ。

「利己君も、ナイスコントロールだったよ」

「あんな特技でも役に立つものですね」

 この一週間では一度もなかったものの、警察官という仕事柄オフでも急な出勤要請が出る時もある。だからこそ、いづみさんには仕事以外の時間は平穏に過ごしてほしい。

「利己君っ♪」

「はい」

「今日も――したいな。抱いてくれる?」

「もちろんです――愛してますよ、いづみさん」

「私も……愛してるわ。今、すっごく幸せ。大好きよ、利己君」

 いづみさんは僕の首に手を回して目を閉じた。

 僕は彼女を優しく抱きしめて、愛おしい唇にキスをした。何度も何度も。

「いっぱい、抱きしめて……」

 お互いくっつきすぎると依存し合う懸念もあるけど、今くらい許されたっていいじゃないか。

 たった一週間の出来事だったけど、非常に密度の濃い日々だった。

 僕の人生における価値観を塗り替えてくれた一週間だった。

 友達も恋人もいらない、最低限の人間関係だけでいいやと思ってた僕に知らない世界を見せてくれた。人と交流を持ち、何かあれば協力し合えることのとうとさ、警察の現場の緊張感を知った僕に人畜無害――いや、受け身の心を脱ぎ捨てさせてくれた。

 その経験をばねに、僕はいづみさんと一緒に躍進やくしんしてゆくべく頑張ろうと心に誓うのだった。

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