第23話 過去話③

 それはある日突然起やって来た。予想も出来ない悲しい未来。私は自分の目に映った物が信じられなかった。


 その日私は珍しく、彼女と二人カフェで紅茶を楽しんでいた。そこは彼女のお気に入りの店で、よくジョンと来ていると惚気られる。とりとめのない、それでいて楽しい時間。それは2杯目の紅茶が届いた事で終わりを告げた。



 彼女が……メアリーが私の目の前で血を吐いて倒れてしまったからだ。それが毒による物だと、私には直ぐに分かった。だが、私は彼女を――


「犯人はカフェの店員ですね」


 調査で直ぐに毒を盛った人物が割り出された。メアリーに一目ぼれした男が、彼女に恋人がいたので無理心中を図った結果だと、調査を担当していた憲兵は告げる。


 勿論そんな訳がない。一目惚れしたとはいえ、話した事も無い相手の飲み物に毒を混ぜ自分も同じ毒で死ぬ。いくら何でもそれは話に無理がありすぎる。


「そんな馬鹿な話があるか!」


 霊安室に叫び声が響く。最愛の女性を失ったジョンの雄叫びだ。今の彼は冷静とは程遠かったが、そんな彼にだってその話に無理がある事位は分かる。だから叫んだのだ。


「お気持ちは分かりますが、男のポケットから遺書が出てきてまして」


 事件は至って単純明快で、もう解決。だから捜査はもう打ち切りになる。憲兵はそう私達に告げてその場を去って行く。


 ――いくら何でも捜査がずさん過ぎる。


 平民が犠牲者だとはいえ、伯爵家の人間が要請しているのだ。普通はもう少し、体面上だけでも調査を続ける筈だ。にも拘らず、あっさり捜査は打ち切られた。あれは恐らく――ううん間違いなく、どこかから圧力が掛かっているに違いない。


 つまり犯人は貴族という事になる。それも憲兵の捜査に口出しできるとなれば、最低でも伯爵家以上の力を持った。


「ホームズ……頼む。彼女を殺した犯人を……見つけ出して欲しい。彼女を殺しておいて……何食わぬ顔で生きて行くなんて……僕は絶対に許せない。絶対にだ……」


「分かったわ、ジョン。でもあなたに一つ言っておくことがあるの」


 そして私は打ち明ける。ある秘密を。これはメアリー毒殺に関わる秘密だ。


「ああ……そんな……ほんとうに?」


「ええ、事実よ」


「う、うぅ……メアリー」


 彼は寝かされているメアリーに縋りつき、涙をぽろぽろと流す。暫くは二人っきりにしてあげよう。そう思い私は霊安室を出て行った。

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