第13話 悪役令嬢殺人事件⑥

「犯人は――マーガレット・アップル。つまりこれは他殺ではなく、自殺という事になります」


 私は自らの右人差し指を、マーガレットのベッドへと勢いよく向ける――なんて真似は勿論しない。


 普段なら雰囲気づくり――人は雰囲気に流されやすく、それっぽい状況になると余計な突っ込みが入りづらくなるから――でやったりもするが、流石に人が死んでいる状況でそんな不謹慎な真似をするつもりはなかった


「む、娘が自殺……そんな……馬鹿な……」


 流石に娘の死が自殺と聞いて、ショックが隠せない様だ。伯爵は真っ青な顔でベッドの淵へとへなへなと腰掛ける。もし事前にそれっぽい事を匂わして心の準備をさせていなかったら、余りのショックで気絶していたかもしれない。それ位、アップル伯爵の顔は生気を失い青白くなっていた。


 まさかショック死しないよね?

 白すぎる顔色に、なんか心配になって来た。


「毒の購入者は金髪縦ロールで、とても仕立ての良い服を身に着けた女性だったらしいです」


 言うまでも無いと思うが、マーガレット嬢は金髪縦ロールのザ・お嬢様という髪型だ。


「それにお嬢様には、従者を撒いて散々困らせる癖があったそうですね?」


 使用人達の話では、外に出かけた際急に全力疾走などで姿を眩ませ、周りの者を困らせるという悪癖があったらしい。当然目的は従者への嫌がらせだ。人が嫌がる事を徹底する。正に悪役令嬢の鏡の様な人物である。


「……」


 返事は返ってこない。よく見ると、伯爵は放心状態で目の焦点があっていなかった。なんか説明しても右から左に言葉が抜けて行ってそうだ。


「今説明するのは無理そうだね」


 そういうと王子はメイドに命じ、伯爵を自室へ連れていき休ませるよう指示する。その後ベッドの淵に腰かけ、「続きは僕が伝えるから、名探偵の推理を聞かせてくれるかい」と楽し気に言ってきた。


 まあいつ正気に戻るか分からない伯爵を待つのも面倒なので、そのお言葉に甘えさせて貰う事にしよう。一緒に捜査していた王子もほぼ把握している気もするが、改めてきっちり説明する。


「2か月前。令嬢は街に出て、例の如く従者を撒いたそうです。それもあの店の近くで」


「丁度あの店の人間が13本の毒を売った時期と一致するね」


 当然購入者はマーガレット嬢だ。どうやって違法薬物店を見つけたのかは知らないが――何らかの情報源を持っていたのだろうと推察する。例えば王子の言っていた侯爵関連で。


 まあ売人達は顔をはっきりと見ていないので、それがマーガレット本人である確たる証拠にはならいのだが……幸い王子には突っ込まれていないので、そのまま話を進める事にする。


「そして買った毒瓶を、12人の容疑者候補の部屋に仕込んだんです」


「この家での彼女の命令は絶対だからね。部屋にいる所を無茶な命令で追い出して、その隙に仕込むぐらい簡単だった訳か」


 使用人達もまさか、急な仕事を言いつけられた後に自分の部屋に毒瓶を仕込まれるなんて夢にも思わなかっただろう。しかも彼女はマスターキーを持っていた。仕事で部屋を開ける際に鍵をかけたとしても、全く無意味だったという訳だ。


「彼女の部屋の天井は明かに細工されていました。天蓋の上に登っての作業です。見つかるリスクも高い中、使用人達がそれを決行できたとは思えません」


「部屋を独占できた彼女なら、人払いをして細工する時間はいくらでもあった訳か。しかも外で従者を撒く程の健脚だ。天蓋の上に上るのも朝飯前だったろうね」


 普通令嬢という者は線が細く、ナイフやフォークより重い物は持てないとかそんな感じをイメージする物だが、彼女はかなりのじゃじゃ馬だった様だ。


 機動力を併せ持つ悪役令嬢……嫌すぎる。


「そして事件の夜、使用人達の行動を把握している彼女は、彼らにアリバイの無いタイミングで毒を飲んで自殺したんです」


「この家の令嬢である彼女なら、命令で使用人達の行動をコントロールが出来る訳だからね。アリバイを奪うのは簡単だったろう。しかし彼女は、何処で魔法による死亡時刻の誤差を知ったんだろうか?」


 それは簡単な事だ。彼女の部屋の本棚には推理小説が大量に並んでいた。加えて私の事を知っていた事から、推理関連が相当好きだったというのが分かる。何せ学内限定の探偵である私の事を知っていたのだ。彼女のそっち方面のアンテナは相当な物だっただろう。


「彼女の本棚にある推理ものに、きっと乗っていたんだと思います」


「ああ、言われてみれば確かに並んでいるねぇ。全然気づかなかったよ」


 嘘くさい言葉だ。目敏い王子の事だ、絶対気づいてた筈。まあこの際、王子の嘘は別にどうでいいだろう。


「しかし彼女の自殺だった訳か……彼女のコーヒーが残されていただろ?だから僕はコーヒーの毒はフェイクで、別の真犯人が他の方法で毒を盛ったとばかり思っていたんだけどねぇ。外れてしまったか」


 あれは躊躇い傷の様な物だ。自殺する気満々だったとしても、直前で躊躇してしまうのが人間というもの。流石に彼女も、毒入りのコーヒーを一気飲みするだけの胆力は無かったのだろう。その結果、カップにコーヒーが残ってしまったと言う訳だ。


 因みに、マーガレットにコーヒーを運んだのはメイドのアリサだ。彼女は否定していたが、肯定したらその場で犯人として捕まっていたのは目に見えていたのだからそれは仕方のない事だろう。


「しかし、何故彼女はこんな事を」


 彼女の自殺の動機。遺書でもあればよかったのだが、当然そんな物は無い。遺書も残さず彼女が死んだ以上、真相は闇の中だ。まあ推測ぐらいなら出来るが……私は少し考えてから口を開く。


「これは推測でしかないんですが。いいですか?」


「構わないよ」


 あくまでも推測と断ったうえで、私は言葉を続ける。


「考えられる理由は二つ。一つは嫌がらせの為かと」


 悪役令嬢として周りへの嫌がらせを徹底した結果、行きついたのが自殺だった可能性を私は考える。動機としてはやば過ぎるレベルだし、そこまでいくともはや心の病気だ。だがその生き様を徹底しようとしていたのなら、在り得なくもない……かな?


「嫌がらせか。だとしたらとんでもないレベルの嫌がらせだね」


 伯爵がどうしても真相を知りたくて、私を呼んだ事で自殺と分かったからいい物の。場合によっては、12人の容疑者全員が共謀した殺人事件として処理されていた可能性だってある。そうなれば全員縛り首だ。平民による貴族殺害は極刑が相場。嫌がらせとしては正に最上級と言えるだろう。


「もう一つは……推理小説の様な、物語の登場人物になって見たかったのかも」


「推理小説の登場人物か……」


 彼女は大の推理物好きだった。それは間違いないだろう。だから登場人物に成ろうとしたのかもしれない。私はそう考える。


 小説の様な奇抜な事件なんて物は、早々遭遇できるような物ではない。それこそ自分で起こさない限りは。そしてやりたい放題我儘にふるまっていた彼女は、自分が嫌われ者だと理解していたはず。だから選んだのだ。自分の配役を。嫌われて殺される令嬢役に……まあ、あくまでも推測でしかないが。


「ひょっとしたら彼女は、君に謎を解いてもらいたかったのかもしれないね。マーガレット嬢は君の大ファンだったらしいよ。レア・ホームズは名探偵だと、伯爵はそれを娘から散々聞かされていたそうだ。だから今回私を通じて、君へのオファーが掛かった訳だし」


 探偵役……か。


 ひょっとしたら彼女は……私と遊びたかっただけなのかもしれない。

 嫌われ者を地で行くマーガレットにはきっと、こんな形でしか私と関われなかったのだろう。


 ……ま、んな訳無いか。


 あくまでも推測でしかなく、根拠は薄い。勝手に他人の気持ちを思い浮かべてしんみりするなど馬鹿馬鹿しい。私はさっさと気持ちを切り替え、王子に報酬の話を切り出した。


「それで王子。報酬の件なんですが」


 相手は伯爵でしかも殺人事件だ。報酬は期待できるだろう。何せこっちは学校休んで迄捜査をしているのだ。貰える物はきっちりと貰っておかないと。前回王子から貰った報酬は、実家への逆仕送りで殆どが消えてしまっている。だから報酬は多ければ多い程有難い。


「ああ、勿論わかっているよ」


 そう言うと王子は立ち上がり。私の正面に立って両肩を掴む。何をする気か分からず首を傾げると、そのまま王子の顔が近づいてきて――


 唇と唇が重なり、私のファーストキスが奪われてしまった。


「なななななな!何するんですか!!」


 突然の出来事にパニクッた私は王子の頬を打ち、更にお腹にヤクザキックを入れて蹴り飛ばす。


「ははは、照れなくても良いじゃないか」


「照れてません!二度とこんな事をしないでください!!」


 いきなり乙女の唇を奪うとは、とんでもない男だ。


「僕達は婚約してるんだよ。レア・ホームズ」


「それでもです!!」


 私はそう叫ぶと屋敷を飛び出し、瞬間移動で自分の部屋へと帰る。


「全く、なんて手の早い人なの!信じられない!」


 ……でも王子、良い匂いしてたな。

 ……って、何考えてるの私!?


「ふぎゃあああああああああ!!」


 さっきの事を思い出し頭に血が上る。私は恥ずかしさから頭を掻きむしって、意味不明の雄叫びを上げるのだった。

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