第6話 婚約破棄の謎に迫れ④

「考えられる可能性は病気か、もしくはこの場に居ないか……恐らくは後者でしょう」


 病気を患って酷い状態なら、とても人前には出られないだろう。だが病気だというなら、そう素直に伝えればいいだけの話。態々替え玉を立てたという事は、公爵邸にマーマさんが居ないと考える方が自然だ。超能力とうしのうりょくでも確認しているので、それは間違いなかった。


「成程、この場に居ない……か。しかし今日の訪問は事前に伝えてあったのだが?突然なら兎も角、何故彼女は此処にいないんだ?」


 王子は不思議そうに首を捻って見せる。何か仕草が嘘っぽく感じられたが、きっと気のせいだろう。まあ王子が疑問に思うのも尤もだ。


 急遽なら偶々どこかに出かけていたとも考えられるが、事前に伝えていたのなら出かけているのは明かにおかしいと言える。王子の来訪を無視しなければならない程の用事など、そうそうあるとは思えないからだ。


 仮にあったとしても、どうしても外せない用事があると伝えればいいだけの事。態々隠す意味もこれまたない。つまり、知られたくなかったという事だ。公爵令嬢がこの場に居ない事を。


 知られたくない理由がある……か。

 

 誘拐と失踪。ぱっと思いつくのはこの辺りだ。だが公爵家の警備を考えると、そう簡単に令嬢を連れ去れるとは思えない。公爵家ともなれば政敵も多く、命を狙われたりする事も少なくない筈。当然その分警備は厳重となる。実際ここへ来る途中、蟻の入り込む隙間も無い警備を私は目にしてきた。まず誘拐なんて無理だろう。


 となると――


「恐らく失踪かと」 


「ほう……」


 ケリン王子が目を細める。どうも妙だ。何故か王子は今この時を楽しんでいる節がある。さっきから王子の反応に違和感を感じていた私は、こっそりその体温を透視してみた。人というのは楽しかったり嬉しかったりすると、何故か体温が上がる生き物だから。


 うん、上がってる。


 私には初対面の人間の体温を測る癖がある。その時と比べて王子の体温は明かに高かった。しかし元許嫁が失踪したと言われて、驚きもせず喜ぶのは明かに反応としておかしい。まあ王子が極悪人とかなら在り得なくも無いが、それは無い気もするし。となると失踪を知っていて、尚且つ私とのやり取りを楽しんでいるという事になるが……


「どうして失踪だと?」


「これだけ厳重な警備ですから、誘拐はどう考えても無理です。来年王子と結婚予定だった令嬢の警備が薄かったとも考えられませんし。それなら自発的な蒸発の方が可能性は高いかと」


「成程成程。しかし家を出となると、相当な理由が必要になると思うんだが。君はどう見る?」


「駆け落ちですね」


 私はさくっと答える。まあこれは間違いないだろう。花よ蝶よと育てられた侯爵令嬢が、外の世界で一人生きて行ける訳がない。そんな事は本人も分かっているだろう。余程の馬鹿でもない限り。つまり外の世界で生きて行くためのパートナーが、彼女には居たという事だ。


 それと家出の方が楽といっても、現実問題単独で行動はさせては貰えないだろう。抜け出すにしても、それ相応の状況が必要になってくるはず。そう、例えば単独行動しても問題ない程度に信頼されている警備の厚い場所とか。そしてそんな場所は高位貴族の家位しか考えられない。


「相手は……流石に分からないかい?」


「そうですね。多分高位貴族としか。最近病気を理由に外に出ていない方がいらっしゃったら、その方が怪しいかと」


 駆け落ちである以上、相手も失踪している事に成る。当然高位の貴族が 失踪スキャンダルなんて簡単に発表する訳がない。隠すために病気を装っているはず。例えば今回替え玉を出してきた公爵家の様に。


「成程。見事な名推理だ」


 私の推理は多分当たっている。何故なら王子が満足そうだから。きっと王子は――


「王子は全て御存じだったようですが。何故私を雇われたのですか?」


 王子の反応は全て既知に対する物だった。驚いていた振りをしてはいたが、それで騙される程私も鈍くはない。ただ気になるのは、真相を知っていて何故私に依頼したのかだ。何か意図があっての事だと思うけど……


「折角だし、それも当てて見てくれないかい。名探偵」


 そう来たか。知っていたのに知らないふり……か。頭を捻ってうんうん唸っていると、急に王子の顔が目の前に現れる。驚いて私は後ろに飛び退ると、王子はそんな私を見てケラケラ笑う。完全に遊ばれてるな、私。


「分からないなら、降参でも構わないよ?」


 え?ほんとですか!?と、喜んで飛びつきそうになるが、それはそれで悔しいものがあった。


「もう少しだけ時間を下さい」


 情報を整理する。王子は全て知っていた。つまり探偵の推理は必要なかったという事だ。だがそれでも探偵を態々雇ったという事は、探偵そのものが必要だったっという事になる。

 

 考えろ私。探偵に求められるものは何だ?推理で答えを導き出し――私の場合は超能力でずるしてるけど――真相を暴く……


「あっ!そうか!?」


「答えが出たかい?」


「探偵には暴く役をさせたかったんですね」


「正解。王家の調査部が本格的に公爵家を嗅ぎまわって調べたとなると、何かと角が立つだろ?王家が公爵家を信頼していないと取られ兼ねないからね。出来れば公爵家との仲がぎくしゃくするのは避けたかったんだ。だから僕が私的に雇った有名な探偵さんに、ちょっと一緒に泥を被って貰おうとかと思ってね」


 え?ちょっと待って。

 今聞き捨てならない言葉が…… 


「正直に言うと。先に何名か著名な人物に依頼してたんだが、全部断られてしまっていてね。そんな危ない橋は渡りたくないから勘弁して下さいって。だから君には真相を知らせず頼んだって訳さ。いや、ほんと引き受けてくれて助かったよ」


 王子が屈託なく笑う。私の非難の眼差しも何のそのだ。


 悪魔かこの男は……つうか公爵家に睨まれたら、家の実家なんて軽く吹き飛んでしまう。

 流石にそれは笑い事ではない。

 私がその事を抗議しようとすると。


「心配しなくても良い。仮に公爵家に睨まれても問題ないよ。だって君は僕と婚約するんだし、公爵家も王子の婚約者には余計な手出しはできないさ」


「へ?えっと……婚約者?誰と……誰がです?」


「勿論。君と僕がさ。丁度婚約破棄されて僕はフリーなんでね。宜しく、ハニー」


「ええええええぇぇぇぇぇぇ!!」


 意味不明の宣言に。

 私の頭脳はパンクした。

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