鏡#4

 肩に疲れを感じペンを置いて肩を回す。そのついでに窓の外を見ると雪が降っていた。それに気づくや否や目に入らないように引き出しに閉まっていたスマホを取り出し写真を数枚撮る。


 時間を見ると、であったので、勉強はここまでにしようと決める。


 今日は二学期の終業式の日であった。しかし、可愛い以外の魅力を身につけると心に決めたあの日から続けてきたように今日も勉強をしていた。


 憎き大岩レオと水瀬真凜はいじめているのになんだかのらりくらりと躱されてしまって未だに満足な報復は出来ていない。しかもなんだかあの二人は最近つるんでいて不愉快である。


 しかし篠原より容姿では劣る水瀬に大岩が心を許しているところを見ると、やはり人間において評価を見た目より中身を重要視するという人もいるということがよく分かる。


 それは寧ろ篠原の勉強意欲を煽った。篠原も大学を目指すことにしたのだ。教養を手にしより魅力を増した自分を想像し篠原はほくそ笑んでいた。これで誰も私に逆らえなくなる。より支配力を増し大学へと進むのだ。


 しかしそれで美しさを損なえば元も子もないので篠原は夜、日が暮れた頃にウォーキングを日課にしスタイル維持に努めていた。


 今日もジャージに着替え、家を出た。


 雪が降っていることもあり一段と冷える。吐く息が白いのがなんだか久々で年甲斐もなくフーッと息を吐いて遊んでみる。


 そんなことをしながら雪を眺めあるく夜道は退屈しなかった。そうして20分程歩くと公園が見えてきた。普段のルートとしてはここを一周して折り返し家に帰るのだ。


 しかし、公園の前に


 誰ともすれ違わないようにこの時間帯を選び、実際今まで誰ともすれ違わなかったのだが、珍しいこともあるものだと、その時は思っていた。


 しかし近づけば近づくほど違和感に気づく。この時間帯に体格的に恐らく男性が黒いロングコートにマスク、ニット帽、メガネ。そして公園の前からずっと動かない。


 流石におかしい、と恐怖を感じ公園にたどり着く前に踵を返した。


 1度恐怖を感じるとそれは等比級数的に肥大していく。それを抑えるように無理やりゆっくりと呼吸をするが歩調は無意識に早まっていく。


 そのまま少し時間が経ち、公園からはかなり離れただろう。と安心したくらいの時。ダッダッダッと地面を蹴り上がる音が聞こえた。


 振り返るとさっきの男が走ってきていた。マスクとメガネで表情は全く読めない。


 そこで篠原は走り逃げるべきだったのだろうが、声が出ないだけでなく、腰が抜けてしまいその場にへたりこんでしまった。


 男が目の前に来ても何も出来なかった。男は息を切らして荒い呼吸を挟みつつの聞き取りにくい喋り方で言った。


「俺の事…覚えてる?」


 そうして名前を名乗った。


 篠原はその名前を少し前に聞いたことがあった。しかしこの男のことは全く知らない。篠原が名前を聞いたのは水瀬真凜からだった。あの日屋上で篠原が覚えているか?と出した名前をこの男は名乗った。


 篠原は正直にブンブンと頭を振る。


「そうか…」


 さして残念でもなさそうにそう言うとその男はポケットに手を突っ込んだ。そこから何かを取り出すとその何かの中身…液体を篠原の顔めがけてぶちまけたのだ。


 そこで初めて篠原は悲鳴を発することができた。しかし、反射で直ぐに目を瞑ったこともあり自分の身に何が起こったのか理解できない。数秒経ち、顔が燃えるように熱いことに気づく。遅れて刺すような痛みもやってくる。


 未だに降り続ける雪がやけにしみる。


 その時には張り裂けんばかりの悲鳴を上げていた篠原だったが、首元に鋭い痛みが走り──それこそ電流を流されたかのような痛みが走り、気を失った。




 ☆




 目を覚ますと、真っ白の天井が目に入った。周りと見渡すとカーテン、そして篠原が寝ているベットの横から顔を埋めすすり泣く母親がいた。すぐに病院だと分かった。母は篠原が目覚めたことに気づいていないようだ。


 ゆっくりと行動し、ベッド横のサイドテーブルに置いてあった日めくりカレンダーを確認する。体が軋むように傷んだ。あの終業式の日から5日経っていた。それを確認すると同時に記憶が蘇る。


 終業式の日の夜の記憶、そして5の記憶だ。その忌々しい記憶に衝撃こそ感じたが、意識がはっきりしない状況にあったからか、もしくは脳が受け止めることを拒否しているのか、あまり現実だという実感が無い。その景色を鮮明に思い出すことは出来るのに、まるでゲームの画面を見ているような、そんな感覚である。


 そう言えばあの男、木下正宗については完璧に思い出した。というかこの5日間で思い出させられた、思い知らされた、というのが適切だ。


 1つ気がかりがあり、母に声をかける。


「ママ、鏡がみたいな」


 母は驚き顔を上げたが、言葉を失っている。顔は涙でグシャグシャだ。そのあと目を逸らし躊躇う様子を見せたが、やがて観念したように地面に直置きしてあったカバンから手鏡を取り、渡してきた。


 それは篠原が普段持ち歩いている手鏡であった。もったいぶった所で、結果は察しがついていたので、躊躇わずに覗く。


 ───


 篠原花玲は可愛、しかし

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