桜#4

「大岩はなんで篠原ちゃんを振ったの?」


 大岩は愚問だと言わんばかりの冷ややかな目線を送る。その視線に気づいたのか、真凜は慌てて付け足した。


「いや、もちろん大岩が嫌いなタイプなんだろうし時期的にも恋愛する暇なんてないんだろうけどさ、それ以前に篠原ちゃんめちゃくちゃ可愛いじゃん」


 おっぱい大きいし、と付け足した。大岩はまるで自分がそういった要素で人を判断する人間だと思われたように感じ、不快に思った。


 大岩は別に彼女という存在に興味が無いわけではなかった。しかし、交際するとなれば自分が人間として魅力がある人だけだと心に決めていた。


「俺は見た目で人を判断しない」

「おーかっこいいね」


 真凜は茶化すような口調で言った。


「まぁ私、大岩が篠原ちゃんを振ったって知った時はスカッとしたけどね!嫌いだったから」


 でも悔しいことに可愛いんだよね、と続けた。


 嫌いだった、という真凜の本音に大岩は苛立ちを覚えた。


「嫌いな奴と仲いいフリをして楽しかったか?」

「そりゃあ楽しくはないよ。大岩から言わせればつまらないかな?けどね、嫌いな人と上手くやっていくって結構人生で役立つスキルだと思うんだ」


 そう語る真凜を見て、大岩は悔しかった。なんだか自分より高い位置からものを見ている、そんな感じがした。だから、さながら駄々をこねる子供のようだと分かっていながら大岩は反論した。


「一人で全て解決できればそんなスキルだって必要ない」

「確かに、大岩なら一人でも生きていけるのかもね。けど、それは険しい道だよ。絶対に仲間がいた方がいい」


諭すような口調でいながら、水瀬の拳は固く握られていた。頭に血が上っているのはお互い様なのだろう。徐々に口調が強くなっていく。


「そんなの分からないだろ」

「分かるよ。いくら強くても、いくら正しくても、今大岩と私がクラスでイジメられてるように人数が多い方には敵わない」


 気付けばお互い足を止め、花のない桜並木の只中向かい合っていた。


「でも俺は屈してない、負けていない」

「けど不利益は被ってるでしょ。それは上手な生き方じゃない」

「そんなことは気にしなければいい」

「無理だよ!気にしないなんて…無理。少なくとも私は。私、教室では強がってるけどすごく怖い。この間まで笑いあってた友達が、もう目も合わせてくれなくなった。毎朝起きる度に学校に行きたくないって思う」


 真凜の目には涙が浮かんでいた。水彩画で描かれたかのような透明感のある美しい顔にそれは似合わないと思った。


 じゃあなんであの日、俺がいじめに遭った日、ついてきたんだよ。と思ったがとてもそれが聞けるような雰囲気ではなかった。


 思い返せばこうして人と思いの丈をぶつけあったのは初めての経験だった。


 真凜は指でゴシゴシと涙を拭った。目の周りが少し赤みがかってしまっていた。


「ごめん…弱音を吐いた。私も大岩みたいに強くなりたいな。変わらなきゃ。もうすぐ卒業するんだから」


 真凜が言った『卒業』その単語に大岩はドキリとした。今までは受験のことで頭がいっぱいで、もう高校生では無くなるという実感が湧いていなかった。


 ───そうか、もう子供では無くなるのか。


 真凜の顔をなんだか直視出来なくて、大岩は視線を落とした。


 太陽の光を並木の枝が遮ってメロンみたいな網目模様の影が出来ていた。

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